33. 盛大な勘違い
仕事の疲れを全身で感じながら動くのはいつぶりだろうか。
少なくとも前世で職を転々としていた俺を雇ってくれた最後の企業をクビになった日の夜以来だろう。
辺りもすっかり暗くなり、月の光が作業現場を照らしていた。現場の入口より奥は、色とりどりの街明かりが夜を明るくしている。
「あ、ヘージさん! こっちです!」
作業現場の入口に行くと、街明かりをバックに背伸びをし、大振りで手を振っているケモ耳ロリがいた。
小さい体だからこそ、自分の体を少しでも大きく見せようとするその仕草が滅茶苦茶愛らしく思えてくる。
何だろうこの感情。何かいけないものに目覚めそうだ。
「待ってたのか? さっさと帰ってもよかったのに」
今のキュウは、作業用の小汚かった服とは一転して、白と水色を基調とした服に水色のショートパンツをはいた、爽やかと可愛いを両立した服を着ていた。
さらに言えば、今までヘルメットに隠れていた自前の白髪とケモ耳が、その二つにより拍車をかけている。
っというか尻尾がブンブン横に振れまくってるな。めちゃくちゃモフりたい。
「これから銭湯に行くんですよね? 僕も一緒に行きたいです!」
「うん。事案になるからやめてくれ」
「なんでですか?!」
言われなくてもわかるだろ。
夜の街に大人の男とケモ耳の少女が横に並んで歩いていたら、普通に考えて誰かが警察に通報するだろ。
ましてや、俺の根も葉もない……とは言い切れない噂を知ってるギルドの奴らに見つかったら、それこそ人生が詰んでしまう。
「キュウ。お前はもっと自分の体を大切にするべきだ」
「大丈夫です! 僕、人狼なので人間よりも頑丈です!」
「いや、そういう意味じゃなくてだな……」
お前じゃない。俺が危ないんだ。
実際、キュウの身を案じて言ってはいるが、それ以上に俺の肩書に『ケモナーロリコン』が追加されないか心配で仕方がないのだ。
もしそうなれば俺は、若い女性を体付きや人種問わず侍らすクソ野郎になってしまう。
「とにかく、ダメなものはダメだ。出会ったばかりでいきなり一緒に銭湯なんて」
「うぅ……どうしてダメなんですか?」
「――グハッ!!」
な、なんだその破壊力のある上目遣いは!
それに加えてさっきまでブンブン振れていた尻尾とピンっと立っていた耳が、急に垂れ下がっている。
確か犬や猫は尻尾の動きでその時の感情がある程度分かるという。キュウも限りなく人に近い容姿をしているが、種族は人狼。
『狼』と付いているくらいだから、犬などに近い感情表現もするのだろう。それも、表情よりわかりやすく。
「わ、わかった……俺の負けだ。だからその上目遣いをやめてくれ。何かに目覚めそうになる……」
「ほ、本当ですか! やったー! それじゃあさっそく行きましょう!」
仕方ない。あんな顔をされれば誰だって自分の方が間違っているのでは? っと思ってしまうだろう。
せめて極力事案にならないように、銭湯に着くまでの間、少し離れて歩くとしよう。
* * *
「ようやく着いたな。近くにあるのに、周りの視線が気になりすぎて凄く遠く感じた」
「そうですか? 僕は何も気になりませんでしたよ?」
そりゃお前はな。
俺なんか、人狼少女と歩いていることで、周りからどう思われてるか気が気じゃなかった。
キュウが可愛いからか、それとも俺が怪しいからか。歩いている途中で何回か視線を感じたが、幸い警察には通報されなかったようだ。
「それじゃあ別れるか。また後でな」
「はい!」
そう言って、俺はそそくさと男湯の方へ向かった。
早く汗と疲れを洗い流したいというのもあるが、キュウと一緒にいる緊張感から早く抜け出したかった。
そして、荷物や着替えをロッカーに入れ、持っていたタオルを腰に巻くと、大浴場に入り、ささっと体と頭を洗い、広い湯船の隅っこに腰を据えた。
「ふぃ~、いい湯だ。どこの世界にいてもこの心地よさだけは変わらないな~」
労働後の風呂は体に染みるな。疲れがじわじわと抜けていく感じがする。
「ナノとエレナには申し訳ないが、こりゃ至福だ」
今頃二人ともギルドで俺の帰りを待っているのだろう。
そう考えると、待たせてしまっている罪悪感と、二人を待たせてまで風呂に入っているという優越感が同時に押し寄せてくる。
「にしても広いな。家にあった風呂の二倍はあるぞ」
一応俺の実家は中流貴族だったので、これほどとまではいかないがそこそこ広い風呂を持っていた。
だが、今回の風呂は実家で入っていた風呂とは比べ物にならないほど気持ちがいい。
「この風呂、何か効能でもあるのか?」
「このお風呂には、疲労回復と肩こり解消の効果があるみたいですよ?」
「そうか、道理で肩が軽くなった気が……うん?」
今なんか聞き覚えのある声が聞こえたな。
いやいやまさか。だってここは男湯だぞ? 周りに数人いるおっさんたち以外に誰かがいるなんてことは。
「気持ちいいですね! ヘージさん!」
「――ッ!! キャアア――んむご!?」
「ちょ! ヘージさんここ公共の場ですよ? 静かにしなきゃダメじゃないですか?」
どの口がそれを言ってるんですかね?
俺が大声で叫ぶのを察したのか、すぐに俺の口に手を当て悲鳴が漏れるのを防いだ。
確かに銭湯は公共の場だが、この大浴場に限ってそれは男だけの話。
それが、それなのに……
「――な、なんでお前がいるんだ!」
「いや、そりゃいますよ! 僕も湯船につかりたいですもん」
「今ならまだ間にあう! さっさと女湯に行け!!」
「それじゃあ僕が変態になるじゃないですか!!」
「現在進行形で変態はお前だ!!」
「お前らうるさいぞ! 静かにしろ!」
「あ、はい」
なるべくうるさくしないように心がけて喋ってはいたが、俺の頭の処理が追い付かず、喋っていくうちに声が大きくなってしまったようだ。
おかげで電気風呂に入っているオッサンに怒られてしまった。
いや、今はそんなことはどうでもいい。
「とにかく、バレないようにここから出ろ! じゃないと」
「……ヘージさん。何か勘違いしてません?」
勘違い? 何を?
キュウの中で何か確信を得たのか、ジト目で俺のことをじっと見つめてくる。
「――勘違いって、いったい何を……あれ?」
モクモクと上がる白いカーテンの向こう側にいるキュウの体は、本来女性が隠すべき体の部位が、一切隠れていなかった。
それどころか俺と同じように、ただ腰にタオルを巻いているだけ。
そう言えば、キュウは女性にしては本来二つあるはずのモノが出ていないなと感じた。
まだ子供だし個人差や種族による違いもあるため、ナノやエレナみたいなモノが出ていなくても、特に不思議には思わなかったのだ。
しかし、よくよく見てみると、それは女性のモノにしては異様なまでにペッタンコなのだ。それどころか、男の胸板のような感じが……
「――なあ、もしかしてだけど……」
次の言葉が出そうになった時、キュウがいきなり俺の手を掴んで自身の胸に俺の手のひらを押し当てた。
キュウの顔は、客観的に見ればナノやエレナにも引けを取らないくらい整っている。
手を掴まれた瞬間、とっさの出来事でキュウと目が合ってしまい不覚にも本当にドキッとしてしまう。
しかし、触覚の情報が視覚の情報を上書きした瞬間、その感情が本当に正しいものなのか自分を疑いそうになった。
「――もしかしなくても、僕、男ですよ?」
自分の目から入ってくる情報が真実だと思いたかったが、この手に伝わる硬い感触と本人から発せられた真実が、俺を現実へと引き戻してくる。
今までケモ耳ロリだと思っていた少女は、まさかのケモ耳ショタだった。
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