役場の所長、ヴァレンティーン

 酒場の一番いい席を取って、父がごちそうしてくれるそうだ。


「はじめまして、美しいエルフ様、アタシはこの村役場で所長を務めております、ヴァレンティーン・ヴォン・ブランケンハイム。サミュエルの父です。ヴァラと呼んでね」


 そう自己紹介して、父ヴァラはキュアノにウインクした。感極まって、愛用のギターまでかき鳴らす。


「どうも。私はキュアノ・エイデス。よろしく」


 ボクの首根っこを掴み、父がボクに耳打ちする。


「サミュエルちゃん。こんなかわいい子がいて、どうして紹介してくれなかったのよ? そもそも連絡をよこさなかったの?」

「あんたに会いたくなかったんだよ」

「つれないつれない! ヘルマァ、この子ったら実の父に冷たいの!」


 肩をくねらせて、父がヘルマさんに愚痴った。


「キュアノちゃん、アタシが留守中に、この子と仲良くなってくれてありがとっ」

「いいえ。よくしてもらっているのは、私の方」

「やだありがと! 強情なところがママに似ちゃって、人とうまくやれるか心配だったんだけどね」

「その、お母様は?」


 キュアノが聞くと、父が黙り込む。

 この村にボクがあまりとどまりたくない原因は、父にある。


「ボクが幼い頃に、母が死んじゃったんだ」

「ごめんなさい」

「いいよ。つか話さなきゃって思っていたから」


 母の死後、父は『パパもママも、自分がなるんだ』って自分を奮い立たせていた。昼は紳士的な村役場の責任者として。夜は、母親として酒場を切り盛りしている。


「謝るとしたら、ボクだ」


 泣き虫だったボクのせいで、父は苦労しただろう。父がこうなってしまったのは、ボクのせいだ。


「あなたは、気にしなくていいのよ。忙しくしているのは、その方が辛いことを忘れられるからだし。女装は趣味だから」


 最後の言葉は、聞きたくなかったよ。いい話だったのになぁ。 


「ところで、ホルストのご家族は?」


 父もボクも、首を横に振る。


「ホルストは孤児で、教会に預けられていた。それを父が、自分の子として引き取ったんだ」


 ボクとホルストは、兄弟のように育てられた。

 育ててくれた恩こそあれど、ボクは父の姿が恥ずかしくて仕方ない。


「父は昔から、家業を継ぎなさいってうるさくてさ」


 こんな何もない村で、小さな村の役員として終わりたくない。父の仕事を差別するつもりはないけれど、ボクはもっと広い世界を見たいんだ。


「どうして、ホルストは旅立ってよくて、ボクはここにいなくてはダメなの?」


 親が相手だからか、ややヒステリックな言い方になってしまった。


「あなたがかわいいからよ」

「親の目線だからでしょ? ボクはもういい大人だよ」

「そうね。あなたに彼女ができるなんて思っても見なかったわ」

「えっえっ、誰のことを?」

「違うの? キュアノちゃんでしょ?」


 ボクは、キュアノと視線を合わせる。


「キュアノ、は、つい先日、知り合ったばかりだよ。交際だなんて、急すぎる」

「でも、悪い気はしないでしょ?」

「そりゃあ、まあ」


 キュアノの方を見ると、うつむいてシードルの入った細長いグラスをクルクル回していた。困ってんじゃん!


「だから、サミュエルちゃんを応援しようって気持ちに……」



「もういいから! この話はなしで!」


 お料理とお茶がちょうど運ばれてきたので、話を変えた。それにしても、やはり父の酒場は別格だな。これぞお店の味って感じだ。


「今は魔石の話でしょ?」

「そうよね」


 役場で一番足の早い馬を使って、王城まで伝達してもらったという。


「サミュエルちゃん、恒久的にこの村へ戻ってくる気はない? ここはどこよりも安全よ。だってここは魔物や魔族が……」


 父はそう言ってくれるが、ボクは首を横に振った。


「ボクは家には帰らないし、父さんの役場だって継がないよ」

「あなたがそういうなら、仕方ないわね。イヤなことをさせてもしょうがないし。でも、ママのお墓参りは行きなさい」

「うん」


 まだ、花を添えていなかったっけ。母がいなくなった現実から目を背けたくて、ボクは旅立ってしまった。ろくにお墓参りもせずに。


「母親の死が辛かったから、旅に出た?」

「そうかもしれない」


 キュアノの質問が、核心をついているのだろう。逃げているだけなんだろうな。ボクは。


 ホルストがここにお屋敷を建てたのも、最初は嫌がらせかなと思っていた。無理にボクと父の仲を解消させようとした、おせっかいなのだと。


 けれど、母のお墓に近いところに住まわせたかったのかも。


 そう考えると、ホルストっていいやつだ。


「一応、魔石の謎が解明されるまで、ここにはいてあげる。けれど、お屋敷にだっていつまでもとどまるつもりはないよ」


 ボクがそう伝えると、ヘルマさんの方が残念がった。


「そうなんですか? 寂しいです。あんなおいしい料理が、食べられなくなるなんて」

「ヘルマさんのお料理も、とってもおいしいですよ。自信を持ってください」

「まったく別の味ですよ。なんだか、アウトドアっぽさの中に、家庭的なエッセンスがありますよね」


 ヘルマさんが、ボクの料理をそう表現する。

 なんだか、照れくさいな。


「父上、私がサヴを守る。どうか、外出の許可を」

「でもなぁ。ホルちゃんとの約束を保護にするわけにはねえ……」


 父が考えごとをしていると……。


「所長、大変です!」


 受付嬢のお姉さんが、肩で息をしながら店に入ってきた。


「どうしたの?」

「森に、膨大な魔力が検出されました!」

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