26. 借金が仲間になりました

「――頭痛がする……これが二日酔いってやつか」


 宿屋のベットの上。目覚めは最悪。頭が痛い。昨日何があったっけ。


 普段とは違う朝、ただでさえ頭痛に苛まれながら起きたというのに、それに加えて様々な情報が頭の中に流れてくる。


 だがそれでも、一番印象に残っていることは、しっかりと脳が記憶してくれているようで、


「――昨日……そうだ! ギルドの壁!!」


 アルコール耐性ゼロのエレナの暴走によって、昨晩ギルドの壁が破壊されたのが記憶にこびりついている。


 この記憶はどれだけ強い酒を飲んだとしても忘れることができなさそうだ。

 ただ、酒を飲んだのとクエストの疲れからか、ギルドを出ていった後のことをよく覚えていない。


「とりあえずあいつらを起こさな、い……と……」


 おそらく別部屋に泊まっているであろう二人を起こしに行くため、掛け布団を勢いよくどかした時だった。


 俺の知る顔を持った二人の女性が、両サイドで可愛らしく寝息を立てているではないか。


 片や金髪魔法少女ウィザード、片やナイスバディ脳筋武闘家

 きっと俺じゃなかったら間違いを……あれ?


「あれ……昨日何もしてないよな……俺にそんな度胸ないよな……」


 まず何よりも先に、自分が間違いを犯していないことを自分の記憶に問いただした。


 だが、ギルドを出た後のすっぽ抜けた記憶に、何度ログインをかけてみても、うんともすんとも言わなかった。


「なんで都合よく記憶が消えてるんだ!? 思い出せ! 昨日ギルドを出てから何があった!!」


「うーん……あれ、ヘージもう起きたの?」


「ひぃ! 違うんだ! たとえ酒が入っていても、俺にそんな度胸は!」


「あんた何の話をしてるのよ……」


 あれ? この反応本当に何もないのか?

 俺やエレナと違って未成年のナノは、まだ酒の飲める年齢ではない。


 彼女に限って記憶が欠落するなんてことはないはずだし、この様子なら俺は本当に何もしていないようだ。


「にしても、昨日はすごかったわね。どう責任取るつもりよ」


「その言い方本当に辞めて!? 俺は何もしてない! 俺は悪くない!!」


 あまりにも意味深な言い方に、思わず自分を信じれなくなる一歩手前まで考えを巡らせてしまう。

 しかし、


「何言ってるのよ。エレナが壊した壁のことよ。あれどうするのよ」


「そ、そうか。そうだよな。ほっ……ど、どうやら何も間違いは起きてないのか。流石俺。ビビりで本当に良かった」


「それ、自分で言って悲しくならないの?」


 いや、冗談抜きで本当に良かったと思ってる。

 元ニートである俺は、『責任』という言葉が物凄く嫌いなのだ。


 社会人になれば必ずと言っていいほど何事にも責任が付きまとうもの。仕事、車、家、結婚。なんにだってだ。


 特に、結婚とか絶対に無理。他人の人生の責任を取るなんて考えられない。


 そんなこんなで、重要な責任からはいつも逃げてきて、今こうなっているわけだが。


「とりあえずこいつを起こすぞ。昨日のことをどこまで覚えてるか確かめないと」


「私はシャワー浴びて来るわ。絶対に覗かないでよ?」


「覗かねーよ! 俺を何だと思ってるんだ!」


 そう言ってジト目で俺を見ながら、おそらく洗面所があるであろう部屋に入っていくナノ。


 性欲が無いわけではないが、俺はそんなの少しも興味ないしそんな度胸もない。


 ただでさえ昨日のギルドでのひと悶着で、危うく社会的制裁を受けるところだったのに、もし覗きなんてしたら言い逃れできなくなってしまう。


「この寝顔……昨日のことなんてすっかり忘れてそうだな。そう思うと無性に腹立ってくるな」


 服がはだけ、肩が露出しているため、体を揺らして起こすのはまずい。


 とりあえずベッドから出て、エレナの寝ている方まで回り込み、腹いせにデコピンをかました。


「おい、起きろエレナ!」


「――ッ!! いったー……何するんですかヘージ殿!」


 デコピンの威力には多少自信があるため、遠慮なく痛い一発をお見舞いした。


 ちなみに、おでこの中央部に中指が垂直に直角に当たるようにし、中指が当たる瞬間に中指が完全に伸びきらせるのがコツだ。


 今回は寝ている相手に打ったので、完全にクリティカルヒットしている。


「むしゃくしゃしてつい。反省はお前がしろ」


「自分が反省するのですか?!」


 当たり前だろ。昨日あんなことしておいて、反省しない方がおかしい。


「あれ? ナノ殿は?」


「あいつならシャワーを浴びてるから、しばらくは出てこないな」


「覗きにいかないのですか」


「お前も俺を何だと思ってるの?」


 まさかそこまでクズに見られていたとは。

 こりゃ、今後の言動も改めないといけないかもな。


「まあ今はそんなことよりもだ。お前、昨日のことどこまで覚えてる?」


「昨日ですか……。そういえば、お酒を飲んだ瞬間から記憶がありません」


「はぁ……やっぱりか」


 俺の予想通りだな。

 アルコールを摂取した瞬間悪酔いし、あまつさえ記憶すら残らない。


 かなり都合の良い頭の出来をしている。


「――お前は今後酒の摂取は一切禁止だ。例外は認めない」


「は、はぁ……ヘージ殿。昨日何かあったのですか?」


 記憶が一切残っていない彼女からしてみれば、いきなりこんなことを言われても要領を得ないだろう。


 ここは事実を話しておくべきか。


「昨晩、お前が酒を飲んだら、酔った挙句ギルドの壁を破壊した」


「な、なにを言っているのですかヘージ殿。自分がそんなことするはずないじゃないですか!」


 まあ、この反応は当然予想済みだ。


 普段から礼儀を重んじていると言っていた彼女が、自分でギルドの壁を壊したという事実を知ったところで、信じてはもらえないだろう。


 こりゃ、実際に見せた方が早いか。


 * * *


「本っっっ当に申し訳ございませんでした!!」


 なんて姿勢の良い綺麗な土下座だろうか。


 今回のギルドの壁を破壊した張本人は、皆が見ている中、ギルドの受付前で首を垂れて這いつくばっていた。


 俺の言っていたことを真っ向から否定していたエレナも、現場を見せられてはぐうの音も出ない。


 前世で土下座し慣れていた俺から見ても、非の打ち所がないくらい真っ直ぐな誠意を感じることができる満点の土下座だ。


「頭を上げてください! 困ります!」


「いえ、これは自分の未熟さが招いたことなのです! どうか自分を罵ってください!」


「ですから困ります!」


 受付嬢の人が、必死にエレナの頭を上げようとするが、その頭は一向に上がる気配がない。


 むしろ地面に若干めり込んでる気がする。


 エレナが壊した壁は、今は木の板で塞がれており、とりあえず人が出入りができるような隙間は無くなっていた


「ねえ、あの子って昨日の子よね」


「ああ、特殊職業エクストラジョブのクズにお酒を飲まされた……」


「聞いた? あの後、三人で宿屋に入っていったのを見たって」


「うわぁ、酔わせた挙句そこまで……マジでクズだな」


 ねえなんで俺の評判がこんなにも下がってるの?


 謝っているのはエレナのはずなのに、俺も謝らなきゃいけない空気になってない? 壁壊したの俺じゃないんだけど。


 どうやらこのギルドにおける俺の評価は、一夜にして地の底まで落ちていったようだ。


「エレナ。頭を上げてくれ」


「ですがヘージ殿! 自分は!」


「頼む。このままじゃ俺の心が持たない……」


「ヘージ殿。自分のことをそこまで……」


 違うそうじゃない。


 このままエレナが謝り続けると、なぜか俺の評価が下がっていく仕組みになっているらしく、まだ陰でこそこそ言われているだけだが、この状態が続くと直接罵声を浴びせられそうだ。


 そうなっては俺はもう生きてはいけない。


 周りの評価を気にしている訳じゃないが、俺のハートはプレパラートのカバーガラスより脆いんだ。


 赤の他人に悪口を言われたら引きこもってニートになってしまうだろう。


「エレナはもう十分謝ったわよ。ほら、顔を上げて?」


「ナノ殿。うぅ……面目ないです」


 ナノはエレナを慰めながら、ゆっくり彼女を立たせ、いつもの窓際の席へ移動していった。


 今回の壁のこともそうだが、昨日彼女にはかなり働いてもらったし、今日は心のケアもかねて十分に休んでもらうか。


 山暮らしだった彼女に、この町を観光してもらうのも悪くないだろう。


 それに、昨日のドラゴン退治で報酬金もたんまりもらってることだしな。


「ヘイジ・ウィルベスター様ですか? お渡ししたいものがあります」


 今日のプランを頭の中で練りながら、二人の後をついていこうとした時だった。


 不意に受付の人が喋りかけてきた。


「え? あ、おお、俺にですか?」


「はい、こちらをお受け取り下さい」


 いきなりのことでつい挙動不審になってしまうが、相手の方は特に気にするわけでもなく、俺に白い封筒を渡してきた。


「――こ、これは?」


「今回、あなた方が破壊したギルドの壁の修繕費に関しての請求書です」


 え? なんで俺に渡すの? 普通エレナに渡さない?

 まあ、あれだけ誠心誠意謝られては、渡しにくいのも頷けるが。


 それに、酔ってたとはいえ様々な人が利用する、言わば共用施設であるギルドの壁に穴を開けたのだ。


 お咎めなしで済まされるとは俺も思っていなかった。


「わ、わかりました。いつまでにお金を用意すればいいですか?」


「来月までに一括で受付にお渡しいただければ大丈夫です」


 来月か……まあ、頑張ればなんとかならないわけじゃないだろう。


 壁の修繕費の相場なんてわからないが、そこまで大した額じゃないだろう。


 強力な戦力もパーティに加わったことだし、返済もすぐに済みそうだ。


 そう思いながら、渡された封筒を開け、中に入っていた折りたたまれた紙を開ける。


「というわけで、修繕費の百万ルピカ、来月までにお願いしますね」


「……は?」


 キッチリとした文面で書かれた請求書には、一の隣に零が六個、無慈悲に並んでいた。

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