第2話 幼馴染

「退学か……」


 父方の叔父がやっている喫茶店。

 お客がいなくなったところで、幸隆は休憩がてら今日のことを話した。

 それを聞いた叔父の一樹かずきは、ため息を吐くように呟く。

 甥の幸隆が今の高校に入ると知った時、兄の翔太しょうたは自慢するようにとても喜んでいた。

 その時のことを思い出したため、彼としても幸隆の退学が残念で仕方がない。

 しかし、退学しなければならない理由は分かっているため、一樹としも文句の言いようがない。


「まぁ、今の学校だけが高校じゃないからな……」


「いいよ。慰めてくれなくても……」


 完全に心のこもっていない叔父の言葉。

 落ち込んでいるだろう甥を慰めるために、必死に考えて出した言葉なのだろう。

 そんな叔父の気持ちが分かっているが、幸隆としても諦めが付いているだけに、慰めの言葉を断る。


「幸くん……」


「何で亜美が落ち込んでんだよ……」


 2人の会話を聞いていた女子が、何と言って良いか分からないというような表情をしている。

 小・中・高と同じ学校に通っている幼馴染で、ホール担当のバイト仲間の大矢亜美だ。

 自分以上に退学という言葉に落ち込んでいる幼馴染に、幸隆は困惑する。


「だって……」


 亜美は一旦言い淀み、少し俯いた表情のまま次の言葉を口にした。


「今の学校をやめるって事は、探索者・・・になることを諦めるって事でしょ?」


「まあ……」


 幸隆と亜美が現在通っている国立大郷学園高等学校は、別名、養成高等学校と言われている。

 その名の通り、探索者を養成する特別な高校だ。

 探索者とは、の探索を生業とする者のことを言い、ダンジョンとは地下迷宮のことを言う。

 突如日本にダンジョンが出現したことにより、この探索者という職業が生まれた。

 ダンジョン内には、これまでには存在していなかった異形の形をした多種多様な生物。

 魔物と呼ばれる生物が存在しており、体内からは魔石と呼ばれる特殊な石が採れる。

 探索者は魔石を採取し、それを売ることで生計を立てている。

 ダンジョンは、地下へ潜るほど強力な魔物が出現し、強力な魔物ほど高価な魔石を入手することができる。

 販売額次第では、あっという間に億万長者。

 一攫千金の期待から、人気の職業となっている。

 大郷学園を卒業すると、そのままプロライセンスを手に入れられ、それがないとダンジョン深部へ潜ることは許されない。

 別に、大郷学園の卒業だけがプロライセンスを獲得する方法ではない。

 アマチュアとして浅い層で大量の魔物を狩り、相当な額を稼げばプロとして認められることもある。

 しかし、そうやってライセンスを取得できるのは極少数。

 一番確実なのが、日本唯一の探索者養成学校である大東学園を卒業することだ。

 大郷学園に入学する者は誰もが探索者として深部へ潜り、大金と名声を手に入れることを夢見ている。

 そこを退学させられるということは、亜美の言うように、ほとんどプロの探索者になることはできないということだ。

 幸隆自身そのことが分かっているだけに、あらためて言われると残念な気持ちになってしまう。


「亜美は何層まで行ってるんだ?」


 大郷学園の生徒なら、浅い層限定でダンジョンに潜ることは許されている。

 後に大金を稼ぐ有名な探索者となると、学生時代からかなりの層まで足を踏み入れていることが多い。

 ライセンス無しで潜れる限界が30層。

 それに少しでも近付くのが、学園生の目標となっている。


「つい最近10層に足を踏み入れた所」


「すげえ。まだ1年なのに2桁行ってるなんて……」


 1桁と2桁の階層では、出現する魔物の強さが違う。

 大抵の生徒は2年生で到達する領域だというのに、亜美はもう足を踏み入れている。

 エリートと言ってもいいレベルの亜美に、幸隆は驚きと感嘆の声を上げた。


「私だけの力じゃないよ。みんなのお陰だよ」


「謙遜すんなって」


 探索者の多くは、数人1組になって行動する。

 以前聞いた話だと、亜美は同じクラスの3人と共に行動しているはずだ。

 その仲間と協力しあっているからこそ、それだけの層にまで潜れているのだろうが、それぞれ相当な実力がないと不可能なことだ。

 つまり、亜美自身にも実力がないと不可能な領域。

 幸隆に褒められ、謙遜しているのだろう。


「俺なんて、入ってすぐの層の魔物相手に四苦八苦しているんだぜ」


 順調に進んでいる亜美とは違い、幸隆は全然ダンジョンを進めていない。

 入り口付近に出現する弱い魔物を相手にしても、苦戦している状況だ。

 2年になっても、2桁の層に行くことなんて不可能なレベルだ。

 退学させられるのも、教師からすれば危険な目に遭わせないための、優しさも含まれた選択と言ってもいい


「魔物倒しても能力アップもしてないみたいだし、退学は妥当だな」


 ダンジョン内の魔物を倒すと、僅かながら身体能力に変化が起きる。

 探索者の女性が、一般男性以上の腕力を手に入れることなんてよくある話だ。

 しかし、幸隆にはその能力アップする気配がない。

 考えれば考えるほどに、探索者の道を諦めるのが妥当だと思えてくる。


「……っと、お客さんだ」


 話していると、またも空気が重くなってしまう。

 その空気を変えるように、お客さんが店に入ってきた。

 それを見た一樹は、休憩はお終いと言うかのように、2人に仕事に戻るよう促した。




「2人共時間だ。上がって良いよ」


「うっス」「はい」


 店の外は暗くなり、バイトの終了時間になった。

 そのことに気付いた一樹は、幸隆と亜美に上がるように促す。

 それを受け、幸隆と亜美は付けていたエプロンを外して帰宅の準備に入った。


「あ~ぁ、やっぱり残念だな……」


「まだ言っているのか?」


「だって……」


 叔父の喫茶店から自宅のマンションまでは歩いて10分程度。

 その帰り道を、幸隆は亜美と並んで歩く。

 一緒に帰るのは、亜美も同じマンションに住んでいて、幸隆の家が5階で、亜美の家が3階になっているためだ。

 外套の付いた道を進む中、亜美は思いだしたかのように呟く。

 その呟きから、休憩の時に話していた退学のことだと幸隆は察する。


「あの事故・・に遭っていなければな……」


「…………」


 亜美も同じ思いをしていたが、口に出すのは憚られていた。

 しかし、張本人である幸隆が呟いたため、反応に困る。

 幸隆の言う事故。

 それは、夏休みに入る前に遭った交通事故のことだ。

 両親と共に町に買い物に出かけて信号待ちをしていた時、幸隆たち家族に向かって1台の自動車が突っ込んで来た。

 気付いた時にはもう回避は不可能だった。

 その事故によって父と母が亡くなり、幸隆は探索者としての力を失うと共に、夏休みを怪我の治療とリハビリをして過ごすことになってしまった。

 後に分かったことだが、運転手は心臓発作で意識を失っていたそうだ。

 その運転手も死に、犯人死亡で書類送検。

 犯人に家族はおらず、これ以上責任も追及できないまま事件は幕引きとなってしまった。


「……元気出してね」


「大丈夫だって……」


 事故によって力を失い、怪我で両親の葬式にも出ることができなかった。

 幸隆が気持ちの整理がつけられないでいるのは、亜美から見ても感じ取れる。

 事故のことを口にしてからの幸隆の表情が、退院して家に帰って来た時と同じように見えたため、マンションのエレベーターから降りた亜美は慰めの言葉をかける。

 心配そうな表情をしている亜美に、幸隆は薄っすら笑みを浮かべて返答した。


「じゃあね」


「あぁ……」


 エレベーターの閉まり際。

 亜美は別れの言葉と共に小さく手を振り、幸隆も返答と共に軽く手を上げた。


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