奇物サーカス 六

 次に目を開けた時、シタは観覧水槽の椅子に座っていた。

 隣を見るとウナもポ助もいて、二人もシタと同じように驚いた顔をしている。


「ウナ……今のは」

 話しかけておいて、シタは言葉に詰まる。

「大丈夫。大丈夫だよ。何も知らないよりはずっとマシだから。つまり、私のお母さんは茶会教団の教祖だったんだね」

「そのようだな」


 ウナは瞬きもせずにギュッと拳を握り、ただ地面を見ている。

「今のはなんだ? みんな同じ幻を見たとかそういう事か?」

 ポ助はそう言って首を傾げた。


「お前に本を持たせただろう。おそらくあれだ。本が見せたんだ」

「なんでまた急に?」

「それは……まだ分からないが」


 おそらくは彗星石が原因だろうとは、見当がついている。けれど決め手に欠けるな、とシタは思った。

 本と彗星石と集霊器があった。

 そこへウナが触れた途端に意識を持って行かれたのだ。

 もしかするとウナだったからだろうかとシタは考えたが、口には出さずにおく。


「あれがワッカ爺さんなのね」

 ウナがぎこちなく笑顔を作って呟いた。

「あぁ。とてもウナを大事にしていたな」

「そうみたいね。ウナって名前もワッカ爺さんが付けてくれたってカカから聞いたし」

「そうか」


 水槽の中に淀んだ沈黙が流れる。濁って息が苦しい。

 そこへガラスの向こうから乱暴な光が飛び込んだ。

 中央のステージに赤と黄色の服を着た異様に背の高い歪な面のピエロが飛び出し、始まりを知らせて走り回っては転んで見せる。

 やがて黒スーツに紫の蝶の面を付けた男が出てくると、ピエロはステージ脇からワゴンを引いてきて競りの一品目のそれを高々と掲げた。


 その盆栽は真っ赤な花をつけ、ワサワサと枝葉を揺らしている。揺らしては花弁を散らし、それでも揺らし、枯れてはすぐに咲かせる。

 あれは命を消費して狂い咲いているのだと、助けてくれと訴えているのだとトイに聞いた事がある。

 シタは二人に「行こう」と声を掛け、ひっそりと席を離れた。


「どこに行くの?」

 ウナが聞くと、シタは「倉庫を探す」と答える。

 そしてポ助から鞄を外し「頼む」と言った。ポ助は「まかせとけ!」と答えて軽快に走り出した。


「別で動いた方が何かあった時のためにいいからな」

「そうだね……」

 答えるウナの表情は沈んでいた。


「私さ、何となく怖くてアバターがつかえなかったんだよね」

 階段から漏れるステージの光に照らされながら、ウナは漏らすように言う。

 鞄の中で集霊器と彗星石の欠片がぶつかって、カタカタと音を立てた。


「分からない事は色々とあるだろう。気になるのなら本の中で自分の記憶を探してみればいい。まぁ、私は無理をする事はないと思うが」

「うん。ありがとう」

 シタは頭の中で、またグルグルと考えていた。


 掛ける言葉は他にないか?

 自分の言葉が彼女を傷付けやしなかったか?

 そんな事ばかりが気に掛かって一向に次の言葉を決められない。


「ワッカ爺さんが言っていた石の娘って何かな?」

 ウナがシタの方を見上げて聞く。

「分からないが、石とはおそらく彗星石の事だろうな」

「やっぱりそうだよね。なんかさ、色んな推測ができてるんだけど……どれも信じたくなくて、気付かなかった振りしたいんだよね」

「そうすればいい」

「できないよ」

 そう言って俯いたウナの頭を撫でる事しか、シタにはできなかった。

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