42. 彼女の目的
人生には、どうしようも無い場面が稀にある。
人はそれに出くわした時、そのもどかしい心境を不条理や理不尽と言った言葉で片付けてしまう。
もちろん抗う人間もいるし、抗った結果、見事理不尽に打ち勝ち成功を手にする者がいるのもまた事実。
だが、今の俺には目の前の理不尽に対して抗う術も気力も……何も持っていなかった。
「でさ〜ウチも流石にそんときはブチギレしちゃってさぁ〜」
「――理不尽だ」
「もう頭にきたし! 久しぶりにプッチンしちゃってさ〜」
「なんでキレた時の効果音がプリンなんだよ。それを言うならプッツンだろ」
途中から話を聞いていたら、なんの話かわからないだろう。
大丈夫。初めから聞いている俺も今何を聞かされているのかわからないから。
少なくとも、目の前にいるハーピーの少女が全く情報にならない愚痴を永遠と喋り続けていることだけは唯一理解できる。
「っていうか、なんで俺ここにいるんですかね……」
「あ? 何? 帰りたいの? お前のお仲間がどうなってもいいならそこから出て行けばし」
「それを聞いて出て行く勇気を振り絞れるとでも?!」
今俺は仲間三人を人質に取られている状況にある。
というのも、彼女との突拍子もない邂逅をしたのちに、さらに『暇だから家に来て話し相手になれし』と言われたのだ。
もちろん俺なら無理矢理逃げることも出来たが『お前の仲間の居場所はわかってるし、逃げたらそいつらぶっ殺しに行くし』とめちゃくちゃ殺意の高い脅迫を受けたのだ。
そんなこんなで今は、森の奥にある大木の太い枝の上に設置してあった、三畳ほどの広さはある人間サイズの三角屋根の巣箱に連れてこられたわけである。
まさに小学生男児が思い描く森の中の秘密基地みたいな場所だ。家に入る梯子はないけど。
彼女の言ってることや魔王軍幹部という肩書きからして、今回の件はおそらくこいつが原因だろう。それに、状況的に逃げるのはむしろ悪手だ。
「愚痴ならそこら辺の魔物に聞かせてやればいいだろ? なんでわざわざ俺なんかを連れてきた?」
「お前たち人間と違って、魔物は種族にもよるけど基本は特殊個体じゃないと喋れないんだし。もちろん意思疎通はできるけど、ウチは会話がしたかったんだし。だからお前を連れてきた。理由はそれだけだし」
会話をしたいがために脅迫までして俺をここに連れてきたのか。物凄く横暴な奴だな。
だが、これは好機と考えた方がいいかもな。相手は最終目標である魔王の側近の手下。この状況をうまく使えば何かしら有益な情報を得られるかもしれない。
まずは、
「そ、そうだな。あんたも苦労してるんだな、うん。やっぱ魔王軍の幹部レベルにもなると、ストレスとか貯まるよな、うん」
相手の気持ちにできるだけ寄り添う。
彼女の話の大半は、本当にただの愚痴。彼女も相手が人間であることをわかっているためか、これまで重要そうな情報を一切口にしていない。
だからこそ、なるべく彼女の意見に同情し、より饒舌にさせ彼女を気持ちよくさせることで、ポロっと何かをこぼすように仕向けるのだ。
果たしてコミュ障の俺にそんなことができるのだろうか? いや、もうこうなったらやるしかない。できる限りの聞き上手を演じよう。
「なに? いきなり。急に同情とかキモイんだけど。もしかして私が何かプルンと情報を漏らさないかって期待してるし?」
「だからなんで音がプリンなんだよ!」
やっべー速攻バレた。勘が良すぎないですかね?
これから手に汗握る駆け引きを繰り広げた末に、魔王に関する重要な情報をゲットするという俺の完璧なプランが一瞬にしておじゃんになったじゃないか。
女性との会話は基本的に同情していればいいって前世で見たネット記事に書いてあったのに、まさかあれ嘘だったの?
「んーもしそうなら諦めた方がいいし。ウチこれでも頭は回る方だから、ボロは出さないし」
どうやら同情じゃダメっぽいな。だったら、
「し、知ってるか? 自分で頭が良いって言ってるやつは、実はそんなに大したことないんだぜ?」
相手を挑発することでイライラさせて、そのまま余計なことまで喋らせる。自分で頭がいいとか言ってるやつは、プライド高そうだしな。
それに攻撃が来ても俺の
「同情の次は挑発~? そんな見え透いた安い言葉にウチが乗ると思ってるの? お前駆け引き下手くそすぎだし」
「……うぅ」
相手のプライドを傷つけるどころか、逆に俺が心に傷を負ってしまった。
どうやら俺は自分が思っている以上に駆け引きが苦手らしい。というか駆け引きにすらなっていなかったな。俺が仕掛けて適当にあしらわれていた感じだ。
「……はぁ、この際単刀直入に聞きたい。幹部レベルの魔物であるあんたがなんでこの森にいるんだ? この霧の森に何かあるのか?」
このまま変に話をしていても事態は進展しなさそうだ。だったらいっそのこと、ダイレクトに聞いてしまった方が速い気がした。
「……まあ、そのくらいだったら言ってもいいし」
いや、いいのかよ! そこは黙秘を貫けよ!
まさかこうもあっさりと聞きたいことの一つを聞けるとは。てっきりこのまま一切情報を得られずに永遠と愚痴を聞かされ続けるものだと思ってた。
「ウチは今、魔王様からとある任務を任されてここに来たし」
「――とある任務?」
「ある人物の誘拐。この町に突然現れ、瞬く間に噂になった人間を魔王様のもとに連れていくのがウチ、キーテジ・ノームに課せられた任務だし」
「……え? それだけ? もっとこう、街を破壊しつくす! っとか、そういうのは」
「それは別の幹部が趣味でやってるし」
「それはそれで問題しかないな……」
どうやら彼女の目的は人さらいの様だ。だが、魔王軍幹部が人一人のためによこされたのなら、きっとその人物は相当強いか厄介な人物なのだろう。
「――お前、魔王様と勇者の戦いは知ってるし?」
「あ、ああ。勇者が魔王に挑んで返り討ちにあったって話だろ?」
これは確か神の部屋で聞いた話だな。転生者としてチート能力を授かった勇者が仲間たちと魔王城に乗り込んで命からがら逃げ帰ってきたとか。
「いや、勇者はウチ以外の幹部たちが相手してたから、勇者は魔王様に会ってすらいないし」
「なにそれダサすぎだろ」
普通RPGとかの勇者って幹部を先に倒し切ってから魔王に挑むよな。なんでいきなり魔王城に突っ込んでるんですかね……なんか前にも同じことを思った気がするな。
かなりダサいとは思ったが、まさか魔王の顔すら拝んでいないとは。
「勇者と幹部たちの戦いも常時幹部の方が優勢だったらしいし。けど一度だけ、勇者が不思議な力を使って幹部の一人に深手を負わせたし。その隙に勇者一行は逃亡。そのまま消息がつかめないままだし」
「じゃあ、今回の任務は勇者を探すことなのか?」
あの神曰く、勇者はいま自分の家に引きこもっているらしい。
ただ、その家がどこにあるのか知らないため、俺から勇者にコンタクトを取ることはできないが。
「いや、違うし。今回の任務は別の奴を連れてくることだし。さっきも言ったけど、勇者は不思議な力を使って幹部から逃げきった。そしてその不思議な力の名は
敵の本拠地である魔王城から幹部数人相手に逃げ切れる
かなり無謀なことをしてる勇者だが、むしろそんな状況でも勝算を導き出せるレベルの力をもった
「その
「……ん?」
何か急に怪しい話題に変わったな。
今まで会ったこともない
「今まで
「――――」
「その
彼女の口から出てくる言葉に比例するように、俺の背中から冷や汗がドバドバと出てきた。
この話、どうにも他人事には聞こえないのだ。
一応何かの間違いかもしれないため、重要なことを聞いておこう。
「ち、ちなみに、その
「ん? 下の名前覚えにくくては忘れたけど、上の名前は確か……」
人間の名前なんて覚えていられないのか、重要な任務の対象である人間の名前すら忘れていたキーテジ。
ハーピー故の鳥頭なのか知らないが、できることならそのまま忘れていてほしい気持ちでいっぱいである。
だが、そんな俺のほんのわずかな期待は彼女の言葉によってすぐにへし折られた。
「あ、思い出したし! 確か、ヘイジって名前だったし」
うん。もしかしなくてもこれ、俺のことだ。
不遇職『ニート』にバグが見つかりました 〜前世でニートだった俺が転生した今世でもニートで実家も追い出されたのに、バグでチート職業になったからって魔王退治に行かせるのは無茶だと思いませんか?〜 六月 快晴 @june623
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