ゲームのレベルが現実レベル

ポリ外丸

第1章

第1話 主人公

 日本のある県にある国立大郷学園高等学校。

 その進路指導室。 


「う~ん……」


「…………」


 1人の教師と生徒が、机を挟んで椅子に座り対面していた。

 生徒の方は、少し背が低いが、どこにでもいるような少年。

 名前を河田かわだ幸隆ゆきたかという。

 教師の方は、彼の担任の鈴木だ。

 その鈴木は、対面に座る幸隆の成績表を眺め、渋い表情をしている。

 それに対して幸隆の方は、ただ黙って時計をチラチラと見ている。

 その仕草から、この話し合いが少しでも早く終わらないかと思っているようだ。


「先生……」


「んっ?」


 この学園に入学して2学期が終わる。

 短い付き合いだが、幸隆はこの担任が面倒見の良い人間という印象を持っている。

 だからこそ、何が言いにくそうなのか分かるため、幸隆は時間短縮として自分の方から話しかけることにした。


「……俺、このままだと3月には退学…ですか?」


「あぁ……」


 終業式が終わり、ホームルームが終了してすぐ、鈴木に呼ばれた時には覚悟していた部分はある。

 というよりも、2学期の間にそうなることを覚悟させられたと言った方が良いかもしれない。

 自分が退学しなければならないことに。

 案の定、自分の問いかけに対し、鈴木は短い言葉と頷きで返してきた。


「俺も何とか上に掛け合ってきたんだけどな……」


「ありがとうございます……」


 幸隆も、自分がまだこの学校に籍を置けているのは、鈴木が退学させないように何とか引き延ばしてくれているからだと分かっている。

 そのため、幸隆は鈴木に感謝の言葉と共に頭を下げた。


「残念ですが仕方ないです。の俺では……」


「……お前のが戻っていればな……」


 幸隆はこの数か月何度も口にした言葉を呟き、鈴木も何度も口にした慰めの言葉しかかけることができなかった。






◆◆◆◆◆


「…………」


 幸隆から切り出したことで、話し合いはすぐに終わった。

 そのうち退学になることは分かっていたし、覚悟もしていた……つもりだ。

 しかし、その内容が内容なだけに、すぐに気持ちを切り替えることができない。

 学校を出てからずっと、幸隆は無言で足を運んでいた。


「……あっ」


 いつまでもこんな暗い気持ちでいるわけにはいかない。

 何かして気持ちを切り替えたいと思った幸隆は、ずっと足下ばかりを見ていた視線を上げる。

 すると、その視線の先には、いつも通うゲーム屋の看板があった。


『そう言えば……』


 ゲーム屋の看板を見て、幸隆はあることを思いだした。

 今日は、自分が気に入っているゲームの新作が発売される日だということに。

 気持ちを変えるのと冬休みの時間つぶしとして、ゲームに没頭するのが手っ取り早い。

 そう考えた幸隆は、止まっていた足をゲーム屋の中へと向かわせた。


「あれっ!」


 店に入り、新作置き場へと向かった幸隆だが、ポップに書かれた目の前にあるゲームソフトの値段を見て思わず声を漏らす。

 ネットなどで確認した時は、たしか1万円だったはずだ。

 なのに、ポップに書かれている値段は1万2千円となっている。

 幸隆の財布には1万円しか入っていないため、2千円足りない。


「……バイト代が入るまで、諦めるしかないな……」


 人気のあるゲームの新作だったため、いち早く手に入れて楽しみたいと思っていたのだが、資金不足では仕方がない。

 今日買えなくてもバイト代はすぐ入る。

 そのため、購入を諦めた幸隆は、自分を納得させるために小さく呟いた。


「冬休みは、バイト以外の時間はゲームに当てようと思っていたんだけど……」


 今日は2学期の終業式のため、学校は午前中に終了。

 新作を購入し、バイトに行き、帰宅と同時にゲーム攻略を開始しようと思っていたが、その予定があっさりと崩れることになってしまった。

 これでは、せっかくの冬休みがバイト以外にやることが無い。


「ハ~……」


 新作コーナーから踵を返した幸隆は、思わずため息を吐く。

 今日、きついことがあったばかりだというのに、期待していたゲームまで駄目となってしまったのだから、そうなるのも仕方ないだろう。


「……っ?」


 諦めて帰ろうとしていた幸隆だったが、その途中である一角に目が行き、何の気なしにその視線の先に向かった。


「特売か……」


 目に入ったのは特売コーナーだった。

 いわゆる、処分品というような幾つものゲームがカートに乗っている。


「こんなの買う奴いるのか?」


 カートの中には、昔のゲームソフトが幾つもある。

 見たことも聞いたこともないようなタイトルの物ばかりで、箱もなく、袋に入れただけの状態。

 その袋にはとんでもない安値が書かれたシールが付いている。

 ワンコインでも買えるような値段に、幸隆は思わず呟いてしまった。


「…………」


 何となくカートの中を少し物色する幸隆。

 すると、何となく1つのゲームソフトに目が留まった。

 これも見たことも聞いたこともないゲームタイトルで、付属されている説明書の表紙を見ると、RPGということしか分からない。


「……まぁ、これでいいか……」


 どんなゲームなのか分からないが、何故だか気になった。

 今日買おうとしたゲームの24分の1と考えたら、試しに買ってみるのも悪くない。

 そのため、幸隆はこのゲームを買うことにした。


「せめてクソゲーでないことを祈る!」


 無名のゲームソフトのうえ、「……こんなのあったかな?」という支払い時の店主の呟きから、失敗の可能性が高いことは確定だ。

 しかし、やってみるまで分からない。

 支払いを済ませてゲーム屋から出た幸隆は、僅かな期待と共にソフトの入った袋を片手で拝んだ。






「ただいま……っと」


 ゲーム屋からの家路を進み、幸隆は家にたどり着く。

 マンションの一室。

 2LDKのリビングに置かれた棚の上に飾られた写真に、帰宅した幸隆は挨拶をする。

 その写真には、1組の男女が楽しそうに笑みを浮かべている。


「お父、お母、ごめん……」


 帰宅の挨拶の次に、幸隆は写真の2人に向かって謝る。

 写真に写る2人は、亡くなった彼の両親だ。


「退学だってさ……」


 天国にいるだろう2人。

 その写真に向かって、幸隆は今日鈴木に告げられたことを報告する。

 鈴木の話では、とりあえず今年度は今の高校に通える。

 しかし、来年度には今の高校を退学して、普通・・の高校に転校するしかなくなるそうだ。

 幸隆の成績なら筆記試験は問題ないので、試験を受ければ2年からは近くの高校に入れるだろうとのことだ。

 編入試験に関しては不安はない。

 2学期は、筆記試験・・・・だけなら学年でもトップを争っていたのだから。

 問題なのは、の高校に通えなくなることだ。

 両親の写真を見ていると、どうしても思い出してしまう。

 今の高校に合格した時、亡くなった両親はとても喜んでくれた。

 彼らのためにも、このまま今の高校を卒業したいと思っていたというのに、それができない。


が戻れば……」


 1人になると、どうしてもこの言葉が出てしまう。

 何度も口にしていたせいか、もう口癖のようになってしまっている。

 自分ではどうしようもできない状況に、幸隆は口惜しさと共に拳を握り締めるしかなかった。


「……っと、バイトの時間か……」


 本当はこのまま買ってきたゲームを試したいところだが、この後バイトが入っている。

 父方の叔父の喫茶店で、接客と調理助手のバイトだ。

 ソファーに鞄を置き、幸隆は制服から市服に着替える。


「いってきます」


 着替えを済ませた幸隆は、帰宅した時と同様に両親の写真に一声かけ、バイト先へと向かうため家から出ていった。






 国立大東学園高等学校。

 別名、養成高等学校といい、その名の通り、探索者を養成する特別な高校だ。


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