カカの書塔 三

 その日、シタはやけに晴れ晴れと開放的な顔をした看護婦さんたちに見送られ退院した。

 さて、まずはどうしたものかと思っていると、病院の玄関前でポ助が待っていた。


「よぉ。おかえり!」

「ただいま。遅くなってすまなかったな、ポ助」

 シタはフカフカの尻尾をブンブン振って出迎えてくれた相棒を撫でる。


「気にすんなよ。俺の方こそ見舞いに行けなくて悪かったな。俺は何回も行こうとしたんだぜ?」

「お前が見舞いに? 無理だろう」

「無理だった。タヌキお断りって言うんだぜ! ひでぇだろ⁉ だから俺はアバターだって言ってやったんだよ。そしたら本体でいらして下さいって! これが本体だっつーの!」

「だからダメだったんだろう」

「あ、そうか」


 ポ助の話し声が大きいものだから、通行人がクスクスと笑って見ている。

 ほんの少し居心地が悪くて、二人は探偵事務所に向かった。

 その道すがらポ助が入院中に大変な事になっていると言い出したのだ。


「大変な事とは、例の事件のことでか?」

「あぁ、そうだ。まず何から話すかなぁ。取りあえず、お前は英雄扱いでえらい人気者になってるぞ」

「私が?」

「光信社の社長の悪事を暴いたのも、社員を土砂崩れから助けたのもお前だって事で話が広まってんだよ」


 なるほど、書塔の大崩落は土砂崩れという事になっているのか、とシタは思う。

 探偵が有名になるというのは褒められた話ではないが、それでも依頼が増えるのならとシタは内心で喜んだ。


「塔の事はどのように広まっている?」

 シタは入院中からずっと気になっていた事を聞いてみた。


 刺激になるといけないからとテレビを見せてもらえず、病院で売っている新聞だけでは満足な情報が得られなかった。

 それに話し相手のご近所ベッドの方々は事件当時、すでに入院していて事情を知らない人ばかりだった。

 加えてカカやウナがパッタリと見舞いに来なくなり、情報は断たれたのだ。


「今日は言うなって言われてるんだよなぁ……」

 ポ助が呟いた。

 こんな風に漏らしてしまうところが、シタの頼れる相棒なのだ。


「まぁ、家に着いてからでもじっくりと聞き出すさ」

 シタがそう答えるとポ助はあからさまにホッとした顔をして「他の情報なら集めておいたぞ」と得意げに足に擦り寄ってくる。


「まずはカラスの話だな。群れにいた人間は無事に自分の体に戻ったらしいぞ。情報を渡して警察に保護してもらっていたが、もう普通通りの生活に戻ったそうだ」


「それは良かった。あのボスは面倒見がいいからな。これで安心できるだろう」

「それから、これは今朝の情報なんだけどよ。若所長の居場所が分かったぞ」

「無事だったのか⁉」


「あぁ。奇物サーカスをやっていた自分の存在は偉い奴らにとって都合が悪いから、普通に自首したんじゃ殺されるってんで、あの鉄の違法アバターで出版社に乗り込んだんだ」

「また思い切った事をしたものだな」

「だよな。まぁ、明日にでも雑誌に載るんじゃねぇか?」


 そんな話をしながら歩いていると、すぐに事務所に着いた。

 しかし郵便受けを見て、シタは家を間違えていないかと首を傾げてしまう。

 そのくらい、郵便受けは手紙で一杯なのだ。


「何だこれは」

「依頼書だろう。言ったじゃねぇか。シタはもう人気者なんだよ」

 ポ助のニタニタ声に「それにしてもこれは……」と呟くほど、手紙が溢れかえってポストがはち切れそうなのだ。

 それを持って部屋に上がったところで、ポ助が言う。


「社長は死んじまったぞ」

「あぁ。それは新聞で見たな」

 取り調べ中に飛び降り自殺をしたと聞いた時は、さすがに驚いた。


「その社長から、お前に伝言を預かってんだ」

「会ったのか?」

「死ぬ前日にな。自分の所業について、彗星石の事や結晶の作り方についてまでどうしても吐かされそうなので、地獄の釜まで持って行きます。だとよ」

「そうか」

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