39. 特殊職業『ニート』

 クエストを受注した俺たちは、会員カードに新たに記載されたクエスト内容の詳細を確認したのちに、早速その西にある霧の森とやらに行くことにした。


 今は森に行く道の途中で、全員平原を地道に歩いている。


「『首都アルバスから西側にある霧の森にて、正体不明の霧が発生。原因の究明を最優先に調査をしてほしい。』っだってよ。ってか『霧の森』って言われてるってことは、いつも霧が発生してるんだろ?」


「いつもってわけじゃないけど、霧の森は明け方からお昼までは濃い霧に覆われてるわね」


「じゃあこの『正体不明の霧』ってなんなんだ? 普通の霧と何が違うんだ?」


「そんなの私が知るわけないじゃない」


 まあ、それもそうか。

 普段発生する霧と今回の正体不明の霧に何の違いがあるのかは分からないが、これ以上考えても分からないのでとりあえずこの話題は置いておこう。


「それより僕、一つ気になることがあるんです」


「んどうした? キュウ」


「霧の森って確か中位から高位にかけての魔物の発生地域じゃなかったでしたっけ?」


「――え? そうなの?」


 もしそれが本当なら、今回俺何もできないじゃん。


 流石にザウス高原の時のようなドラゴンが出てくるとは考えにくいが、低位の魔物にすら接戦する俺が、そんな危険地帯に行くのは場違いもいいところである。


 どうやら今回も後ろで指揮をするしかないな。


「皆さん安心してください! 何かあれば自分が皆さんを守ります!」


 なんとも頼もしい言葉だろうか。

 自分の胸をトンと叩きながら、自信満々に語るエレナ。


 前回こそ彼女の言葉に信用を置いていいかどうか迷っていたが、彼女の実力を知っている今なら、背中どころか安心して前後左右を預けられる。


 彼女が戦っている最中、天を仰ぐほどの余裕を見せられそうだ。


「頼んだぞ。お前の頑張り次第でどれだけ俺の能力を温存できるかが決まってくるからな」


「あんたそれサボりたいだけでしょ……」


 いやいや、そんなことはない。

 俺の能力はいざって時のために使う、いわば切り札だ。


 その時になって俺が疲弊していて、特殊職業エクストラジョブを使えなかったらどうするんだ?


 まあ、俺の特殊職業エクストラジョブに発動条件とかそんなの無いんだけど。


「ヘージさんの能力、ですか?」


 俺の力と聞いて、キュウが首をかしげる。

 一瞬なぜその仕草をしたのかわからなかったが、原因はすぐにわかった。


「……まさかヘージ。あんたの特殊職業エクストラジョブのことまだ教えてなかったの?」


「あ、すまん。普通に忘れてた」


「そういえばヘージ殿。前に特殊職業エクストラジョブがどうとか言ってましたが、なんのことだったのですか?」


「エレナにも言ってなかったのね……」


 俺が特殊職業エクストラジョブ所有者だとわかったとき、ナノは同じ空間に居たためそのことを知っているが、そういえばエレナとキュウにはまだ話していなかった。


「はぁ。まあいい機会かも知れないから言っておくわ。ヘージはね、特殊職業エクストラジョブ所有者なの」


「え……えぇぇえええーーー!! そ、そうなんですか?! ヘージさん!!」


「あ、ああ。まあ一応」


 おい、いきなり大声出されたらビックリするだろ。


 俺が特殊職業エクストラジョブ所有者だと知ったキュウの驚き様は、ギルドの連中以上のものだった。


 所有者本人だから実感わかないし、この能力をちゃんと使った場面が、お手伝いクエストのとき、事故で作業用足場の下敷きになった場面で自動発動したくらいだ。


特殊職業エクストラジョブ……ってなんですか?」


「ああ、エレナはそこからなのね……」


 そう言えばこいつ、ザウス高原で俺の特殊職業エクストラジョブの話が出たときに何も言わなかったな。


 あの時は気にしなかっただけだと思っていたし、特に疑問にも思わなかったが、どうやら特殊職業エクストラジョブというもの自体を知らなかったようだ。


特殊職業エクストラジョブって言うのは、ギルドが発行している会員カードに紐づけられた職業とは別の、第二の職業のことよ。ギルドで会員カードを発行してもらうときたまに出てくるの。発行数がランダムで極端に少ないからかなり珍しいし、能力が複雑なものが多いからギルドの管轄外で、魔物討伐でしかスキルポイントを獲得できないらしいわ」


 なるほど。俺たち転生者は、あの神から受け取った力をこの世界に適した形で使えるようにしたのが特殊職業エクストラジョブだと知っているが、そんなことを知る由もないこの世界の人たちは、そういうふうに理解しているのか。


「あ、ちなみに特殊職業エクストラジョブのカードがこれな」


 嘘だとは思われたくないので、補足程度に懐から特殊職業エクストラジョブのカードを取り出す。


「わぁ! 凄いです! 僕、初めて見ました!」


 最初から特殊職業エクストラジョブを知っていたキュウは、目を爛々と輝かせてカードを見つめていた。


 既に見たことのあるナノと、未だこのカードの価値がわかっていないエレナは、特にこれと言った反応を見せない。


「それで、特殊職業エクストラジョブの能力とはどういったものなのですか?」


特殊職業エクストラジョブは個人レベルで能力が違うらしいの。ヘージのは確か……」


特殊職業エクストラジョブ『ニート』俺が指定した範囲外からの全ての侵入を拒む不可侵の能力だ」


「つまり、防御力が凄いということですか?」


 こいつ初めて能力の仕様を聞かされたときの俺と同じ反応しやがったな。


 まあ、これだけ聞かされたらそういう理解の仕方をするのも頷けるが。


「防御力とは少し違う。あくまでも侵入させない能力だ。そうだな……エレナ、俺を一発殴ってみろ」


「ヘージ殿。まさかそういう趣味があるのですか?」


「人をドM扱いしないでもらえるか?……って、前もこんな会話したな」


 前にナノに能力を解説したときもこんな感じの会話をしたな。


 仕方ないじゃん。俺の特殊職業ニートはガッツリ防御系の能力なんだから、攻撃してもらわないと凄さが証明できないんだよ。


「だ、大丈夫ですかヘージさん? エレナさんの実力は」


「心配いらないわよキュウ君。ヘージが多少怪我をしても、キュウ君が治してあげれば問題ないわよ」


「で、でも」


 キュウがパーティーに加入してからの一週間、常に強い魔物との対決に明け暮れていたエレナ。


 キュウもこのパーティーで誰が桁違いの実力者化け物なのか知っているため、不安げな表情で俺を見つめてきた。


 ナノ、お前はもう少しキュウを見習って俺を心配してくれませんかね?


「わかってる。大丈夫だ、キュウ。二人は、少し離れてくれ」


 心配するキュウをなだめる。そして一応、何かあったら困るため二人に離れるように言っておいた。


「ヘージ殿。本当にいいのですか?」


「ああ、思いっきりやってくれ」


「それでは……すぅ……」


 エレナは俺の前に立ち、構えをとる。

 そして力を貯めるかのように軽く息を吸い込み、脇をしめて右の拳を後ろに引いた。


 彼女の攻撃力の高さは良く知っている。

 故にこの動作一つ一つが物凄く怖いが、今度はギルドの時みたいにビビッて避けないようにしなければ。


 じゃないとこの能力の凄さは証明できない。


「すぅ……はあぁぁああああ!!」


 威勢の良い雄たけびと同時に、彼女の全力のパンチが放たれた。


 風を切り裂けるくらいの速さと威力を兼ね備えた彼女の拳は、目にもとまらぬ速さで俺の眼前まで近づき……そして止まった。


 刹那に訪れたのは、髪を激しくなびかせた強い風。


 こいつパンチで空気弾打てるんだし、手刀で斬撃飛ばせるんじゃないか? そう思わせられるほど、人体が起こしたとは思えないような強風が辺りをざわつかせた。


「……止まった……凄いです! エレナさんのパンチが止まりました!」


「ああ、まさか本当に防げるとは……」


 正直物凄くちびりそうだった。


 ホワイトドラゴンを一発で沈めた時と同程度かそれ以上の威力はあるであろうエレナのパンチを軽く防いだのだ。


 これで、俺の能力が絶対的なものだと証明できたわけである。


「……驚きました。まさか、自分のパンチが止められるとは」


「私もビックリしたわ。でもこれでヘージが壁役として役に立つことが証明されたわね!」


「誰が壁役だおい」


 前線に出るのだけは絶対に嫌だぞ?


 俺にはこの腰に携えたなまくら以外何もないんだ。


 防御に関しては上振れているが、攻撃力は皆無に等しい。そして、俺の能力はあくまで範囲より外側の攻撃の侵入を防ぐだけ。


 つまり、敵に近づく必要がある接近戦とはすこぶる相性が悪いわけである。


 敵に近づくためには、敵を範囲内に入れなければならないからな。そうなってはこの能力の意味がない。


 おまけにまだ特殊職業エクストラジョブのスキルを一つしか獲得していないため、不可侵の範囲を自由に動かせないのだ。


 つまり俺は何もできない。だから後ろに居させてくださいお願いします。


「ちなみにエレナ。俺の特殊職業エクストラジョブを殴ってみてどんな感じだった」


「……不思議な感覚でした。何かにぶつかったわけでもなく、押されても引っ張られてもないですし、ぶつかったあとも拳を前に進ませようとしましたが、何かを押した感覚もありません。ただ、拳を前に進ませようとした筋肉の軋む感覚だけがありました」


 なるほど。つまり見えない壁が攻撃された瞬間俺の周りを囲むとか、そういう感じではないわけか。


 実体がなく、触れた感覚も何か力が働いた感じもない。ただ前に進まなくなっただけ。


 つまりこれで能力の本質が防御力とは無関係だとわかったわけだ。


「それが俺の能力。特殊職業エクストラジョブ『ニート』の力だ」


「凄いです! ニートのヘージさん、とても凄いです!」


「キュウ。なるべくその『ニート』って言葉は使わないでくれ。俺の心が痛い」


「ニートのヘージ殿には参りました! これで私も心置きなく戦えます!」


「流石ヘージ。ニートのヘージは一味も二味も違うわね」


「これ以上ニートって言うな! 泣くぞ?! 割と本気で泣くぞ?! ってナノは絶対別の意味で言っただろ!」


 悪意がないとはいえ、キュウの無垢な笑顔からその言葉が発せられると、心が物凄く痛い。


 この能力がどれだけ防御に優れていても、悪意なく放たれた言葉には効果を発揮しないようだ。


 とにかくこれで、俺の能力が絶対的なものだという確証が得られた。


 もう少しこの能力の仕様を検証したいところだが、今はクエストが最優先のため、止まっていた足をもう一度動かし、件の森へと急いだ。

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