イキリ魔族 バルログ

「父さんは、市民を安全なところに! ボクが、森の魔物を退治してきます」

「フフ、頼もしいわね」


 父が、ボクの顔を見てニヤニヤする。


「なに?」


 そんな表情で見られると、なんだか気持ち悪い。


「いえね、だんだんママに似てきたと思ってね、サミュエルちゃん。顔も声も、強さも」

「わかるの?」

「親だもの。わかるわ」


 急に、父が真顔になる。


 父から、真剣な眼差しを浴びせられる。


 視線をそらし、ボクは我に返った。


「おだてたってダメ! ボクは帰らないよ!」


「はぁい」と父が返事をする。


 キュアノが、クスッと笑った。

 顔色はいつもどおりだけれど、声の漏れ方でわかる。

 今、笑ったよね?


「何が面白かったの、キュアノ?」

「さっきの返事の仕方、サヴと一緒だった」


 うわあ、イヤだなそれ。


「サヴちゃん、馬を!」


 ヘルマさんが、役所の側にあるうまやから馬を放そうとした。


「走ったほうが早いから、もう行きます!」

「そんな、サヴちゃん!」


 ボクは、ダッシュで森へ向かう。たしかに馬のほうが楽だけれど、今は時間が惜しい。


 キュアノも、ボクと同じ速度で追いかけてきた。ボクもかなり飛ばしているけれど、キュアノも相当早い。


「サヴのお母様って?」


 森へ急ぎながら、キュアノが問いかけてくる。


「元は、クノイチだったんだ」


 幼少期、ボクは母に忍術を学んだ。結局、全然追いつかなかったけれど。 


「……サヴ、空が!」


 ボクは、キュアノが指す方角を見上げた。


 火の玉のような物体が、森へ落下したではないか。落下地点に火柱が上がる。


 本来、森には特殊な結界が張られているはずだ。弱い魔族くらいしか通り抜けられない。

 王城が安全なのは、結界のおかげである。

 それが打ち破られたということは。


「魔族が侵攻してきた」


 キュアノの警戒通り、本格的に魔王の軍勢が城を攻めに来たのかもしれない。


「あのポイントに急ごう!」


 更に加速して、先を急ぐ。


 火球の落下ポイントに到着した。


 そこには、真っ赤な魔族が立っている。口からは、炎の如き瘴気を吐き出して。肌は赤黒く、黒い角がこめかみに二対生えていた。燃え盛る瘴気を、その身にまとっている。身長は、二メートルほどだろうか。


 不可侵の森を通り抜けようだなんて。ここは魔素も高く、魔族にとっても聖域に近い。存在しているだけで、魔力を各種族の世界に送り込んでいるのに。


 この森は、誰の味方でもない。ただの森として存在している。下手に踏み入ってはいけない。


 その禁忌を侵したのだ。

 魔王軍も相当覚悟があってのことだろう。

 あるいは、粋がっているか。


 おそらく後者かも。


「へん、森の結界など、意外とやわいな。自分から乗り込んできた方が早かったぜ」


 後者だった。


 魔族の中でも、まだ若造という感じだろうか。

 本気でこの土地を自分たちで穢そうと思っているらしい。


「キミ、名前は?」


 ボクは、魔族に声をかける。


「オレサマは、バルログ族だ」


 魔族は、種族名で答えるた。


 どうやら、個体名ありネームドではないらしい。それでも、全身から発せられる狂気は、尋常ではない。


「大ナメクジを使って、森の生気を弱らせようと思ったが、なかな汚染できなかったんでな。直接出向かせてもらったぜ。ったく、手間をかけさせやがって」


 なんて罰当たりな。


「ま、これだけ結界を弱らせたら、オレサマのような強い魔力を持った魔族もたやすく入り込めるってもんよ。多少ケガを負っちまったがな」


 バルログの腕には、ヤケドのようなアザがあった。森の結界を無理に破って、ダメージを受けたのだろう。


「まあ、ここで手柄を立てれば、これは名誉の負傷として讃えられるだろうぜ。ゲヘヘ」

「キミのしていることは、魔王にとってもあまり都合のいいことじゃないんだけれど?」

「知るかボケ。オレサマはやりたいように侵攻する。周りがどうなろうと知ったことじゃねえな。だいたい上司はヘタレすぎるんだ。こんななんもねえ村一つ、攻め落とせぬとは!」


 口から炎型の瘴気をボオッと吐き、バルログはニヤニヤと笑う。


「やめたほうがいいよ」

「うるせえ! まずテメエから食ってやる。その次は巨乳の女だ。女を食うなんて久しぶりだな! しかも二匹とは、俺も運が向いてきたってやつか?」


 ああダメだ。コイツ倒そう。

 ボクをひと目で女の子と見るようなやつは、生かして帰さないよ。


「後悔しても、知らないよ」

「誰に口を聞いてんだ、コラ。テメエみてえなモヤシなんて、秒で殺せんだよ」

「試してみる?」

「ハン、女のくせに粋がってじゃねえぞ!」


 背中の大剣を、バルログが抜く。一メートルの包丁を思わせる片手持ちの剣だ。人間には両手でも持ち上がらないだろう。バルログは怪力なのか、軽々と扱っている。


 ボクは、腰の刀に手を当てた。


「キュアノ?」

「ここは私が」


 バルログとボクの間に、キュアノが割って入った。腰のサーベルに、手を添えている。


「私はまだ、あなたに力を見せていない」

「そっちの女が相手になるってのか? ヘン、じゃあ壊さねえようにしねえとな!」


 バルログが、剣を振り下ろす。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る