21. 迫り来る理不尽と逃げる俺たち

 今までの疲れはどこへやら。

 生命の危機を察知した体が、体力の限界を超えてまで自分を生かそうとしてくれているのが苦しいほどわかる。


 実際、疲れを通り越した体を無理矢理動かしているからマジで苦しい。


「ヘージ! エレナはどうするのよ!」


「はっ、知るか! 今は生きることを考えろ!! 立ち止まったらエレナ脳筋バカと同じところに逝くと思え!!」


「それって遠くに吹っ飛ぶってこと?!」


「ああ、真上に吹っ飛ぶだろうな!!」


 目で追えぬ速度で横に吹っ飛んでいった彼女は、おそらくその体が着地するよりも早く魂が真上天国に到着しているだろう。


 足の感覚が麻痺するレベルで体を酷使しているため、どのくらい走ったかは分からないが、さっきの場所から数百メートルは離れただろうか。


「はぁはぁ……でも、これだけ離れれば縄張りから出てるはず……ってギャアァアア!! 追いかけてきてるうぅうう!!」


 もう大丈夫だと思って振り返ると、普通にこっちを追いかけてきている。

 俺たちを敵だと見定めているドラゴンは、その巨体を揺らしながらこちらに突進して来ていた。


 ドラゴンの心は読めないが、それでも怒り狂っているのだけは理解できる。

 俺だって自分の部屋に勝手に入られたら、ブチギレるだろう。


「どうするのヘージ! このままじゃ追いつかれるわよ!」


「んなことわかってる!! けど今は逃げるしかないだろ!!」


 俺たちも死に物狂いで走っているが、それでも追いかけてくるドラゴンの方が少し速かった。

 このまま一直線に逃げれば、いずれ追いつかれてバットエンド。


 隠れようにもここは高原で、周り一面雪しかない。どう考えたって状況は絶望的だった。


「そうだ! おいナノ! こういう時こそお前の出番だろ!! その背中に背負ってる杖がお飾りじゃないってとこを見せてくれ!!」


「無理よ、きっと全部外れるわ!」


「相手をよく見ろ! あんなデカブツ、外すなっていう方が無理があるだろ」


「はっ! 確かに。あれだけ大きな体なら魔法も当てられるかも……」


 ドラゴンとの距離まだある程度開いているとはいえ、現実的な距離感よりも近く感じるのは、ドラゴンがそれだけ大きいからだろう。


 近づいてくる巨体目掛けて、攻撃を外す方が難しいはずだ。


 俺の言葉に納得がいったのか、ナノは走りながら背中に背負っている杖を手に持つと、後ろを振り向いて赤い魔法陣を複数個展開した。


「『ファイアボール』!!」


 魔法陣から飛び出した複数個の火球は、ホワイトドラゴン目掛けて飛んでいった。


 だが悲しいかな。彼女の不運は、今なお絶賛発動中のようで。


「ほぼ軌道が明後日の方向じゃねぇか! なんであんなデカブツに当てられないんだよ!」


「だからいっぱい出したんじゃない! あれだけ打てば一個か二個は当たるでしょ!」


「た、確かに。数打てば当たる可能性も……」


 ナノの言う通り、いくつか狙いを大きく外れて明後日の方角へ飛んでいったが、二、三個はなんとか外れない軌道に乗っていた。


「よし! これならなんとか当たるわ! 新調した杖で撃った魔法の威力を思い知りなさい!!」


 運良くまっすぐ撃てたファイアボールは、寒空の中、轟々と燃え盛りながらホワイトドラゴン目掛けて飛んでいく。


 ――しかし


「ブオオォォオオオオ!!」


 ホワイトドラゴンが口から白い吹雪のようなブレスを吐くと、勢いよく燃えていた火の球が一瞬にしてかき消えた。


「全然ダメじゃねぇか!! もっと威力のある魔法を撃てよ!」


「上位の魔法は撃つのに集中力と時間がいるの! 立ち止まったらそれこそ一巻の終わりでしょ!」


 再び走ることに全力を注いでいく。


 ナノの撃った魔法はほとんど意味が無く、むしろ撃った時に速度を落としたためドラゴンとの距離がさらに縮まってしまった。


「って言うかヘージ。あんたが盾になりなさいよ! 今こそその特殊職業エクストラジョブの出番でしょ!」


「お前も俺に死ねって言ってんの?!」


「囮になれって言ってんの!!」


「テメェとうとう本性を現しやがったな!!」


 人間は極限状態にあってこそ、その人間の本質が見えるというが、やはり人ってもんはどこまでも汚いようだ。


 まあ俺がナノの立場なら絶対に同じことをするだろうが。

 だが、醜いやり取りをしている最中でも、お構いなしに後ろのドラゴンは距離を詰めてくる。


 コイツの言うとおりにするのは癪だが、不可侵の絶対防御を能力としてもってる俺なら、囮になっても死なないのは確かだ。


 このまま逃げてもいずれ追い付かれる。

 だったら、俺がここでこのドラゴンを足止めする方が、絶対にいいはずだ。


「クソッ! ああわかったよやればいいんだろ!!」


 そう思い、がむしゃらに動かしていた足を止め、啖呵を切るように振り返ると、追いかけてくるドラゴンを正面に捉えた。


「ヘージ! 本当にやるの?!」


 まさか本当に囮になるとは思っていなかったのだろう。


 急に立ち止まって振り返ったヘージに驚き、ナノも反射的に立ち止まったヘージの方を向いた。


「お前がやれって言ったんだろ?! それに、どんな相手でも俺なら負けねぇ。勝つことはできなくても、お前を生かすことならできるだろ!!」


「それは……そうだけど」


「だったら逃げろ! 俺も後から追いかける」


 ここでナノが逃げるのは簡単だろう。


 ドラゴンがヘージ一人を相手にしている間に、ヘージに背を向けて走れば、自分は生き残れるし、ヘージも負けることはないはずだ。


 ――だが、それでも、


「――あんた一人でカッコつけないでよ!」


 自分の不運に正面から立ち向かってきたナノに、今更仲間を置いて逃げるなんて選択肢はできなかった。


 目の前の存在がどれだけ理不尽なものであっても、ナノが生涯に体験してきた不運理不尽に比べれば、些細な事である。


「私たちはパーティよ。どんな時でも一緒に戦うのがパーティでしょ?」


「さっき囮になれって言ったのはどこの誰なんですかねぇ?!」


 だいぶ調子いいこと言ってる気がするが、この際さっきの発言は水に流すとしよう。


 きっとナノも俺も、この逆境に酔っているのだ。


 ドラマチックな場面にはドラマチックなセリフが似合うように、ここで俺を置いて逃げるという選択肢は場違いだと思ったのだろう。


「とにかく、ここはなんとしても勝つわよ!」


「ああ、わかったよ!!」


 どうやって勝つかは知らない。けれども、仲間を見捨てて逃げる選択肢は、もう二人にはなかった。


 覚悟を決め、目の前のドラゴン理不尽を相手にどう戦うか思考を巡らせようとした時だった。


「――お二人とも伏せてください!!」

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