38. アンチ人間

 どうやら新しいクエストが追加されたようだ。

 受付のお姉さんの声により、今まで騒いでいたギルドの会員たちは一斉に掲示板へと群がっていった。


「ほらヘージ。掲示板のクエストが更新されたわよ? 行かなくていいの?」


「エレナ。お前が先に行って高報酬のクエストを受けてこい。俺たちはあいつらが掲示板の前からいなくなったら仕事を受けるから」


「了解しましたヘージ殿!」


「了解しなくていいわよエレナ。ヘージ、あんた行くの面倒くさいだけでしょ?」


 あ、バレてました?

 まあ確かにそれも理由の一つではあるが、もう一つあそこに行きたくない理由がある。


「はぁ。まあそれもあるが、俺は人混みが嫌いなんだ。ひどく苦い思い出があるからな」


 俺がまだ前世で新卒として働いていた頃、仕事に行くために満員電車を乗った時、痴漢冤罪をかけられたことがある。


 見た目から性格の悪さがひしひしと伝わってくる女子高校の集団にいきなり手を掴まれ『この人痴漢ですー! 私のお尻触りましたー!』と言いがかりをつけられたのだ。


 その時は周りに無罪を証明してくれる人が見つからず、仕方なく示談金として数万払って事なきを得た。


 そういう経緯もあり、俺は人混みがめちゃくちゃ嫌いなのだ。


「とにかく全員で行くわよ! エレナとキュウ君もほら、立った立った!」


「はーい!」


「了解です!」


 俺はナノに無理矢理腕を掴まれ、そのまま掲示板前へと連行された。


 そして、その後ろをエレナとキュウがついてくる。


「にしてもやけに騒がしいな。何かあるのか?」


 いつも掲示板が更新されて数分は騒がしいが、今日はいつにもましてざわざわしている。


 ある人は唖然とし、またある人は何かを迷っていた。

 いったいどんなクエストが追加されたんだ?


 俺たちは人混みをかき分けて一番前の方へ移動した。


「あ! ヘージさん! あれ、あれ見てください!」


 小さい体をぴょんぴょんさせながら掲示板のある箇所にむかって指をさすキュウ。


 何その動き可愛いんですけど。

 その愛くるしい動きに一瞬下を向いてしまうが、すぐに彼のさす所を見る。


 すると、


「はぁ?! ほ、報酬が五十万ルピカ?!」


 エレナがいつも受ける危険なクエストが張り出されている場所に、明らかに他のクエストとは異彩を放っているクエストがあった。


 そのクエストには、クリア報酬として五十万ルピカという文字通り桁外れの金額が提示されている。


「なんだぁ? この法外な報酬はぁ!」


「『西にある霧の森の調査』だってよ。明らかに怪しいよな~」


「詐欺よ詐欺! 森を調査するだけでこんなにもらえるわけないわ!」


「で、でももし本当にこれだけで五十万ルピカもらえるのなら……」


 そうか。周りにいるこいつら全員これを見てこんなに騒がしくなってるのか。


 だが、明らかに異様な報酬に詐欺を疑う声も出ており、なかなか誰もクエストを受けれないでいた。


 そして、それは俺たちも例外ではない。


「どうしますかヘージ殿。このクエスト、自分が今まで受けてきたどのクエストより簡単で、どのクエストより怪しいですよ。正直、身の安全を優先するなら受けない方がいいかと」


「ああ、俺らの中で一番高報酬のクエストを受けてきたお前が言うんだから、きっとそうなんだろ」


「で、でも、これを受ければ皆さんの借金が一気に返済できますよ! これはチャンスじゃ」


「――キュウの言うことにも一理ある……だが」


 借金返済まで残り五十万ルピカの俺たちにとって、これはまたとないビックチャンスなのだろう。


 あまりにも都合が良く、偶然にしては出来過ぎているが、もう後がない俺たちに受けないという選択肢はきっとない。


 だが、チャンスだと思ってきたものが実はとんでもない地雷だった、なんてことが今までも何回かあった。


 その経験故に、どうしても踏み出すべき一歩が出ないでいた。


 すると、


「ヘージ。あんたが決めてちょうだい」


「はぁ?! いや、お前が決めてくれよ! こんな重要な決断俺には」


「大丈夫よ。あんた一人に責任押し付けるなんてこと絶対にしないわ」


 まるで俺の心を見透かしているかのようにそう言ってくるナノ。


 俺たちのパーティーにおいて、この決断はかなり重要だ。うまくいけば一気に借金返済。失敗すれば、もうどうすることもできない。


 そんな大事なことを俺一人で決めたくない。俺一人で責任を負いたくない。


 それが、俺のその気持ちがわかっているからこそ、彼女は今の俺に一番必要な言葉を言ってくれた。


「ヘージ殿。これは元はと言えば自分が招いた種。いざとなれば自分が土下座して切腹をしてでも」


「いや、それはもう意味ないって証明されただろ!」


「ぼ、僕も同じ気持ちです! ヘージさんが切腹するときは、死なないように切腹と同時進行で精一杯回復させるので!」


「その気持ちは嬉しいが、なんでお前の中で俺が切腹する流れになってるの!?」


 切腹しながら回復され続けるとかどんな生き地獄だよ。死ぬために切腹するのに苦しみながら生き続けちゃうじゃん。

 もしそこまで追い詰められたのなら、むしろ潔く介錯かいしゃくしてほしいのだが。


「とにかくわかったでしょ? この中に、あんたを責める奴なんていないわよ。だから気負わず決断して頂戴」


「……はぁ、わかったよ。考えるからちょっと待ってくれ」


 こんだけ信頼を向けられちゃ、逃げられそうにないな。

 かなり面倒くさいことを押し付けられたが、ここまで言われちゃ仕方ない。


「しっかし、どうするか」


 頭をポリポリ搔きながら考えるが、正直選択肢は一つしかないと言っていい。


 全員が見ているクエスト以外で、四日以内に五十万ルピカ集められる組み合わせのクエストは無いし、自分たちがギルドのクエスト以外で稼げる方法も無い。


 やはり注目すべきは報酬五十万ルピカのクエストだろう。クエスト内容は『西にある霧の森の調査』とのこと。


「調査って、いったい何を調べたらクリア扱いになるんだ?」


「何も書かれてないわね。多分、クエストを受注したタイミングで会員カードに開示されると思うけど」


 本来、クエストの詳細な内容が書かれている場所には、何の記述もない。


 バカげた報酬の値段設定。調査という曖昧な文言。詳細を書くべきところには一言もない。


 どう考えたって怪しさ満点のクエストだ。

 だが、それでも俺たちに選択肢はない。一か八か、これに賭けるしかないのだ。


「すぅー、はぁー」


 目を閉じ、深く大きく深呼吸をする。


 天国か地獄か。どちらにしろ茨の道を進む以外に、もう出来ることはない。


 息を吐き切ったところで、その道の第一歩を大きく踏み出した。


「お、おいあいつって!」


「ああ、女性相手に堂々と三股するという、明らかに人間の倫理に反する所業から『アンチ人間』と呼ばれてるあの!」


「名前は……えっと、なんだっけ?」


 いやそんな不名誉な二つ名があるんだったら名前までちゃんと覚えとけよ! 二つ名だけが独り歩きしてるじゃねぇか! ってか俺そんなふうに言われてるの?!


 俺が掲示板の前に立つと、さっきとは明らかに違う話でより一層周りがざわつく。


 ある人は俺が何をするのか気になっているし、ある人は女性の敵を見る目で俺を見つめてくる。

 あらゆる思惑の目で見つめられ若干心が折れそうになるが、前へ出てしまってはもう戻れない。


「ナノ。エレナ。キュウ。三人とも、行くぞ!」


「ええ!」


「了解です!」


「わかりました!」


 俺はさっきまで全員が注目していたクエストの依頼書を、奇異の視線を払いのけるように思いっきり取り、そのまま受付まで早歩きで向かった。

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