28. やっぱ労働ってクソだわ

「はぁ、はぁ……あれ? 俺何やってんだろ……」


 炎天下の中、あまりの過酷さに一瞬記憶が吹っ飛んだが、すぐに冷静さを取り戻す。


 確か、『急遽男手大募集。先着十五名。男性ならパーティでも可』という高報酬のお手伝いクエストを受けたんだった。


 怪しいことは分かっていたが、それでも短期間で金を稼がねばならないのだ。背に腹は変えられない。


「そう思って来たのに……なんでこんな」


 確かに男手が必要だと書いてあった。

 だがこんな仕事、貼り紙のどこにも書いてなかったのだ。


 今も一歩、また一歩とくたくたの足に鞭を打ちながら歩いている。

 トントンカンカンと鳴る不規則なリズムに、ヘルメットを被ったむさ苦しい男たちの怒号。


「作業現場の荷物運びなんて聞いてねぇぞ!」


 涼しい森の中や、雪が残るくらい寒い高原でクエストをしていたから忘れていたが、そういえば今は前世で言うところの初夏の季節にあたる。


 普通に過ごしている分には汗はかかないが、過酷な重労働ともなれば話は別だ。


 そう思い、普段身につけている冒険者用の装備を外し、上をシャツだけにして、支給されたヘルメットを被っていた。


 正直、文句や愚痴を言わないとやっていけないが、


「オラァそこ! 無駄口叩く暇があったらこれも追加で運んどけ!」


「あ、はーい。了解っす」


 いくら無敵の能力を持っているとはいえ、あんなガチムチタンクトップを前に反抗する気など毛頭起きない。


 むしろ逆らったら減給されるかもしれない……ここは大人しくしておこう。


「はぁ……やっぱ労働ってクソだわ」


 前世でもこんな肉体労働はしてなかった。

 そもそも俺の精神や体力的に、肉体労働は無理があったんだ。

 高報酬に釣られて仕事を受けてしまったことを今更後悔しながら、愚痴をこぼす。


「オラァなに喋ってんだぁ! これも運べぇ!」


「うっす! わかりましたっす!」


 嘘だろ? 今めちゃくちゃ小声で言ったんだぞ? 今の声が聞こえるとかどんな耳してんだよ。


 もしかして口を動かしてるのが見えたのか? ダメだね〜ちゃんと自分の仕事に集中してもらわないと。


「何考えてんだコラァ! 何度同じこと言わせんだ?!」


「ヒィ! すみません! もう思考しません!」


 え? 口すら動かしてなかったんだけど? まさかテレパシーでも使えるの?!


 後ろからの怒号に、思わず振り返って直角で頭を下ろしてしまった。


「あ? なんであんちゃんが謝ってんだ?」


「え? あ……」


 頭を上げると、そこには可愛らしい少女がいた。


 服装は今の俺と同じ、作業のしやすいシャツ一枚にヘルメットを被っている。

 見た目も顔立ちもかなり幼く、白い短めの髪がヘルメットの下から少し見えていた。


 絶賛叱られ中の彼女は、その翡翠色の瞳にうっすら涙を浮かべながら俯いていた。


 しかし、そんなことは知ったこっちゃないとでも言うように、ガチムチタンクトップは容赦なく怒りの矛先を彼女に戻す。


「それよりオメェ何度言ったらわかるんだ?! その荷物はこっちじゃなくてあっちの現場に届けろって言ってるだろ!」


「ごめんなさい! すぐに行ってきます!」


 そう言って少女は、足元にあった袋をサッと肩に乗せ、走っていった。


 結構重い荷物を運んでいるはずなのに、かなり速いスピードで奥の現場へと消えていく。


「あ、おい! その荷物じゃねえ! こっちの荷物だ!!」


 間違った荷物を運んで行ったのか、男が少女を引き留めようとするも、その時には既に目の前からいなくなっていた。


 見た感じ、エレナ程ではないにしろかなりの脚力を持ってるな。


「あー行っちまった。悪いがあんちゃん、あいつの代わりにこの荷物を届けてもらえねぇか?」


「いや、俺も仕事が」


「引き受けてくれたら、親方に給料に色を付けてもらうように頼んでもいいぜ?」


「喜んで運ばせていただきます!」


 俺も自分の仕事があるため気乗りしなかったが、給料が上がるのなら話は別だ。


 男の足元にある荷物を肩に乗せ、少女の後を追いかけるように全速力で走る。

 しかし、


「はぁ、はぁ……速すぎだろあの子。どこまで行ったんだ?」


 見た目は年相応の華奢な体をしていたが、見た目以上に筋力があるのか?


 エレナよりは速くないにしろ、俺より少女の方が圧倒的に速いため、追いつくのは難しいと思ったが、


「お前何持ってきてるんだぁ!? それは隣の現場のやつだろぉ?!」


「ご、ごめんなさい!」


「――あ、居た」


 彼女が速すぎるせいで遠くへ行ったと思っていたが、物陰で見えなかっただけで割と近くにいた。

 そして先ほどと同じく腰を折り、頭をペコペコと下げていた。


 客観的に見てドジっ子属性全開なのが見て取れる。


 まあそれでも、うちのナノよりはマシか。あれの不運は人に迷惑をかけるどころのレベルじゃないしな。


「えっと、こ、これですよね? 持ってくるの」


「おお、そうだそうだ! 助かる!」


 男は俺から荷物を受け取ると、先ほどの怒りを収めて満足そうに現場へ戻っていった。


 よかった、ねちっこく言われなくて。


「あ、あの! ありがとうございます!」


「あ、ああ。いいんだ別に。そ、それじゃあ俺、仕事に戻るから」


「――あ、まって……」


 初対面であり女性、しかも年端もいかない少女と言うのもあり、どう接していいかわからずきょどってしまった。


 それに自分の仕事もまだ残っていたため、早く戻らないとまた怒られてしまう。


 今の俺がとれる最善は、この場を切り上げて仕事に戻ることだった。


 なんか止まってほしそうにしていたが、知ったこっちゃないと自分に言い聞かせ、その場から退散する。


「……後でお礼言わなきゃ」

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