式典

 今日は宮殿で式典がある。

 三年もの間、国境線を守っていたバーナードとその部下たちに、その功績をたたえての受勲式だ。

 式典の後は、慰労会が行われる。

 帰ってきたのは、少し前になるのだけど、こういう式典って、それなりに準備が必要なのだ。

 私も軍の研究室の責任者なので、当然式に出席する。

 もっとも、参列するっていうだけではなくて、警護の役目も担う。だから、当然、服装は軍服だ。

 ひとつだけオシャレをしたのは、髪飾り。

 バーナードに買わせてしまったものだ。

 謝礼にいただいたものを誇るようにつけていいものかどうかはわからない。

 でも、デザインがとても素敵だし、何より、バーナードからプレゼントされたものを身に着けたかった。

 これがバーナードからの頂き物だということは、誰にも言うつもりもないし、バーナードと私と、あのお店の人以外知ることのないこと。だから、私がこれをつけていたとしても、バーナードの恋路の邪魔になるようなことはないと、必死で自分に言い訳する。

 式典の後の慰労会には、たくさんの軍人と貴族たちが参加する。ひょっとしたら、バーナードの愛しいひとが誰なのか、わかるかもしれない。

 そう考えると、なぜだか気が重い。

 元部下としては、祝福したいし、するべきなのに。

 レイラ皇女と、レイモンド・ルイズナー公爵の婚約が決まった日よりも、ずっと重いものが胸にのしかかっている。

「バルモンさま、おはようございます」

「おはよう、ミーナ」

 宮殿の庭を歩いていると、部下のミーナ・アルトデスに会った。貴族の出ではあるけれど、男爵家の子で、魔術の勉強を続けたいために、軍に入ったという変わり種。

 本当は宮廷魔術師になりたかったらしい。

 才能だけでなく、宮廷魔術師になるには、家格も必要なのだ。

 平民の私からみれば、彼女の家も立派な貴族だとは思うのだけど。

「わぁ。素敵な髪飾りですね」

「ありがとう」

 さすがにお年頃の彼女は、目ざとい。髪飾りがいつもと違うことにすぐ気が付いたようだ。

「プレゼントですか?」

 一瞬、ぎくりとした。

「違うわ。自分で買ったの」

「へぇー。そーなんですかー」

 ミーナは面白い玩具を見つけたかのような顔をしている。

 全然私の言葉を信じていない。

 ただ、こういう時にさらに何か言うと藪蛇になることは、わかっている。

「いいなあ。素敵ですねえ」

「そうね」

 淡々と流すことに決め、私は庭の安全を確認していく。

 ミーナは何かを聞きたそうだったけれど、仕事にかこつけて、私は無視をした。

 大人げないかもしれないけれど、バーナードに迷惑をかけるようなことがあってはいけない。

 最初の式典はともかく、慰労会にはたくさんの人が集まる。

 もっとも、集まるほとんどは軍の関係者であるし、それ以外は有力な貴族の推薦がなければ、入ることができない。

 私たち魔術師は、魔力結界を張って、そこでは簡単に魔術が使えないようにするのが役目。研究室にいる魔術師たちは、実戦にでることはあまりないかわりに、皇室行事の警備を任されている。

 武術系のことは、警備担当の兵たちが別にいるので、そちらは担当外だ。

 それにしても軍だけの慰労会だったら、もっと気が楽なのにとは思う。

 けれど人脈を作るチャンスと考える者も多いだろうし、適齢期なら縁を求めてというのもあるだろう。

 長い間、砦に勤務した兵たちには、本当の意味で慰労になるかもしれない。

 彼らのおかげで、私たちは帝都で穏やかな日々を過ごすことが出来たのだ。今日一日の労苦くらい惜しんではいけない。

「バルモン首席魔術師、今日はよろしく頼む」

「承知いたしております」

 声を掛けてきたのはオーズロワ侯爵。

 今回の式典と慰労会の責任者でもある。

 ちなみに、今のタロス・オーズロワ侯爵は、軍を追放された例のリドメードの実の兄である。

 二人の父であったブルーム・オーズロワは、軍事の顧問もしていた。バーナードを昇進させて、砦に派遣要請をしたのも彼だ。その後、病に倒れて家督を息子に譲り、現在に至る。

 父が都から追い出したバーナードを出迎える役目を息子が引き受けることになったのは、皮肉だ。

 もっともバーナードでなければ、国境は守れなかったとも思うから、真にバーナードが適役と思っての要請だった可能性もある。

 家督を継いで間もないとはいえ、タロス・オーズロワは、もう五十近くなので、非常に落ち着いた雰囲気の男性である。弟とは違い、真面目で愛妻家だという噂だ。

 軍を追放されたリドメードは、牢に入ることだけは免れたが、今は侯爵家と絶縁関係にあって、行方はしれないという。もともと、リドメードは、父ブルームに愛されてはいたが、兄とはあまり関係が良くなかったとも聞いている。

 なんにしても、オーズロワ家は、リドメードという男が作った汚点を何とか拭い去りたいところだろう。

「招待客は、何人くらいになるのでしょうか?」

「そうだな、百人は超えると思う」

「それは、すごいですね」

 慰労会が開かれるのは、普段、パーティなどが開かれる大広間と、この中庭である。

 軍人の数を含めると、五百人近いのではないだろうか。

 広い会場なので、入れないということはないけれど、警備という面ではかなり大変だ。

 招待客は有力な貴族の推薦だけというのは、警備上の理由でもある。

「ブルームさまはおみえになるのですか?」

「ああ。父も最近は体調がいいから来たいと言っていたな」

「そうですか」

 頷きながら、ブルーム・オーズロワはどんな気持ちで、バーナードを迎えるのだろうと思う。

 内心がどうであれ、バーナードは国を守った英雄だ。労をねぎらって、祝福するくらいの腹芸はできるひとだと思う。

「バルモンさま! 警備局長がお呼びです!」

「それでは、私はここで」

 ミーナの声がしたので、私はオーズロワ侯に頭を下げて、その場を離れた。

 式典はもうすぐ始まろうとしていた。

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