27. 『働く』という字は人に重力と書くため、重力の影響を受けている俺は働いている

 俺が修繕費の請求書地獄への招待状を受け取り席に戻ろうとすると、視線の先では席に座った二人が未だに先ほどの件について話していた。


「うぅ……し、しかしナノ殿ぉ。今回の件は私が悪いのです……」


「言ってるでしょ? 気にしなくていいわよ」


「で、でも……」


「それに、そんなこと言ったら私だって色々やらかしてるわよ? お父さんを氷漬けにしたり、実家の屋根を貫いたり、他人の家の作物をダメにしたり」


「ナノ殿。気持ちは幾分か楽になりましたが、素直にこの気持ちを受け止めていいのかという疑問が生まれました」


 自分が悪いことをしたときは、他人の悪いことと比較することで気持ちを楽にできる。


 人間という比較大好きな生き物の性だな。

 いくら人間離れしていても、エレナの根っこの部分はやはり人と同じのようだ。


「あ、ヘージ。戻ったのね」


「ヘージ殿。ナノ殿が不憫すぎて目も当てられないです。なんと慰めの言葉をかけていいのでしょうか」


「え? いつの間にか私が慰められる側になってる?」


 席へ戻るや否や、立場が入れ替わっている。


 まあ、ナノの不幸話を聞けば、よほどの奴じゃない限りナノを不憫に思うわな。


「エレナ。気持ちはわかるが無理だ。俺たちにできることは何もない……」


「ねえ、なんで私が慰められる側なの? おかしくない?」


 別におかしいことはない。


 ギルドの壁を破壊して落ちこんでいる奴にむかって、家の屋根を貫いた挙句自分の親父を殺しかけたことがあるなんて普通言わないだろ。


 っていうか本当に殺してないよな?


「ナノ。今からでも遅くない。出頭しよう」


「あらぬ疑いかけられてない?! お父さんちゃんと生きてるわよ!?」


 むしろ生きててもらわないとこっちが困る。

 流石にパーティに親殺しの殺人犯を入れておくわけにはいかないからな。


 とりあえずナノを必要以上にいじったことだし、本題に入るために二人の前の席に座った。


「さて本題だが、この紙を見てくれ。こいつをどう思う?」


 俺は封筒の中の紙を再度取り出し、二人に見えるように机の上に乗せた。


「すごく……(金額が)大きいわね……」


「……」


 ナノはあり得ないものを見たような顔で固まっており、エレナに関してはもはや言葉すら出ていなかった。


「って、これどうするのよ!! こんなお金、うちに無いわよ!?」


「わかってる。だから今からこいつをどうするか話し合うんだ」


「ヘージ殿。もう一度受付に行って頭を下げてきます。最悪、切腹を」


「やめろやめろ! こいつを渡された時点でお前の土下座は意味がないって証明されたんだ! もうあきらめろ!」


 ナノの自虐励ましのおかげである程度エレナの傷心も和らいだように見えたが、内心ではかなり引きずっているみたいだ。


 無理もない。記憶にないとは言え、自分のしたことで仲間に迷惑と負担を強いているのだ。


 正常な心の持ち主なら、申し訳なさで心がいっぱいになるだろう。


「それで、どうするのよこれ」


「いくつか選択肢がある。その一、クエストで金を稼ぐ。その二、国外逃亡。その三、デッドエンド」


「『その一』以外にマシな選択肢がないじゃない!」


「やはり自分が切腹を」


「なんでそこまで命を軽く見てるの!? もっと自分を大切にしてよ!!」


 どうやら相当思い詰めてるなこりゃ。


 エレナの性格からして、自分でやったことは自分で尻拭いをしないと気が済まないだろう。


 そうなると、必然と正当なやり方クエストで稼ぐデッドエンド土下座腹切コンボになるわけだが。


「っていうか、あんたはなんでそんなに落ち着いてるのよ! パーティの危機でしょ?!」


「いや……だって俺悪くないし。最悪全責任をエレナに押し付ければ問題ないし……っていうか俺、働きたくないし」


「あんたの考えに問題があるわよ! 働きなさいこのニート!」


「『働く』という字は人に重力と書く。だから重力の影響を受けている俺は働いている」


「うざい言い訳しないの!」


 俺は決して落ち着いているわけではない。


 受け止めきれない責任現実に理解が追い付いておらず、現実と向き合ってるフリをしながら、自分だけ助かる逃げ道を頭の中で模索している最中なのだ。


「それでどうする? 個人的には『その二』がいいが」


「『その一』に決まってるでしょ! それでも来月まで百万ルピカなんて無謀としか思えないんだけど」


「まあ、他に方法もないしな。はぁ……俺も腹を括るか……」


 ゴブリンキングやホワイトドラゴン同様、ベクトルは違うが逃げられない理不尽を前に、俺は腹を括るしかなかった。


「そうね……とりあえず、掲示板に行きましょ」


 頭をフル回転させてなんとかならないか考えたが、もうどうしようもないのだろう。

 不本意ではあるが、今回ばかりはちゃんと働くしか道がない。


 何もない俺たちにできることと言えば、クエスト一択。

 全員がそれをわかっているからか、立ち上がりクエスト掲示板へ足を進めた。


 * * *


「それで、どれを受けるの? もう昨日みたいなのは懲り懲りよ?」


 昨日みたいなクエストが続ければ金自体は早く稼げる。

 だが、俺たちにはハードすぎて途中で力尽きてしまうだろう。


 一人の例外を除いて。


「効率重視でいこう。エレナは昨日と同じような高難易度で報酬金の高いクエストをやってくれ」


「わかりました! 自分、一生懸命頑張ります!」


 そう言ってエレナは、目に入った中でおそらく最も難しいであろう討伐クエストの紙をはぎ取り、走って受付まで持って行った。


 どうやら彼女は、難しく考えるより体を動かした方が生き生きするみたいだ。


「ナノと俺は、自分ができそうなクエストを地道にやっていこう」


「っとなると、お手伝いクエストね」


「お手伝いクエスト?」


 俺が頭に疑問符を浮かべると、ナノは掲示板の左上の方を指さした。


 そこには誰にでもできそうな、RPGで言うところのおつかいクエストのような内容の張り紙がいくつかあった。


 今更気づいたがこの掲示板、難易度やクエストの種類によって細かく区分けされてるな。


 今ナノが指さしたところが、どうやら一番簡単なクエストが貼られている区画のようだ。


「私が転職したり、ウィザードになるためにこなしたクエストがお手伝いクエストなの。簡単で戦闘もほとんどないし、運の要素も少ないからお金に困ったらこれをやってるわ」


「前に言ってたやつか。にしても報酬が少ないな。本当に子供のお小遣い稼ぎみたいなクエストだ」


「実際にその側面が強いわね。ギルド会員自体は十二歳から親の同意で入会できるし、その子たち用のクエストと言っても過言じゃないわね」


 え? じゃあ俺たちは今から子供用のクエストをやるの? すっごい気が引けるんだけど。


 それ以前に、ギルドに入会できる年齢低すぎないか? 


 ナノが以前、五年かけてウィザードになったと言っていたが、それで今十八歳ってことは、こいつ十二歳頃からギルドにいたのか。


 知れば知るほど、こいつと俺の幼少期の暮らしっぷりが乖離してるな。


「それで、どれをやるんだ?」


「うんとね……あ、私これにしましょ!」


 そう言ってナノが取ったクエストは『腰が悪くて動けず独り身のトシエさんに、下記の食材を買ってきてください』というものだった。


「本当におつかいクエストじゃねえか! っていうかこういうクエストもあるのかよ!?」


「お手伝いクエストってのは基本日替わりで、その日に困っている人がギルド経由でクエストの掲示を依頼してるの」


「腰が悪くて独り身なんだろこの人。どうやって掲示板に貼ってもらったんだ?」


「そういうサービスがあるのよ。月額プランに入れば、毎日依頼の受取人が家に来てくれて、その人にお願いすればクエストとして掲示板に貼ってもらえるの。クエストの報酬は、その人が払ってる月額料金の内から内容に応じた金額が私たちに入るようになってるのよ」


「サービスが良すぎる!」


 ここが首都の中心にあるギルドというのもあり、栄えているからこそできるものだと思うが、それにしてもうまくできてる。


 ギルドという半ば何でも屋の特性を生かした、サービスだと言えよう。


「それじゃあ、そのクエストにするか。受付に行くぞ」


 流石に一人でクエストに行くのは嫌だが、こいつと一緒なら幾分か気が楽だ。と、そう思った時だった。


「え? 何言ってるのヘージ」


 お手伝いクエストを受けるために、受付に行こうとする俺を、とぼけた声で彼女は引き留める。


 いや、とぼけているようには見えない。単純に彼女が疑問符を浮かべているだけだ。


 まるで俺が間違っているとでも言いたげな目に、俺は若干だが嫌な予感がした。


「お手伝いクエストは一人でしか受けれないわよ? ヘージはヘージで別のクエストを受けて頂戴」


「……え?」

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