40. 金色の霧

「――なあ、ここが霧の森であってるよな?」


「ええ、確かにここで間違いないはずよ」


 俺の能力解説が終わった後も、何気ない雑談に花を咲かせながら歩いていた。


 そして、とうとうクエストの場所である霧の森の目の前まで来たわけだったが。


「これ、調査しなきゃいけないのか? 物凄く帰りたいんだけど」


「自分も同感です。流石にこれは自分にもどうにもできません」


「でも、中に入らないとクエストクリアできないわよ?」


「いや、クリアするしない以前の問題だろ」


 改めてクエストの内容を確認するが、『正体不明の霧。その原因の究明を最優先に調査をしてほしい』と書いてあり、クリアするためには中に入ることが必須である。


 だが、


「――正体不明の霧、めっちゃ金色なんだけど」


 正体不明の霧。森全体を綺麗に覆っているその霧は、見ただけではどのようなものか判断できてしまいそうなほど黄色い……と言うより、金色に近い霧だった。


「確かにちょっと黄色いわね」


「『ちょっと』で片付けていいレベルを超えてるだろ! 俺の知ってる霧ってのはもっと白いんだよ!! どう見たって毒ガスじゃねぇか!! 『正体不明』とかそれっぽいこと言ってるけど、少なくとも吸い込んだら絶対アウトなやつだろ!! ってか目の前まで来てる俺たち今クッソ危険なんじゃ?!」


 このクエストの報酬が何故こんなに高かったのか、そして何故掲示板にクエストの詳細が書かれていなかったのか、今ようやくわかった気がした。


 正直に伝えたら、絶対に誰もこのクエストを受けないからだ。


 いくら五十万ルピカという法外な値段を提示されても、自分の命を天秤に乗せたら絶対に命の方に皿が傾く。


 仮に命知らずな奴が金の乗っている皿を下に下げたら、もう片方に乗せた命の皿が、そのまま天まで上がっていくだろう。


「俺たちこのまま死ぬの? 借金返済できずに死んで、もし親にバレたらニート以上の恥なんだけど」


 ここで死んで、もし仮に借金のことが親にバレれば、俺は一族末代までの大恥晒しになってしまう。


 そんな形で後世に語り継がれるのだけは絶対に嫌だし、存在そのものが無かったことにされる可能性もある。それはもっと嫌だ。


 前世で親に何も残せなかったのに、こっちの世界でそれ以上の負の遺産を残すのだけは絶対に避けなければ。


「すんすん……でも、何の匂いもしませんよ?」


「無臭のガスって可能性もあるだろ」


「でも危険な感じはしません。多分、見てくれだけだと思います」


「直観ってやつね。人狼は嗅覚や危機管理能力が普通の人間の数倍はあるって聞いたことがあるわ」


「エレナ。野生児のお前はどう思う?」


「自分は普通の人間なのですが……まあ、自分の直観を信じるならそこまで危険という感じもしません」


 いやお前はもう普通には当てはまらないからな?


 人外人狼人外化け物の二人曰く、この霧に毒性はないとのこと。

 しかし二人の意見は両方直感頼りのもので根拠みたいなものは一切ない。

 もっと手っ取り早く調べる方法はないのだろうか。


「そんなに気になるならヘージが入ればいいじゃない」


「――え? 何で?」


「あんたの特殊職業エクストラジョブは危険なものの侵入を防ぐ能力なんでしょ? だったら森の中に入って霧が能力を通り抜けたら危険じゃないって証明できるじゃない」


「お前俺に死ねって言ってる?」


 いや言いたいことはすごくわかるよ、うん。


 確かに俺の能力は命に関わるようなものはオートで全部防いでくれる。


 ただザウス高原に行った時、寒さを防げなかったように、すぐ命の危機に直結するようなもの以外は防いでくれない可能性がある。


 何が言いたいかって、この霧が遅効性の毒でなおかつ命に関わるレベルのものじゃなかった場合、防げない可能性があるのだ。


 もし俺の能力を霧が通り抜けても、あくまで霧が即効性かつ死にはしない程度のものだと言うことしか証明できない。


「大丈夫よ。あんたなら絶対に死なないわ! だから思いっきり突っ込んできなさい!」


「死なないからって俺を実験台にしないでくれますかねぇ?!」


「ヘージさん! この仕事が終わったらみんなでご飯を食べに行きましょう! だから絶対に死なないでください!」


「平然と死亡フラグを立てるなキュウ!」


 今のキュウの発言により完全に死亡フラグが立ってしまった。


 これ森に入ったら絶対に死ぬやつだ。

 しかし、仲間たちからの熱い視線を無下にすることもできず、


「はぁ……ああわかったよ! 行きゃーいいんだろ!」

「私ずっと思ってたんだけど、ヘージって押しに弱いわよね」

「それ本人の前で言わないでくれる?!」


 最終的には俺の方が折れてしまった。

 もし仮に俺がナノたちと同じ立場なら、なにがなんでも俺を使ってこの霧が安全かどうかを調べたいだろう。

 実際問題、この霧が危険かどうかの判断をしないとこれ以上先に進めないのも事実。

 ここは覚悟を決めて行くしかない。


「すぅー……ッ!!」


 まだ霧の影響がないであろう場所の空気を深く吸い込み、息を止めてそのまま森の中まで走っていった。


金色の霧、普通の霧より視界が悪いな……だが、霧自体はちゃんと能力を透過している。つまり少なくともこの霧に即効性や致死性の毒はないはずだ。


 視界は不良。数メートル先ですら視認することができず、ギリギリ足元が見えるかどうかのレベル。


 息をいったん吐いてもう一度吸ってみるが、特にこれと言っておかしなことが起こるわけでもない。


 今後、体調の変化には十分に気を付けなければならないが、この分ならしばらくはこの森を闊歩しても問題ないだろう。


「三人とも! 大丈夫そうだぞ!」


「わかったわ、今向かうわね!」


 とりあえず現状安全であることを確認し、三人を森の中へ呼び寄せる。


 三人とも順に森の中へ入ってきたが、俺と同じで森に入っても特に何か変化が起こりはしなかったみたいだ。


「助かったわヘージ。お礼に今度特大の攻撃魔法を撃ってあげるわね」


「俺はMじゃねぇ。せめて何か奢るとかしてくれよ」


「私たちにそんな余裕があると思う?」


「……すまん」


 危険を冒してまで森に入ったのだ。礼として何か欲しいところではあったが、彼女の言葉を聞いたらそんな気も失せた。


 そうだよな。もしこのクエストをクリアしても、俺たちの借金が無くなるだけで、その後も無一文だ。


 しばらくの間は、このパーティーに経済的な余裕は訪れない。それを全て理解しているからこそ、ナノの言葉に素直に謝った。


「さあ皆さん。ようやく自分の見せ場が来ました! 三人とも迷わないように私についてきてください! 強力な魔物は自分が全てねじ伏せます!


「ああ、頼りにしてるぞ、最強」


 すこし悪くなった空気に喝を入れるかのように意気揚々と喋りだしたエレナ


 ここまでは俺の仕事だが、ここから先は彼女の仕事だ。


 魔物が出てきたとき彼女に任せることで、俺たちはこの霧の発生原因を調べるのに集中できる。とはいっても、こんな意味の分からない霧の発生原因なんて皆目見当もつかないが。


「――さて、それじゃあ調査開始だな」


 動かないことには何も始まらない。


 俺たちはエレナを先頭にし、後の三人はなるべくはぐれないように固まってエレナの後ろをついていくことにした。


 この先何があるのかは全く分からないが、俺たちにとってこのクエストがチャンスだったと証明するため、絶対にクリアするんだと自分に言い聞かせながら足を進めた。

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