アウノ・ダンセイニ伯爵

「ダンセイニ卿、どうしてこちらに?」

「頼んでいた積荷の確認と、輸出のためですぞ」


 卿は、騎士たちにあいさつをする。


 ダンセイニ伯爵が、輸出用の木箱を開けて騎士に確認をさせる。


 小さな缶詰だ。帳簿には、『魚の加工品』と書かれていた。あれは、たしか。


「わざわざおいでにならなくても、商業ギルドにお任せしては」

「トラブルがあったと、聞きましてな!」


 コホンと大げさに咳をして、人払いをした。


「して、サヴさん。改めてお久しぶりですな。どういったご用件で?」


 騎士の確認作業の間、卿はボクに話しかけてくる。


「実は」と切り出し、ボクは事情を軽く説明した。

「ほほう、なるほどなるほど」


 卿はコクコクとうなずく。咳払いをして、騎士に向き直った。


「騎士の方々、この者の身柄は、吾輩が預かる。この場は引いていただけないだろうか?」


 いきなり伯爵からそう切り出され、騎士たちも戸惑っている。


「ダンセイニ卿、いくらあなたのお言葉でも。あなたが彼女を逃がさないという保証はないのです」

「詳しい事情を聞くだけですぞ。吾輩も貴族、人の信頼を欠く真似はせぬ。信用していただきたいとしか言えませぬが、私の顔に免じてご容赦を」

「……わかりました。一日だけですよ」


 渋々と言った感じで、騎士も折れた。


「なんなら、立ち会いますかな?」


 卿はそう言うが、騎士は首を振る。


「いえ。卿を信じます」

「よろしい。ではこれで」


 ルティアはしばらく、伯爵の元で保護されることになった。


「ありがとうございます。卿」

「なんの。サヴさんには、疑いを晴らしてくださった恩がございます。吾輩にできることなら、なんなりと。その前に、少し休まれては?」

「お邪魔してよろしいので?」


 あいさつだけなら、商業ギルドで済ませようと思っていたんだけれど。


「馬車を用意しますので、お待ちを」


 伯爵の馬車に揺られながら、お屋敷へ向かう。


「サヴさんには、感謝しています。あなたがいなければ、吾輩は卑しいドレイ商と呼ばれたままでした」


 ボクの正面で、ダンセイニ卿が頭を下げる。


「いえいえ。ボクたちが早合点していただけでして」

「それでも、命の恩人ですから」


 ボクは謙遜するが、卿は譲らない。


 キュアノが、ボクの袖を引っ張った。


「この方は、アウノ・ダンセイニ伯爵。ボクが以前、潜入捜査した貴族様だよ?」

「悪い人? それとも元は悪い人?」


 ボクは「違うよ」と否定する。


「その疑惑があったけれどね」


 とある貴族が、魔王の配下となって人身売買をしているというウワサが、ヨートゥンヴァインの街に広まっていた。その第一容疑者が、この伯爵だったのである。


 ホルストやヘルマが武力行使をしようとしていたのを、ボクは説得した。変装してダンセイニ卿の邸宅へ潜入し、動向を探る。


「メイドの格好で入り込んだんだけれど、男だってすぐにバレちゃった」

「小さな男の子からは、独特の香りがします。吾輩は、その香りが大好きなのです」


 うへえ。


「よくそんなの嗅ぎ分けられるな?」


 ルティアが尋ねると、ダンセイニ卿は真面目な顔になった。


「あなたも、サヴさんに首四の字固めをかけられてみなさい。人生観が変わりますよ」

「どんな状況だよ?」

「別にどうってことはございませんぞ。少し、お寝顔を拝見しようとゼロ距離まで顔を近づけたまでですぞ。同性だから、変なことはしないつもりでしたが」

「ええ……」


 ルティアがドン引きする。


「アタシ、今ほど心底女でよかったと思った日はないぜ」


 自分の体を抱きしめながら、ルティアが身震いする。


「こんな性癖のせいか、吾輩はこの歳になっても未だに伴侶がおりません。ですが、後悔はしておりませんぞ」


 相変わらず、ダンセイニ卿は自分の趣味全開で生きているな。それが貴族の特権なのかもしれないが。


「まあまあ。でね、卿はドレイ商に取り入るフリをして、ドレイを自由にしようと画策していただけだったんだ」


 ボクらはあやうく、功労者をお縄にするところだった。


「してサヴさん、本日はどういったご用件で? まさか、個人的に吾輩と逢瀬を?」


 胸に手を当てて、ダンセイニ卿はうっとりした眼差しを向けてくる。だが、すぐに我に返った。


「冗談です。こうして会いに来てくださっただけでも、吾輩はうれしいですぞ」


 卿が鼻息を荒くする。いい人なんだが、こういうところがなぁ。


「いいえ。実は無事かどうか、確認をしに」

「無事といえば、無事ですなぁ。しかし、あまりいい環境とは言えず」


 ヨートゥンヴァインの街並みが、窓の向こうから見える。どこも活気がない。路上で座り込んでいる人もいた。


「みんな、元気がないですね」

「漁に出られない人たちです。仕事もなく、家族を養うこともできません」


 彼らが海賊になって、周辺国に迷惑をかけてしまうらしい。


「我々も死力を尽くしていますが、なにぶん他の貴族が邪竜の脅しに遭っておりまして、共用することもできず」


 伯爵は独自で、この街のために尽くしている。とはいえ、まったく追いついていないのだとか。

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