20. 理不尽極まりないバカ

 あれからまた三十分は経っただろうか。

 なんとか気を紛らわせようと話をしていたが、そろそろ話のネタすら尽きてきた。


「今日、いい天気だな」


「それさっき聞いたわ」


「早く帰りてぇなぁ」


「それもさっき聞いわ」


「――今日、いい天気だな」


「エレナ! 早くして! ヘージの頭がもう持たないわ!!」


「どうしたのですかヘージ殿?! こんなにも震えて……まさか、遠くから目に見えない遠距離攻撃を? ……くそう! どこにいる?! 一体誰が!!」


 お前だよ!! お前が全ての元凶なんだよ!!


 目に見えない遠距離攻撃を食くらっているわけでもなく、遠くに誰かがいるわけでも無い。ただ誤魔化しきれなくなった寒さに震えているだけだ。


 それをどう勘違いしたら見えもしない相手に責任転嫁できるんだ? 

 なまじおふざけでやってないあたり、こいつ相当に頭がイカれてるな。


「なあ……まだつかないのか? 俺もう限界だぞ……ヘックシュン!!」


「クエストの場所ですか? それなら、もうすぐそこです」


 ようやくエレナの実力を見ることができるのか。

 無限に続くと思われた寒空闊歩にようやく折り返し地点を見出すことができる。


 ここにくる道中は俺たちが試されているのかと錯覚してしまうような寒さだったが、ここからは俺たちがエレナを試す番だ。


「それで、結局クエストの討伐対象ってなんなの? ここ街の領地ギリギリの場所じゃない。強力な魔物もそこそこいるわよ?」


「問題ありません。自分にとっては取るに足らない魔物ばかりですから」


「俺たちからしてみれば、面白いくらいに勝てない魔物ばかりだけどな」


「別に無理しなくていいのよ? 私たちとしては、そこらへんの魔物を倒すだけでいいの」


「いえ、それではダメなんです。そこらへんの魔物をいくら倒しても自分の強さを証明するのには少しインパクトが足りませんから」


「俺たちはインパクトなんか求めてないんだが……」


 ある程度の強さが見れればこっちとしては満足だ。

 そこにインパクトなんて求めてないんだが……こいつ勝手に自分でハードルを上げてるな。


 自分にストイックなのか、ただのバカなのか。

 どちらにしても、俺に危害が及ばないのならなんでもいいが。


「最初にも言いましたが、自分、まどろっこしいのは嫌いなんです。だからわかりやすく強さを証明できる方法を思いつきました」


 ――なぜだろう、ものすごく嫌な予感がする。


 ナノとクエストに行った時ですら感じなかった、巨大な不安が俺の体の上から覆い被さるように降りてきていた。


 本当に巨大な何かが近づいてくるような……そんなプレッシャーとも取れる気配が、今まさに上空にある。


「漢方や薬の元になる植物がよく取れるザウス高原に、昔から巨大な魔物が住み着いているから、その魔物を討伐して欲しい。これが今回のクエストの内容でした。そして、今この場は、この魔物の縄張りなんです」


「――魔物っていうか……これ」


 上を向くのが恐怖でしかない。誰だって見たくない現実からは目を背けたくなるもの。


 だが悲しいかな。俺たちを敵だと見定めているソレは、俺が上を見なくても済むように、わざわざ地上に降りてきてくれたようだ。


 ありがた迷惑もいいところである。


「他の魔物より圧倒的に強いこいつを倒せば、自分がこいつより強いことが証明できる。いたってシンプルでまどろっこしくない。困っている人も助かって一石二鳥!」


「――――」


 彼女の馬鹿さ加減と、目の前の存在に圧倒され、次の言葉が浮かばない。


 ソレが地上に降り立つとともに衝撃波と言ってもいい風が、俺の髪を一瞬だけオールバックにしてくれる。ナノも、帽子を吹き飛ばされないように押さえていた。


「どうですか?! 中々に素晴らしいアイデアだと思いませんか!! ヘージ殿!」


 屈託のない満面の笑みを浮かべて振り返るエレナ。


 その顔からは『悪気』なんて負の感情は一感じ取れず、むしろ純粋に人助けができることと、自分の力を試せる一挙両得のアイデアを素晴らしいものだと自負していた。


 そんな、自身の賢さをアピールしてくる彼女に向けて、たった一言だけを言わせてもらうのなら。


「――このバカがああぁぁああああ!!」


 この一言に尽きていた。というか、今の俺にこの言葉以外を絞り出すことなんて到底無理だ。


 だってあれドラゴンじゃん。どっからどう見てもファンタジー臭プンプンのドラゴンじゃん。


「ねえヘージ……コイツってホワイトドラゴンよね! ドラゴン系統の種族の中で、最強の一角を担ってるホワイトドラゴンさんよね!!」


 どうやらこのドラゴン。相当強いらしい。


 銀色の鱗をもち、四本の手足と背中に巨大な翼を携えたその体躯は、見た目だけであればこの白銀の世界とベストマッチしてると言えよう。


 ただ、いくら上級職が二人いるとはいえ、この状況。冒険者一人と役立たずのウィザードがいるこのパーティの実力とは明らかにミスマッチしている。


「ご安心を! お二人のことは自分がしっかりと守ってみせますので」


 なんとも頼もしい言葉だろうか。


 だが、奥に控えているホワイトドラゴンの影響で全く信頼できない言葉になっていた。


 それでもドラゴンを背に、俺とナノの方を向ける無神経さだけは称賛に値する。


「なんちゅうクエスト取ってきてるんだ!! 速攻逃げてすぐにクエスト戻してこい!!」


「なぜです! 私の実力を知るなら、これくらいの相手じゃないと! さあ、よく見えるようもっと近くに!」


「俺に死ねって言ってるの?!」


 ダメだ、話にならない。まさかここまで話の通じない脳筋女だったとは……。


 こうなったら、ナノを連れて二人で逃げるしか。


「――大丈夫です! こんなの、私一人で十分で」


 エレナの次に出てくるであろう言葉が、一瞬にして聞こえなくなった。

 それは彼女の油断故か、それとも目の前の存在が強すぎるが故か。


 今しがた目の前で自信満々にこちらを向いて胸を張っていたエレナ・シーベルクは、ドラゴンが回転することで鞭のようにしならせた尻尾攻撃によって弾き飛ばされ、一瞬にして姿を消した。


 飛ばされたであろう方角を見ても、すでに彼女の姿はない。

 そして視線を戻せば、白い息を吐きながら唸ってこちらを見ているホワイトドラゴン。


 一瞬のこと過ぎて何が起こったのか理解できなかった。だが、それでも今取るべき行動だけはすぐに頭に浮かんできた。


「に、逃げるぞおおぉぉおおお!!」


「ひいぃぃぃいいい!!」


 速攻で振り返り、情けない雄たけびを上げながら来た道を駆け抜けていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る