ダンセイニ卿の努力

「かろうじて竜族の残存勢力と王族の手も借りて、どうにか持ちこたえておりますが、そろそろ限界も近く」


 だから、騎士の中にもドレイクがいたのか。


「早く、なんとかしないと」


 邪神を倒す前に、この都市が死んでしまう。


「お心遣い、感謝いたしますサヴさん。ですが、思っている以上に長旅の疲れが出ておるようですな。屋敷でおやすみなされ」

「お、そうさせていただきます」


 邪竜との本格的な戦いになれば、下手をすると長期戦になる。またキュアノに、秘薬を提供してもらうことになったらと思うと、無理はできない。


 ここは、卿の好意に甘えることにした。


 イバラの門を馬車ごとくぐって、ダンセイニ伯爵の邸宅に到着した。


「あなたにご用意したお部屋も、そのままにしておりますぞ。今夜は、そこでお休みになってくだされ」

「すいません。ありがたく使わせていただきます」


 ベッドもフカフカだ。昨日は硬いベッドで休んだから、疲労が溜まっている。


「竜族のご令嬢、あなたも休まれよ」

「すまねえ、世話になる」


 コクリと、ルティアも頭を下げる。


「さて、いかがです? お着替えになられては。以前の衣装も取ってありますぞ」


 ダンセイニ卿が、クローゼットを開けた。


 ボクが卿に着させられたメイド服やドレス類が、多数出てくる。これをどうしろって?


「サヴ、せっかくだから」


 服のかかったハンガーを手にとって、キュアノが迫ってくる。


「どうしてキミはススメているの、キュアノ!?」


 キュアノがボクに着せようとしているのは、真っ白いドレスだ。肩がなく、胸元が際どい。


 ダンセイニ伯爵の目が光った。


「いやはやエルフ殿、お目が高い。この白いドレスなんていかがです? 一流のデザイナーに作らせたのですよ。ささ、遠慮なさらず」

「いえいえ。お気持ちだけで、結構です」


 意味もなくメイド服を着る趣味なんて、ありません。


「すげえ、全部マジもんだ。人魚の貝殻を装飾品にした髪飾りなんて、王家でもここまでは」


 ボクは、ルティアがクローゼットを見ながらブツブツ言っているのが気になった。


「お気に召すものがございますかな、お客人?」

「あっ、いや、なんでもねえよ」


 卿から声をかけられ、ルティアは我に返ったように頭を振る。


 メイドさんが呼びに来た。


「さて、お茶の用意ができたようですな」


 アフタヌーンのおやつをいただく。スコーン、レーズンのパウンドケーキ、下段はサンドイッチである。


「おいしい。これ、ツナだ!」


 ツナサンドを、コーヒーと一緒に口の中へ。


「はい。ツナサラダです。あなたから教わった魚の調理法を、我が国でも試してみたのです」


 この国の人たちは、お魚の料理方法を知らなかった。せいぜい焼くか干物にするかくらいしかできない。貴族には生魚が普及している。しかし氷魔法が必要であるため、保存がたいへん難しい。

 そのため、庶民にまで生魚は行き渡らなかった。


 そこで、ボクは母から教わった魚の調理や長期保存の仕方を、ダンセイニ伯爵に広めてもらったのだ。


「ツナだけではございません。貝類の缶詰など、加工食品を世界中に広めたいと考えておりますぞ」

「繁盛しているみたいですね」

「それなりには。吾輩がこの地に根を張っているのも、魚がうまいからなのです。この国の魚を、もっといろんな人に食べてもらいたい」


 ダンセイニ卿が、理想を語る。


「貴族が街の魚を独占していると聞いたが、あんたも?」


 辛辣な言葉で、ルティアが伯爵を指摘した。


『言い方がひどいのです! ルティア!』

「だってよ、このオッサン羽振りがよすぎる!」


 一部の貴族は、邪竜に手を貸している。やはりルティアは、貴族を信用できないのだろう。


「このオッサンが、邪竜に協力している可能性だって!」

「とんでもない!」と、ダンセイニ卿は両手を振った。

「吾輩は魚を加工し、できるだけ安く村人に提供しています。それこそ利益度外視で、こっそりと。もっと提供できればいいのですが」


 力なく、伯爵は告げる。


「大丈夫。ダンセイニ伯爵は信じていいよ」


 ボクは、ルティアの肩に手を置いた。


「悪かった」


 ルティアも反省する。


「いえ。あなたに疑われても、仕方がありませんね」


 伯爵によると、貴族も邪竜の影響を受けて、がんじがらめになっているという。


「邪竜の瘴気のせいで、まともに漁にも出られず。おまけに、我々には破格とはいえ、安全な魚を提供されてきます。それを村にもっと高値で売れと。邪竜たちはそうやって、我々の動きを押さえているのです」


 下手に手助けをすれば、貴族の連帯責任になると。


「村人からは責められ、邪竜たちには監視されて、という状態だと?」

「はい。お恥ずかしながら」


 ダンセイニ伯爵は、力なくうなだれる。


「ツナを広めたのも、村人のためでした。ツナ缶を製造する工場なども作って、周辺の村人に働き口も提供する準備もしておりました。それが、こんなことになるとは」


 伯爵は伯爵なりに、この街をよくしようと努力していたみたいだ。


 これは本格的に、どうにかするしかない。


「邪竜って、こんなに狡猾なの?」

「どういう意味だ?」

「なんかさ、どうも誰かの入れ知恵のような気がしてるんだよね」


 こんな方法で村を疲弊させたやつを、ボクはよく知っていた。

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