三か月後 後編

 中ではカカとウナがソワソワと掃除をしながら待っていた。

「あ、シタさん! 遅かったじゃないですか」

 カカはいつもより弾んだ大きな声で言う。

「すまないな。それで、何か良い話があるらしいな?」

 シタが聞くと二人は目を見合わせ、ウナがモジモジと口を開く。


「あ、あのね。シタさんに塔の離れを使ってもらおうと思って」

「それは助かるが、いいのか? ウナが使っていただろう」

「そう。それね、それなんだけど、あの……母屋って広いじゃない?」

 ウナはそう答えると、じっとカカに視線を送る。


「なんだ? どうしたんだ。ハッキリ言わんと分からんぞ」

 シタが二ッと笑ってそう言うと、カカは顔を真っ赤にしながら「僕たち、結婚します」と叫んだ。


「そうだったのか。やっと決めたか! おめでとう」

「あ、ありがとう、ございます」

 そしてポ助に急かされ、二人はケーキを出して来た。


「これは私が祝いを持って来なければいけなかったんじゃないか」

「い、いいんですよ! これは引っ越しの前祝ですから!」

 カカが慌てて言うと、ウナが「これ以上はもらえません」と頷く。


「まだ何もやった覚えはないんだがな」

「シタさんが塔の主になってくれたから、私もカカもとても感謝してるんです。凄く助けてもらいましたから」

「そうか。それなら遠慮なく頂こう」


 トイの眠るこの書塔で、自分はこれから何百年の時を生きるのだろうか?

 シタは甘いクリームを口に運びながらそんな事を考える。


 カカとウナの子供を看取り、その孫を看取り、いずれ自分たちとの関係も分からないくらい遠い二人の子孫たちと、また今日と同じようにケーキを食べるのだろうか。


「どうした、シタ?」

 クリームをいっぱいに口につけたポ助が見上げる。


「ん? いや。私はここで、やはり探偵をしようと思う。書塔はこれからもカカが店主としてやっていくんだ」

「でもそれじゃあ、書塔はここを認識しにくいようにしているんですから、今まで以上にお客さん減りませんか? やっぱり事務所は別で借りた方が……」

 カカが心配げに腕を組んで考え込む。


「いいや、ここでいいんだ。知る人ぞ知るカカの書塔の探偵事務所。いいじゃないか」

 そうして四人が笑い合っているところに、チリンチリンと扉の開く音がする。


「いらっしゃいませ」

 入ってきたのは若い夫婦で、その旦那の手には子猫のアバターがあった。そしてその頭にデンと座っているのはボスだ。


「すみません。こちらにシタさんがいると聞いて来たのですが」

 旦那が言う。その横で幸せそうに奥さんは頭を下げた。


「お前、カイか?」

「はい。その節はお世話になりました。こうして無事に体にも戻れまして、刑の方も幹部以外の社員は執行猶予という事になりましたのでご報告に」

「それは良かった。ボスも心配していたものな」


 シタが言うと、頭の上のボスは返事をするように片羽を上げた。

 こんな生活が続くのなら、この世界の終焉まで見守るのも悪くないな、などとシタは微笑む。


 誰もが彼らのように何かから逃げ出したいけれど、他人が逃げるのを許せないでいる。

 だとしても、時には自分が逃げるのくらいは許してやろう。

 そして逃げずに立ち向かう事を恐れないで。


 そんな事は難しいけれど、全員が逃げ出したい気持ちを知っている事だけは忘れないようにいよう。

 いつか終わりを迎えるその日まで。

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カカの書塔 小林秀観 @k-hidemi

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