19. 宗教について

 一体どれだけ歩いたのだろうか。

 普段の運動不足も相まって、足を動かすのが相当に苦だ。雪道という非常に歩きにくい道を闊歩しているのならなおさらだろう。


「なあ、まだなのか? もしかして迷子になったんじゃ」


「大丈夫です! 自分、山での修行で、方向感覚も鍛えてあるので!」


「エレナはなんでそんなに元気なのよ……私とヘージはもうヘトヘトよ」


「山での修行で、体力も鍛えてあるので!」


 おかしい、なんでこの武闘家はこんなにも元気なのだろうか。


 単に俺が運動不足だと言えば、それで片づけられる話なのだが、それを差し引いてもエレナの体力には目を見張るものがある。


「ねえ、山での修行って一体何してたの?」


「――修行ですか?」


 少しでも気を紛らわせたいのか、修行していた頃の話を聞くナノ。


 正直俺も、どうやったらこんな体力バカが出来上がるのか気になっていたところだ。


「そうですね……特別なことは何もしてないと思いますが。強いて言うなら、師匠の教えの元、武術に励んでいましたね」


「そ、そうだよな。修行って大体そんなもん」


「あと、一日で魔物を百体ほど討伐したときもありました」


「住んでる世界間違えてないか?! さてはオメー異世界転生者だな!!」


 寒さを忘れてしまいそうになるほど頭のおかしい数字に、思わずエレナに指さしでツッコミを入れてしまった。


 俺たちがあれだけ苦労して魔物を倒していたのに、それを軽々と超える数を言われると、俺たちが滅茶苦茶弱く見えるじゃないか。


 まあ実際弱いんですけど。


「何言ってるのよ。異世界転生なんてある訳ないじゃない。妄想拗らせすぎでおかしくなったのかしら」


「そこにツッコむなよ! なんか悲しくなるだろ!」


 今、俺の存在を全否定する言葉が聞こえてきたんだが?


 そうか。この世界では異世界転生者の存在が確認されていないのか。


 まあ確かに、自分が『異世界転生者だ』なんて言っても証明の仕様がないし、頭のおかしい奴というレッテルを貼られるだけだろう。


 転生者は転生者同士でしか、お互いの素性を知ることができないようだ。


「なんでヘージが悲しがるのよ」


「――いや、あれだよ。夢ってもんがあるだろ」


「ふーん。でも、もし本当にそんな奴がいたら、この世界の宗教観が根底から覆るわね」


「……宗教?」


 人間が文明をもって生活している以上、神やら宗教やらの概念は必然的に生まれるだろう。


 神を信じないとは言わない。っていうか既に顔見知りなんだが。

 ただ、この世界の宗教がどのようなものかは知らないが、少なくともあの神が唯一神なら絶対に入信はしないだろう。


「世界三大宗教よ。そんなことも知らなの?」


「悪いな、引きこもり生活が長かったもんで」


 宗教自体は、学校の授業でやった記憶があるにはある。


 ただ、四年間の無意味なニート生活の中で、ほぼ頭からすっぽ抜けていた。

 あの時の俺の頭にあったのは、漫画やゲームの名言くらいなものだ。


「あ、私も知らないです。気になるので教えてもらえませんか?」


「え? エレナも知らないの?」


 エレナも知らないのは意外だ。

 まあ、山籠もり生活が長かったのなら、世間知らずなところもあるのだろう。


「ふっふーん。それじゃあ、このナノ先生が教えてあげるわね!」


 そんな俺たちを見てか、ナノは途端に腕を組んで自慢げに声を上げる。


 いや、俺は教えて欲しいなんて頼んでないから。まあ、聞いて損はないだろうし、勝手に耳に入ってくるBGM程度に聞いておくか。


「この世界には世界三大宗教って言って、三つの大きな宗教があるの。それぞれ違いはあるけど、全てに共通するのは『死んだ生き物の魂は、浄化されてこの世界に繰り返し生まれ変わる』っていう考えがあるのよ」


 なるほど、基本的な死生観は輪廻転生をベースにしてるのか。そりゃ、俺みたいな他世界の存在よそ者がいたら都合が悪いわな。


 多分、転生者が、『自分は転生者だ』と声を上げようとすると、言ったとたんに闇に葬り去られる恐れがある。


 となると、他の転生者に宗教関係者がいる可能性は低いな。わざわざ自分から危険地帯に入る必要もないだろうし。


「まず一つ目は女神ベアーを御神体とするベアー教。この宗教が世界で一番幅を利かせてて、アルバスにある教会を本拠地としてるの。有名どころってだけあって教義も緩くて、基本は女神ベアーを信じていれば救われるっていう考え方よ」


 確か日本にも、『南無阿弥陀仏』って唱えれば仏が救ってくれるって言う宗派があったな。

 あれと似たようなもんか。


「二つ目は神ゼクスを御神体とするゼクス教。ベアー教の次に幅を利かせてて、この二つが宗教における二大巨頭と言っても過言じゃないわ。ベアー教よりは教義が少し厳しいけど、私生活と両立できる範囲だから、『入信して人生が充実した』なんて声も多いわね」


 世界三大宗教って言っときながら二大巨頭って……まあそれだけ、この二つの宗教に属している人の割合が多いのだろう。


「三つ目は女神アラールを御神体とするアラール教。一番マイナーな宗教で、教義が相当厳しくて、信仰してる人はかなり少ないらしいわ。私生活を相当縛られるらしいから、私は、入りたいとは思わないわね」


「ちなみにナノ殿は、どれかに入信されているのですか?」


「私は、ベアー教に入信してるわ。信じるだけで救われるのなら、入信して損は無いしね。ベアー様様よ」


 ナノが宗教に入信しているのは意外だな。まあ、彼女の不運を鑑みれば、神にすがりたくなるのも頷けるが。


 ――そういえば、あの神の名前聞いてなかったな。


 この世界の神なら、もしかしたらこの三体の神の内、どれかがあいつなのか? でも他に神がいる可能性もあるか。


「――なあ、他に神様はいないのか?」


「なによ、興味なさそうにして気になったの? 教えて欲しいなら、『教えて下さい』ってい言ってみなさいよ~」


 距離の詰め方がうぜぇ……こいつ自分が教える立場になってニヤニヤしてるし。


 学生時代に、可愛い女子がイケメンの男子に対して同じようなことをしているのを見たことがあるが、その時はリア充爆発しろとしか思わなかった。


 しかし、実際に言われてみると、ちょっとイラっとしてしまう。


「お、教えて下さい……」


「しょうがないわね~。ナノ先生が教えてあげるわ!」


 ナノはちょっと調子に乗るとこがあるな。


 ゴブリン討伐の時も、自分の不運を理解してたくせに、奇跡の一発が当たったからって調子に乗って痛い目を見てたし。


 転んで顔面から雪にダイブしねぇかなぁ、コイツ。


「世界で語り継がれる神様は、基本的にはこの三体らしいわ。三体とも、それぞれの宗教で全知全能の神として崇められてて、ありとあらゆるものは神様が作ったって言われてるの」


「じゃあ、この世界で神様って言ったら、この三体な訳か」


「そうよ、本当に知らなかったのね。この世界の常識よ?」


 となると、それぞれの役割を持った神とか、日本の八百万の神みたいに、複数体の神様がいるわけじゃないってことか。


 じゃあ、俺の知り合いの神はこの中の三体の可能性が出てきたな。いや、女神が二体いるから実質、ベアーかアラールのどっちかがあいつってことか。


 ゼクスは男の神っぽいし、あいつ自分で自分のこと女の子って言ってたしな。


「元引きこもりに常識を問う方が間違ってる。だから俺は何も恥ずべきことなどない!」


「あんたのそのセリフが一番恥ずかしいわよ」


「お二人とも、仲がいいんですね」


「どこがだ!」


「どこがよ!」


 仲がいい? ふざけるのも大概にして欲しいな。

 俺は異性に対して、特別な感情を抱くことに抵抗がある。


 前世で好きだった女子に告白したら『キモッ』の一言で終わり、それ以降、恋愛恐怖体験をしたくないのだ。

 もちろんナノも例外ではなく、出会いこそ運命的ではあったが、仲間意識以上の感情は無いと言っていい。


 ナノはもはや呆れている様子だが、プロニートの俺は呆れられてるのには慣れている。


 よって俺はノーダメージだ。


「ヘージ殿? なんで泣いているのですか?」


「すまん。前世を思い出したらちょっとな」


 別に悲しくなんか無い。今にして思えば、あれはいい教訓だったと胸を張れる。


 それでも、俺のガラスのハートを傷つけるには、十分な威力の地雷過去だと言えよう。

 だが、今は前を向いて歩かなければ。



 ――早く帰りてぇなぁ。

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