魔族の気配

「丸裸にした後、ゆっくりと溶かしてやるぜぇ」


 ナメクジのネバネバが、足までせり上がってきた。

 うわあ、かぼちゃ型ボトムスが溶けていく! 短パンみたいになってきた。

 

 このままでは!


「く、離せ」


 足のネバネバを手でつかみ、脱出を試みる。しかし、相手も体を伸ばすため、ちぎることができない。


「おまえも溶けてしまえ!」


 ナメクジの粘液ボディが、今度はキュアノの方へも向かう。


「あぶない、キュアノ!」


 なんとか助けないと! でも、核である魔石を攻撃しなければダメージを与えられない。


「大丈夫。任せて」


 キュアノは足元に氷を張って、逆に大ナメクジを氷で包み込む。


「ぬう、オレサマの【都合よく服だけ溶かす粘液】スキルが発動しないぃ」


 なにそのピンポイントでヤバいスキル名は。冗談で言ったのに、そのままじゃん。


 ナメクジの顔面が、ボクを舐めようとしてきた。すごくヒワイな形だなぁ。でも、これって!


「もっと空気読めよぉ! 映えとかないとアガらねえだろうがぁ!」

「うるさい滅びろぉ!」


 ボクは大ナメクジの顔面に、パンチを浴びせた。


 パリンと、何かが割れる音が鳴る。


「ぐえええ! オレサマの身体がぁ!」


 ナメクジの胴体が泡立ち、どんどん小さくなっていく。


「魔石の機能停止を確認。敵も殲滅」


 淡々と、キュアノが状況を報告する。自動回収スキルが、小さくなった魔石のかけらを吸い込んだ。


「ありがとうキュアノ、助かったよ」

「そちらこそ。よくモンスターの核を発見できた。私は、凍らせてバラバラにしてから、核を潰そうと持っていたのだけれど。わざと捕まって核をむき出しにさせたのは見事」


 あれは、敵が興奮していただけだよ。ボクも、まさか下が核だとは。


 それにしても、服がボロボロになっちゃった。地肌が見えている。おかげで、「見た目重視の呪い」も解除されたけれど。


「あーでも、いっそ溶かしてくれたほうがよかったかも。服は溶けても、呪いが解けるし」

「それだと、水着みたいな造形になる」


 今後、探索時には着替えを用意しておこう。


 

 役場に帰ると、ヘルマさんがいた。血の気が引いた顔をしている。


「よくぞご無事で! 遅いからどうしたのかと、役場まで様子を見に来ていたのです!」


 心配させちゃったな。


「ありがとう。お夕飯のおかずを買えなくてごめんなさい」


「いいんですよ! ささ、帰りましょう」


 その前に、報告をしなければならない。


「キュアノ、あれを」


 ボクとキュアノで、魔石を提供した。


「これを、ファウルハーバー王国まで届けてください」


 受付嬢さんが、青ざめる。


「了解! サヴ様、どこでこれを?」


「洞窟のモンスターが、体内に取り込んでいました」


 詳しく、当時の様子を受付嬢さんへ伝えた。


「すぐに王国へ報告後、腕の立つ冒険者たちを手配します! ご報告ありがとうございました」


 ボクは、十分すぎるくらいの報酬を受け取る。大量の銀貨と金貨が数枚という、破格の報酬だった。


 これで、本格的な調査が始まるだろう。


 ボクたちの懐も潤った。


 これで、どこへでもいける。

 

 だけど、村を放ったらかしていいのか、ボクは迷っていた。


「お夕飯が間に合わない。どうする?」


 キュアノの質問に、ヘルマさんが手を叩く。


「そうですね、今日はお外で食べましょう」


「う……」


 外食ということは、あそこしかないよね。


「どうかした?」


 ボクは、キュアノの言葉に耳を傾けないようにした。


「あ、あーあー。うーん。ヘルマさん、ボク、お腹空いていないから、キュアノと行っておいでよ。お金はここにあるから」


 報酬のほとんどを、ヘルマさんに渡す。


 だが、ヘルマさんは銀貨をボクに突き返してきた。

 

「そう申されましても、サヴちゃん。お父さんの……所長のお店にだってたまには顔を出さないと」



 キュアノが、話についていけてない顔に。


「変だとは思っていた。故郷なら、あなたの実家もあるはずだと。でも、あなたは顔を出さない」


 うーん、隠し通せるわけもないか。


「ああ、ボクの父はさ、冒険者や労働者のために酒場をやってるんだ。役所も兼任している」

「じゃあどうして」

「ケンカ中なんだ。外に出るのを反対されてさ」


 ボクはそう言って、「ごまかす」。



 とはいえ、ヘルマさんには苦笑いで返されてしまう。



「ウソをおっしゃいな。本当は、お父様に会いたくないだけでしょうに」


「外へ出たいのは、本当さ! けれど」


「サヴちゃん、血は争えませんよ」


「ヘルマさん! 父は関係ない!」


 ボクとヘルマさんが問答していると、毛むくじゃらで筋骨隆々の男性がボクの前に現れた。

 

 マッチョでカンカン娘スタイルという、最悪の出で立ちで。


 一番ボクが、会いたくなかった男が。


「あらあ、どうしたのヘルマ……あら、やだ! サミュエルちゃんじゃない!」


 酒場に出す酒の補充だったのだろう。二つの樽を両肩に担いでいる。

 その樽を、男は地面に落とした。


 号泣しながら、ボクに抱きついてくる。


「心配したのよ我が息子サミュエルちゃん! あたしの宝物! よく無事で帰ってきたわ!」


「酒くさ! 離れてよ父さん!」


 ボクは、マッチョな男を押しのける。


「サヴ。今、父さんって」



 ボクは、キュアノに渋々紹介した。

 キュアノにも見せたくなかった男を。



「これが、お父さんです」

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