キュアノの実力

 向かってくる巨大な鉄塊を、キュアノはサーベルを横向きに構えて受け止めた。


 あんなに細いのに、見事サーベルはバルログの武器を凌ぐ。


 エルフって、こんなに力が強いの? 見た目からは想像ができないんだけれど。


 ボクだって、筋力はそれなりに強い方だと思う。でも、戦闘になれば受け流すことが主流になる。力比べは非効率だから。


 自慢するほどの怪力ではないと、相手にわからせたかったのかなぁ。


「ほお、そんな細い身体で、このオレサマと腕試しするってのか? おそらく森を守ろうとしたか? その度胸だけは認めてやるぜ。だが、こいつはマジで武器なのかよ? 杖にしか見えねえぜ!」


 そうなのだ。キュアノのサーベルには、刃がない。非殺傷の武器らしく、刀身全体が丸いのだ。これで、どうやってバルログを倒すというのか?


「サヴ、心配ない。この武器はちゃんと刃がある」


 キュアノは、サーベルを逆手の体制で構えた。殴りかかるような体制で、バルログを押し出す。


「持ち方を変えたからって何になるってんだ!」


 バルログが、腰からもう一本の武器を取り出す。片刃の斧だ。


「死ねえ、じぇえあ!」


 横一文字に、斧を投げつける。斧をブーメランのように飛ばして、キュアノの胴体を両断する気だ。


「逃げてキュアノ!」


 ボクが叫んだときには、すでに斧がキュアノの腹筋に急接近していた。


「そのまま輪切りになっちまえ!」


 キュアノの気配が、一瞬消える。まるで、陽炎のように。明らかに、斧はキュアノの胴を捕らえているように見えたけれど。


 スコンと、岩がチーズのように真っ二つになった。


 しかし、キュアノの姿が見当たらない。


「あのアマ、どこだ?」


「上」


 キュアノの声に、バルログが真上を見上げた。


 逆手に持ったサーベルを真下に構え、キュアノは突きの姿勢で落ちてくる。相手の目かノドか。


「そんな攻撃など!」


 斧と包丁をクロスさせて、バルログは急降下してきたキュアノの攻撃を跳ね返した。さすがの巨体も、キュアノの突進を受けきれず、膝をつく。


「なんてパワーだ!? だが!」


 武器でキュアノを強引に薙ぎ払う。


 風に舞う葉のように、キュアノはふわりと着地した。


「調子に乗りやがって!」


 地面に降りるタイミングを狙って、バルログが今度こそキュアノを捉える。


 逆手持ちのまま、キュアノは二つの武器をサーベルで受け止めた。


 押されている。

 今度はキュアノが膝を落とす版だった。


「グハハハ! 非力なエルフに、このバルログ様の怪力など止められまい!」

「あなたは、一つ勘違いをしている」

「んだとぉ?」


 キュアノが、サーベルを指でなぞる。


 刃だと思っていた刀身が、縦二つに分かれた。

 バルログの頬に、冷や汗が伝う。


「これも鞘」


 バオンッ! という派手な音とともに、炎のゆらめきのような光刃が発動した。

 かと思えば、青白い軌道を描き、バルログの肩から脇腹を通り抜ける。


「ぐはあ!?」


 胴体を切り裂かれ、バルログが上を向いて瘴気を吐く。そのまま、仰向けに倒れ込んで絶命した。自分がいつ斬られたのかさえ、覚えていなだろう。


「これが、凍てる空の君」


 あまりにも一瞬で、ボクにも何が起こったのかわからない。ただ一つ言えるのは、目の前の怪物が真っ二つになったことだけ。悲鳴を上げる暇すら、与えなかった。


「大丈夫?」

「問題ない」


 汗一つかいていない。おそらく、キュアノの本気はこんなもんじゃないのだろう。


 だが、キュアノが村に視線を向けた。 


「まだ、魔力の気配が。村の方」


 隕石みたいな大きい火球が、次々と村に落下している。


 他にもバルログがいるってこと?


「早く戻らないと」

「うん。ついてきてキュアノ」


 ボクたちが、村へ駆け出そうとした瞬間だった。


 村の方角で、大爆発が起こる。


「ブランケンハイムの村が」


 炎をまとった煙が、もうもうと立ち上がっていた。


「グフフフゥ!」


 身体が半分になった状態で、バルログがニヤリと笑う。まだ生きていたのか。


 バルログの気配ではない。


「我が名は偉大なる魔王のしもべ、バルデル!」


 どうもバルログのリーダー格ネームドが、死体を借りて話しているようだ。


「始まりの村は今頃、このバルデルの配下たるモンスター共が占拠しているところだぜ。その数、およそ一万! お前たちが戻る頃には、村民の皆殺しが済んでいることだろうな。だが、安心しろ。すぐに奴らの胃袋の中で会わせてやるからよぉ。フハハハハァ、ゲホオ!」


 盛大に血を吐き、バルログは今度こそ絶命した。



 バルログの大半が、村へ先行しているらしい。


「うん。故郷を焼かれて旅立つ決意を固めるシーンって、よくあるよね」


 バルログの死体に向けて、ボクは吐き捨てるように告げる。


「どうした? 呆けた顔をして。故郷が火に巻かれている」

「帰ろう。キミも見ればわかるよ」


 ボクたちは、村へと戻る。


「再会できるのは、奴らの方だから」

「そうだな。仲間の敵討ち、助太刀する」


 キュアノもわかってなかったみたいだ。


 真実を。ブランケンハイムが「始まりの村」と呼ばれている、本当の意味をね……。


 数分ほどかけて、村に戻る。


 村は、ほとんどが焼け野原となっていた。

 あちこちで、火がくすぶっている。


「村人がいない。まさか」

 最悪の事態を想像しているのか。キュアノが、わずかに沈んだ顔になる。

「父さん」

「よぉ。よく帰ってきたな」


 そこには血まみれになった父と――


「父さん、やりすぎ」


――血まみれにされて土下座させらている、バルログ族がいた。

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