奇物サーカス 七
二人はそのまま暗い通路づたいに別のテントに移動する。人の集まる所からは離れ、聞こえるのはスプリンクラードローンのプロペラ音だけ。
入ったテントは競りの舞台からさらに奥にあるテントで、灯りは一つも無い。
それなのにそこは明るかった。夜光虫によく似た青い灯りの水が、大きな水槽に満たされているのだ。
その中を魚が泳いでいる。目は虚ろで白く濁り、泥酔者のように覚束ない様子で辛うじて泳いでいる。
他には鉢植えがいくつか沈められているのと、様々な種類の貝がいる。
砂利だと思っていた物は宝石や原石で、青色の灯りを受けて歪に輝く。
「これは……奇物を作ろうとしているのか」
テントの中には薄汚れた本やら古着、壺に刀、古美術などの物が無造作に置かれている。
それにしても、とシタは思う。
この光水の放つ灯りは初めて見るほど濃い。自然にこんなに濃い光水が見つかったという話は聞いた事がないので、おそらくそのように作られたのだろう。
「ここは急いで出た方がいいな」
シタが言うと、ウナは無言で頷く。
おそらくこのテントは最重要機密だ。見つかれば自分たちが奇物にされるという事は容易に想像できる。
そこへコツコツ、ギシッギシッという足音が聞こえてきた。作り物の関節が軋む音、やって来るのはアバターだろうと思われた。
足音はたった一つしかない入り口から聞こえてきているので、二人は急いで水槽の裏に隠れる。
逃げ道はテントの壁である布の繋ぎ目。その結び目さえ解けば外に逃げられる。
二人が息を殺して結び目を解いていると、室内に懐中電灯を持った人が入ってきた。
人間の男に見える。スーツを着たそいつは棚の皮袋を手にして言った。
「あぁ、これだ。これだ」
そう呟き、男は室内をキョロキョロと見渡す。
人間に見えたそいつはシリコン製だった。安っぽい笑顔を張り付け、ギシギシと動く。
その時、ウナがシタの袖を引っぱった。
驚いて見ると、ウナの指さす鞄の中から光が漏れている。
シタは慌てて鞄を服の中に隠した。光っているのは彗星石の欠片と集霊器だろう。
「核はどこだっけな?」
シリコンの男は呟く。
二人が物音一つにさえ神経を尖らせていると、そのうち男は床に置かれた箱の中から、最近よくよく縁のある光水核を取り出した。
そしてドタバタとテントを出て行く。
男の足音がすっかり聞こえなくなってから、シタは盛大に息を吐いた。
「なぜこんな時に、急に光ったりするんだ?」
シタは未だに光る鞄の中の集霊器を取り出した。
これがこんな風に光を放つのは初めての事だ。
やはり彗星石の欠片を入れているからだろうか、とシタは思案する。
本がウナの記憶を見せたのも、光を放つのも通常では起こらない事だ。このような時代に何が通常なのかは難しい所だが、自分が生まれてからは一度も無い、とシタは記憶している。
その記憶さえ怪しいものか。
シタはそう思って顔を上げ、目の前のウナを見る。
するとその右側、シタとウナの真横の空間から急に機械じみた声がかかった。
「いい物を持っていますね。僕にくれませんか?」
そこに鉛色の顔がぼぅっと浮かぶ。
「きゃぁ!」
ウナが悲鳴をあげて走り出すと、その鉄性のアバターは重たい腕からパンッ! パンッ! と銃を撃った。
不味い、とシタは慌ててウナを引っぱって水槽を盾に隠れる。
アバターはニタニタと笑いながらこちらを見下ろしている。
足から血を流すウナは、間違いなく銃弾を受けたのだ。けれどすでにその傷は塞がってきている。
傷が塞がるのを見られただろうか?
そんな事を考えているうちに、もう傷痕さえ見当たらないウナの足からコロンと弾が転がり落ちる。
「怖がることはないよ。お前たちは僕のサーカスのお客さんなんだからね」
アバターが言う。
「お前が団長か」
「そうだよ。それさえ置いて行ってくれたら、二人の命なんて僕はいらないんだよ。命あってこそお客さんになってくれるんだからね。クズは大好きさ」
「という事は、お前がこの間から集霊器を狙っている奴だな」
シタの言葉には答えず、団長は「ははっ」と笑っただけだ。
「先生は黙ってそれを置いて帰ればいいんだよ」
先生と呼ばれ、シタはハッとする。
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