不自由な僕らは 十


 次に目が覚めたのは病院だった。

 消毒液の臭いと脈を図っている規則的な電子音。

 あばらが痛んだが、ゴソゴソと左を向いてみるとそこには頭に包帯を巻いたカカが座っていた。

 シタの目が覚めた事に気付くとカカは聞いていたイヤフォンを慌てて外し、ナースコールボタンを押した。


「シタさん、大丈夫ですか?」

「あぁ。カカもケガはどうだ?」

「僕はたいした事はありませんよ」

「そうか。ウナとポ助は?」

「元気ですよ」


 それからやって来た医者の診察を受け、点滴を変えてナースが出て行くとまた二人きりになった。


「光信社の社長は、初代だと明かさないまま捕まりましたよ」

「そうか。真似をするアホが現れんとも限らんからな。それがいいだろう」

「はい。警察や消防の方たちが、黒い獣をみんな退治してくれました。今ニュースはどこも神話の黒い獣が現れたって、そればっかりですよ」


「それで一人一人が危険に気付けば、滅亡は免れるかもしれん。トイのためにも、この世が続いてほしいものだな」

 それから少しの沈黙が流れ、シタが告げる。

「トイは死んだよ」


「そうですか。やっと眠れたんですね」

 よかったですねと呟いてから、カカは「お墓を建てました」と言った。

「トイのか?」

「はい。あの骨、トイさんのですよね? そう思ったので、書塔の敷地内に埋めてちゃんとトイさんのお墓を建てたんです」

「それは、喜んでいるだろうな」

 そうとだけ答えたシタに、カカが聞く。


「塔は、あの遺物を新たな核にしたんですか?」

「ん? あぁ、そうだな。そうだ」

 言うべきか言わないべきか悩み、シタは曖昧な返事をする。するとカカがジトっとした視線を向け「教えて下さい」と言った。


「……。私が、あの遺物をやる代わりに塔を残せと言ったのだ」

「彗星石と契約をしたんですか?」

「そうだ」

「それじゃあ、シタさんはもう死ねないんですか?」

「そんな契約内容にはなっていないが、分からない。死ぬかもしれないし、死ねないかもしれない」

 シタがそう答えると、カカは黙って唇を噛む。


「それからな、トイからウナの事を聞いた」

「ウナ?」

 カカがスッと顔を上げる。

 こいつは本当に分かりやすいなぁと思い、シタは思わず微笑んでしまう。カカはもうずっとウナに片思いをしているのだ。


「塔の主で死ぬ事ができなかったワッカ爺さんに死を与えたのはウナだった。ウナは自分の記憶を代償にして、ワッカ爺さんの契約を解除したんだ」


 そうして、空になった主の座にウナが選ばれた。

「そうだったんですか……。それなら、もうずっと思い出さないでいて欲しいですね」


 それからカカは話を逸らすように「塔の崩落の事は人々の記憶の中で無かったことになっている」だとか「捕まった若社長の体には魂が入っていなくてもぬけの殻だった」などというニュースを教えてくれた。


 きっとこうして変わっていくのだろう。

 変わる時は今までとの違いや爆発のような変化が恐ろしくて逃げ出したくなるけれど、それでも変わる事は悪い事じゃない。

 変わらないと進んでいけないのだから。

 そんな事を考えながら、シタは目を閉じる。

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