34. 後悔と決心

「うん、ちょっと待ってな。一旦整理させてくれ」


 今まで見てきたものと突き付けられた真実の違いが大きすぎて、思わず頭を抱えてしまう。


 キュウが男? いやいやそんなわけが。もし仮にキュウが男だったとして、男の胸を触っただけなのになんでこんなに罪悪感があるのだろうか?


 だが、彼女が……いや、彼が男だという伏線は、今思い返せば結構転がっていた。


 それと同時に、不思議に思うこともあったが。


「ちなみに、さっきお前が別れたのはなんでだ?」


 そうだ。銭湯に到着した時、俺とキュウは一旦別れたはず。


 目的地が同じなら、別れる必要はないはずだ。


「ああ、あれはこれを取りに行ってたんです」


 そう言ってキュウは自分の腰を俺に見せてきた。


 いくら腰にタオルが巻いてあって大事な部分が見えないからって、これはこれで背徳感がすごいんだが


「これは?」


 キュウの尾骶骨あたりに生えている尻尾。


 そこにビニール袋のような透明な袋が被せられており、尻尾の付け根辺りで、袋の口が紐で括りつけられていて、解かないと取れないようになっていた。


「これから暑くなってくるので、人狼の尻尾は換毛期に入るんです。普段はそんなに毛が抜けるわけじゃないんですけど、この季節に入ると抜け毛がすごいので、家以外でお風呂に入るときはこれをつけるんです」


「もはや犬や猫と変わらなのな。ってか尻尾限定の換毛期ってなに?」


「先祖の名残らしいです。今日は銭湯に行く予定はなかったので忘れてたんですけど、銭湯でも買えるのでこれを買ってきていたんですよ」


「そ、そうなのか……」


 これでキュウが女性である希望は潰えた。


 そうだよなぁ。ギルド会員で男限定の仕事に来てたもんなぁ。むしろ何でもっと早く違和感を覚えなかったのか。


 ここまで来ると、自分の鈍感さが恐ろしい。


 いや、別に男だから悪いってわけじゃないけど、可愛いうえに性格もいいから物凄くもったいなく感じる。


「どうしたんですか? ヘージさん」


「いや、うん。なんか、ごめんな」


「なんでいきなり謝るんですか?! 僕、何かしました?」


「キュウは悪くないんだ。全部俺が悪いんだ」


 可愛らしい顔立ちや男には思えない女性のような声。人を見た目で判断してはいけないとはよく言うが、今回はそれの究極系を味わった気分だ。


 そう言えば、前世でもこんなことがあったな。

 ただ隣の席の女子に、落とした消しゴムを拾ってもらっただけで片思い。


 のちにたまたま『あいつの手、マジ脂汗でギトギトだったんですけど~』という彼女の言葉を聞いてしまい、そのままひっそりと片思いが終了した酸っぱすぎる青春の一ページ。


 あれも今回も、一人で勝手に想像して一人で勝手に落胆しただけ。誰が悪いわけでもなく、強いて言うなら勝手に期待した俺が悪いんだ。


「へ、ヘージさん?! なんで潜るんですか?!」


ゴボゴボボ気にするなゴボボブボ頭までブボビバブ浸かりたいビブブボッボブボ気分だったんだ


「なにを言ってるのかわかりません!」


 思い出したくない過去を思い出し涙があふれそうなので、とりあえず風呂に頭を沈めて誤魔化した。


「ブハ! とにかく、お前が気にすることは何もない。それでオールオーケーだ」


「わ、わかりました……」


 キュウはなにやら腑に落ちない顔をしているが、本当にキュウは何も気にしなくていいので、全然問題はない。


「――やっぱりヘージさんは優しいですね。今日知り合ったばかりの僕にも気を使ってくれて」


 俺が優しい? かなりおかしいことを言ってくるな。


 俺はあくまでも、自分がこうだと思ったことをやっているだけで、たまたまそれが優しさに見えているだけだ。


「俺は別に誰彼構わず優しいわけじゃない。ただ、後悔を減らしたいだけだ」


「後悔……ですか」


「ああ、今までいっぱい味わってきたものだ。だから、『もう後悔をしない』とまではいかないが、その数を減らすようにはしてるつもりだ」


 転生前、神の部屋で見せられた俺の人生の履歴書。


 そこに書いてあったのは、何もない空っぽな人生を送った人間の末路。そして、転生後も変わらず空白の時間を送ってきた。


 俺の人生は前世今世総じて全てが後悔だらけの取り返しのつかないものばかりだった。


 だからこそ、人生最後の転換期と呼べる今、なるべく後悔しないように自分がやることは全部やりきりたい。


 とはいっても、俺自身が相当めんどくさがり屋のクズなので、この目標自体掲げているだけで、努力はほとんどしていないが。


「――ヘージさんにもあるんですか? あの時、ああしていればよかったってことが」


「ああ、数えきれないほどあるな。俺とお前の両手足を合わせても数えきれない」


「そんなに、ですか……」


 正確な数は覚えちゃいないが、なにかがあるたびにふと昔のことを思い出すのは、そのことに後悔しているからなのだろう。


「……僕にもあるんです。もう取り返しのつかない後悔が」


 キュウも自身の後悔を思い出しているのか、顔を俯かせる。水面に反射して映る彼の顔は、何かを悔やんでいるような顔だった。


「ヘージさん」


「ん?」


「ヘージさんは、もしまた何か後悔するような、どうしても取り戻したい過去ができたとき、どうしますか?」


『どうしますか』か。どうにも抽象的な質問だな。


 たぶんその時の気持ちの持ちようや、後悔の内容によって変わってくるだろう。


 無人島に行くなら何を持っていく? っといった心理テストでも、実際に無人島に行く羽目になったらその通りのものを持っていくとは限らないし、選択肢以外の物も絶対に持っていく。


 そのくらい、想像と現実に差のある質問だ。


「――そうだな……その時の状況によって変わってくるから、一概に何をどうするかって言えない。だから、自分が何をするかはわからない」


 嘘は言いたくない。だから、真実を話すことにした。


「そう、ですか……」


 期待した答えが得られなかったのか、キュウは顔を俯かせたまま揺れる水面を見つめていた。頭の上にある耳も、若干折れている。


「――ただ」


「?」


 その言葉に続きがあるのを察すると、彼の顔が上がる。


「絶対に何かはする。何をするかはわからないが、何もしないなってことは絶対にないはずだ」


「――ッ!!」


 これが今の俺が言える答えの限界だ。


 一度死んでなお後悔をし続けた俺が、もしまた何か後悔する羽目になったのなら、何も行動を起こさないという最悪の結末だけは絶対に避けたい。


 とはいっても、さっきも言った通りその時の状況によって変わってくるから、クズ人間の俺が本当に行動を起こすのかさえわからないが。


「へ、ヘージさん!」


「ん? どうした?」


「今の、物凄くかっこ良かったです!!」


 マジで? 特に特別なことは何も言ってないはずだが。


「どうした? 風呂の効能で脳までこりが解消されたか?」


「そうですよね。自分で行動を起こさないと、何も変わらないですよね……よし!」


 ダメだ。俺の話を全く聞いてない。何かブツブツ喋ってるし。


 ただ、彼の耳がピンと立っているのを見るに、落ち込んでいるわけではなさそうだが。


 俺の言葉の何が良かったのかはわからないが、彼の中で何かを決心したのか、ブツブツタイムが終了すると顔を上げて俺の方を向いてきた。


 え? なに? なんか凄く嫌な予感がするんだが。


「ヘージさん! いや、ヘージ・ウィルベスターさん! 僕を、あなたのパーティーに入れてください!」


「……え?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る