18. ザウス高原

 エレナが受理したクエストをクリアするため、一同はアルバス領ザウス高原へ来ていた。


 ザウス高原は、首都アルバスから北の方にある場所で、街の領地の中では最も危険な、魔物の出没地域として有名だ。


 さらに言えば、標高も高く、夏でも雪が残っている。


 今は前世で言う初夏の季節。もちろん雪が溶けているわけもなく、一同はザクザクと雪を踏みしめながら歩いていた。


「ヘックション!……なあ、クソ寒いんだけど」


「ックシュン……我慢しなさい。私だって寒いのよ」


「ん? そうですか? 自分は平気ですが」


 俺とナノの二人は、ろくに厚着もせず、身をガタガタと震わせながら歩いていた。


 なんで一番薄着のエレナが平気なのかイマイチわからないんだが。

 あれか? 寒すぎて感覚が死んでいるのか?


「てっきり俺は、ゴブリン討伐あたりの楽なクエストを取ってくると思ってたんだが」


「いえ、自分の実力を示すのなら、これくらいの場所じゃないと!」


「こっちの気持ちを考えろって言ってんの! 金がなくて厚着すらできないのに、これじゃ凍死するだろ!」


 確かにクエストの難易度は設定していない。


 だがそれはあくまでも『楽なクエストでも問題ない』ということを言いたかったわけで、決してこんなストイックで頭のトチ狂ったドM仕様のクエストを取って来いという意味合いではなかったのだ。


「って言うか、なんでヘージまで震えてるのよ。特殊職業エクストラジョブはどうしたの?」


 俺の特殊職業エクストラジョブはあらゆるものの侵入を防ぐ力を持っている。


 もちろんこの寒さだって防ごうと思えば防げるはずなのだが。


「多分まだそこまで万能じゃないんだ。俺が能力を知覚できてないから、冷たい空気が冷たい空気のまま中に入ってきてるんだと思う」


 おそらくだが、今のオート状態で侵入を防げるのは、相手の意志によっての攻撃ないし、俺に害ある行動をされた時だけなのだろう。


 意志のない行動。特に、こういう自然が相手だと、俺の方から何を通して、何の侵入を防ぐかを分別しないといけないみたいだ。


「ふーん。案外不便なのね」


「不便で悪かったな……」


「それで、エレナは何のクエストを受けてきたの?」


「それは着いてからのお楽しみです。自分の強さにきっと感激しますよ!」


「ああそうだな。お前の鈍感さと自然の偉大さに感激してるよ」


 今まさに自然の驚異に感激している最中なんだが。

『そこに山があるから』と言った登山家も、最低限の準備は必ずするはずだ。


 それに比べて、何の準備もしていないで来てしまった俺たちは、今まさに自然の力によってねじ伏せられようとしている。一人を除いて。


「なあシーベルク。なんでそんな平気でいられるんだ?」


「自分のことは、名前で呼んで下さい。そう呼ばれるとくすぐったいんです」


 お前もか。お前も名字で呼ばれるのが嫌なのか。みんな自分の家系に誇りを持ってもいいはずなのに、なんで名前で呼ばれたがるのかね。


 まあ、その家系に泥を塗った俺が言えることじゃないけど……。


「はぁ……エレナ。なんで寒くないんだ?」


「さっきも言いましたが、自分は師匠と山で修行をしていました。だから、気候の変化には慣れっこなんです」


「ヘージとは大違いね」


「みじめになるから言わないでくれ……」


『山の天気は変わりやすい』と言うやつか。確かに、山に住んでいたら嫌でも慣れそうだ。


 どうやら彼女は相当な期間、山で師匠とやらと修行をしてきたらしい。

 温室育ちの俺とは、真逆の生活を送ってきたと言っていい。


「ヘージ殿は、どうして魔王を討伐しようと?」


 こいつも『イ』を発音してくれないのか。


 俺は『ヘージ』じゃなくて『ヘイジ』なんだが。しかし、ナノに言うことを許してしまっているため、ここで訂正を加えるのは不自然か。


 にしても、どうして魔王退治を……か。確かに気になるわな。

 とは言っても、ナノにも話した通り、特に面白味のない話にはなるが。


「――まあ、お願いをされたから、としか言えないな」


「お願い?」


「ヘージはね、ある人に何でも願いを叶える代わりに、魔王退治をしてほしいって言われたそうよ」


「それだけなのですか?! もっとこう……因縁のようなものとかは」


「無いな。でも、今まで具体的な目標がなかった俺にとって、それが唯一の目標なんだ。だから魔王退治をする。それだけだ」


 目的もなく自堕落な生活を送ってきた俺にとって、神が示した魔王退治という目標は、いわば学校の先生から出された宿題のようなものだ。


 誰かに指示される年齢はとっくに超えているはずなのに……いや、超えているからこそ、誰かに指示されるというのがとても楽に感じる。


「――それでは。もし魔王退治が完了したら、何を願うつもりなのですか?」


 ――少しの間、思考が停止した。


 この質問の返され方は、俺にとって予想外なものだったのだろう。


 シンプルが故に、あまりにも遠く漠然とした目標。遠すぎるからか、その先のことまでは考えてなかった。

 それでも、なんとか苦し紛れに出した答えが、


「――家族との復縁」


 この一つだった。

 実際、復縁のチャンスを逃した今でも諦めはついていない。


 誰も不幸にならないで願いが叶えられるのなら、俺はきっとこの願いを叶えるだろう。


「復縁……ですか」


 事情を知らないエレナからしてみれば、何を言っているのかさっぱりだろう。


 まあ、俺としても別に深く言わなくてもいいことなので、ここは軽く説明しようとした時だった。


「こいつニートだったのよ。無職の金食い虫だから、親に愛想つかされて追い出されたらしいわ」


「オブラートって知ってるか? 便利だからぜひとも使ってくれ」


 何も間違っていないため、否定ができないのが辛すぎる。


 事実は時として残酷とはよく言うが、俺の場合は常時残酷な過去事実が付きまとっているみたいだ。


「まあ、細かいことは置いといてだ。とにかく俺たちは、魔王退治っていう目標を達成しなきゃいけない。そのためには、近接戦闘に強いお前の力が必要不可欠だ。だからさっさと終わらせてギルドに帰らせてくれ」


「はい! お二人のため、誠心誠意頑張ります!」


 励ましのつもりで言ったんじゃないんだがな……。


 彼女はどうやら、かなりのポジティブ思考をお持ちの様で、何でもいい方向へ捉えてしまうようだ。


「はぁ……帰りたい」


 白銀の世界でため息をついても、その白い息は冷たい風によってすぐに消えてしまう。

 これで雪でも降ろうものなら、あっという間に凍死した男女の遺体が出来上がるだろう。


 そうならないことを今だけは神に祈りながら、頭だけは真っ白にならないように先へ進んでいく。

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