十月四日

カカの書塔 一

 数日で退院できるものと思っていたシタの入院は、意外に長引いていた。

 どうやらあの濃い光水を随分と飲んでしまっていたらしく、シタの魂は度々ふらりと浮遊するのだ。

 その為に光水が抜けきるまで入院を言い渡されてしまい、もう折れたあばらもたいして痛まないので暇を持て余して院内を徘徊する毎日。


「またそんなにお菓子を買い込んで……」

 売店から出たところで、丁度見舞いに来てくれたらしいカカにそう声を掛けられた。


「これはご近所ベッドの人たちとの座談会用の茶菓子にするのだ。たまに知らない子供もやって来るが、暇人には大切なコミュニケーション手段なのだぞ」

「急に倒れるから一人でうろつかないでと言われているじゃないですか……」


 まったく、と文句を言うカカは手に着替えやタオル、本なんかがたっぷりと入った袋を持っている。

「いつも悪いな」

「これくらいはいいんですよ」


 早く病室に戻りますよと笑ってエレベーターのボタンを押したカカの横顔が、何だか酷くやつれて見えた。

 気になってよく観察すると、目の下にはうっすらと隈があり目は充血しているし、顔もいつもより青白く見える。


「最近ウナを見ないが、元気にしているか?」

「え? あぁ、そうですね。元気ですよ」

 返答の歯切れの悪さが気になり「どうした?」と聞くと、カカは「いいえ」とだけ答えそれ以上は何も言わないようだったので、シタも諦めて別の話題を振る。


「新聞もニュースも光信社の話題で持ち切りだな」

「えぇ、本当に。過去の悪事が次々に出てきて世間は大騒ぎですよ。光水電池も販売中止になりましたしね」

「そうなのか? それは良かった気もするが」


 それでは困る人もいるのだろうし、きっと裏のルートというのができるのだろうな、などとシタが考えていると「失せ物探し屋も休業ですよ」とカカが言った。


「なぜだ? 失せ物探しのあの箱は光水電池など使っていないだろう?」

 あの箱には彗星石が使われている。あるいは塔の一部かも知れない、と前にワッカから聞いた事がある。


「あの場に駆け付けた警察や消防の人たちは、あの洞穴に塔の核が、彗星石があった事を忘れてしまっているんです。そこだけぽっかりと忘れちゃって、なのであの箱が彗星石だと言ってもバカにされてしまって」


「奇物だといえば没収されるしな。そうか、それで信じてもらえなくて営業停止になったのか」

「まぁ……そんな感じです」

 カカは俯きながら小さく答える。


 核を人々の記憶から隠したという事は、書塔は依然と同じかそれに近いくらいの力は持っているという事かもしれない。

 かなりの力を失うだろうと予想していたシタはその意外な事実について思考を巡らせる。

 そうなるとシタは周りが見えず、長いこと口を閉ざしてしまうのだ。


 そして気付かないうちに病室にまで帰って来てしまったのだが、不思議なことにカカが何も喋らない。

「カカ?」

 見ると、カカも何ごとか考え込んでいるようだった。

「僕、書塔の主になります」

 唐突にカカが言った。

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