奇物サーカス 八
「私らがお前の本体を探して捕らえてしまえば形成逆転だなぁ」
シタが無理やり余裕の声音を作ってそう言うと、団長は楽しくて仕方がないという風に声量をあげて「無理だよ! 近くにある訳ないじゃん!」と笑った。
「それもそうか。一つ聞きたいんだが、お前はこれが何か知った上で欲しがっているのか?」
シタは団長に聞く。
聞きながらシタはタイミングを待っていた。そんな事は分からないウナが、ギュッとシタの腕にしがみ付く。
話をしながら、シタは煙草入れに忍ばせた灯油をハンカチに染み込ませて床に落とす。
「奇物だろう? 霊を集めるなんて便利な奇物だよね」
一般人の手には余るよね、という団長の声にプロペラ音が交ざる。
巡回している火災防止用のスプリンクラードローンだ。
ドローンが部屋の中に入って来たのを確認すると、シタは胸元から取り出したライターの火力を最大まで上げて着火した。
あらかじめ手を離しても火が消えないように細工を施したライターは、灯油の染みたハンカチの上にカツンと落ち、ボッと炎を上げる。
途端にウーウーと警報を鳴らしながら水を撒くドローン。
「走るぞ!」
シタはその隙にウナを連れて外へ走った。
「たいした足止めにはならんだろうが、銃はダメになっただろう」
「でも、どうしよう……人の足じゃアバターからなんて逃げられないよ!」
「大丈夫だ」
そう言いながらも逃げられる算段なんてまるでない。
シタの頭は許容量なんてとっくに越えていた。
集霊器を狙っていたのが奇物サーカスだったという事が予想外だったのだ。分かっていたらノコノコと乗り込んだりするものか。
シタは内心でそう毒づく。
団長の追ってくる足音を聞きながら、二人はそっと沼地に出た。
「それに……」
呟いてシタはやめた。沼地の様子がおかしいのだ。
テント群を隠すように駐められたサーカスのコンテナから数人の悲鳴が聞こえていて、野次馬たちがそれを囲んでいる。
「あそこでも騒ぎが起きているのか。違うところから逃げた方がいいな」
シタがウナにそう言った途端、コンテナがガゴン! と乱暴な音を立てて開いた。
そこから一斉に獣たちが飛び出し、野次馬を蹴散らしテント群を破壊しながら暴れ回る。
その騒ぎの中から真っ直ぐこちらに走ってくるのはポ助だ。
「ポ助⁉」
耳も尻尾もペシャンコにしたポ助が「どうしよう……」と怯えた声を出す。
「こっちも団長に追われているんだ。見つかるのも時間の問題だから、動物たちには悪いがこの機に乗じて逃げよう」
「違うんだってば! あれ黒い獣だよ! シタたちが光水核って呼んでるみたいなのとか、もっと大きのがたくさんあって、そこから急に出てきたんだ!」
なんて事だ、とシタは崩れ落ちたくなるのを我慢する。
光水から作った意志のない核、偽物の彗星石でも黒い獣を生み出してしまうのか。
そんな考え事は、テントをビリビリと破って出てきた団長のアバターを見て消し飛んだ。
「走れ!」
そう叫んで走り出したはいいものの、黒い獣たちが逃げるシタたちを追って来た。
もうダメか、そう観念したシタはウナに鞄を渡し「これを持って逃げてくれ」と言う。
「私一人で⁉」
抗議の声を上げたウナの腕の中で、カバンが一際強い光を発した。
その光に黒い獣たちが怯み、団長は値踏みするように立ち止まって事態を見守る。
すぐに鞄は、中から伸びだした黒い枝に突き破られた。
それは間違いなく集霊器の枝だった。
ウナは驚いて鞄を落してしまったが、気になるのは鞄の中の彗星石の欠片が無くなっている事だ。
どこへ行った? けれどその答えは、以前よりも大きく枝を伸ばした集霊器が教えてくれている気がした。
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