カカの書塔 二

「お前はそれでいいのか?」

 シタは聞き、どう言葉を続けるべきか悩んで「カカはウナの事が好きなのだろう」と言う。

 カカは照れ臭そうに笑い、少し頷く。


「六つも年下だから言い出せなくて。でも、二十歳になったら告白するつもりなんです」

「塔の主になってしまえば、お前だけが死ねなくなる」

「彼女だけを残して死ぬよりずっといいですよ」

 そのカカの言葉は力強かった。


「本気なんだな? 後悔しないか?」

 するとカカは「後悔はするかもしれませんけど」と言うのだ。


「辛い事とか悲しい事があって、その時にウナさんや、もしかするとシタさんさえ生きていなかったら後悔はするかもしれませんけど、後悔のない選択肢なんて一つも無いと思うんですよ。だから僕は、ウナさんが笑って死ねる道を選びたいです」


「彼女が笑っていられると思うか?」

「ワッカ爺さんを見てもそうですけど、歳を取らない訳じゃないんですから。バレないように上手くやりますよ」

 シタが何を言ってもカカの答えは変わらなかった。なのでシタも秘かに決意を固める。


「でも契約書が見つからなくて」

 カカは、もう何度も夜中にこっそり最終巻に入っては探しているのだと言った。


「ウナの承認がないからじゃないか?」

「やっぱりそう思いますよね……。シタさん。退院したら手伝って下さいよ」

「あぁ、そうだな。一緒に探そう」

「ほ、本当ですか⁉ ありがとうございます!」


 シタの返答を聞くと、カカは嬉しそうにはしゃいで病室の片づけまでし始めた。

 それから二人はとっぷりと陽が暮れるまで、テレビも付けずに話し込んだ。


「それじゃあ、そろそろ帰ります」

「下まで送って行こう」

「やめて下さいよ。僕が怒られるじゃないですか」

「暇なんだ。可愛い看護婦さんにでも怒られてくれ」


 軽口を叩きながら、結局シタはお見舞い用の夜間出入口の前まで来てしまった。

「病院に最終巻を持って来てくれれば、明日にでも一緒に探せるんだがな」

「光水が抜けるまでは塔の本には入らせませんよ。帰れなくなっちゃったらどうするんですか」

「それは困るな」

「だったら早く退院して下さいよ」


 手を振って帰って行くカカを見送り、見つからないように部屋に戻ろうとしてシタは、カカが先に一人で契約書を見つけてしまわなければいいなと考えていた。

 そして、アバターでもあれば抜け出せるのにと思ってしまった。


「あぁ、しまった……」

 シタは呟く。

 医者に言われているのだ。抜け出たい、魂だけになりたいなどと考えないように、と。

 原因はハッキリとは分かっていないが、そういった思考が引き金になってしまう事が稀にあるらしい。


 シタは『それは光水にも微かに彗星石に似た意思のような物が芽生え始めているからではないか』と考えた。

 そうするともう、今すぐに調べたくて仕方がなくなる。抜け出したいほどに。


 そしてシタは廊下の真ん中で吐き気を覚え、蹲る。

 これはいつもの感覚だ。


「シタさん⁉ 大丈夫ですか⁉」

 そんな誰かの声を、糸の切れた凧のように軽くなった心で聞いた気がする。

 そしてカカはそれきり、病院には来なかった。

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