式典 2

 天窓からの光が丁度当たる位置に玉座があって、皇帝が腰かけていた。

 皇帝は三十四歳。即位して八年ほどたつ。

 レイモンド・ルイズナーと少し似ている。ルイズナー家は皇族と血のつながりが濃いから不思議ではないけれど。レイラの年の離れた弟にあたる。

 穏やかな人柄で、思慮深い君主だ。治世も安定してる。

 玉座から扉までまっすぐに伸びる赤いじゅうたんを囲むように、大臣たちが並んでいた。

 私は、大臣のさらに後ろの壁際に立ち、部屋全体の魔力結界を監視している。

 よく考えたら、私のような平民が、皇帝のご尊顔の見える場所で『警護』の役目を賜るというのは、すごいことなのかもしれない。

「バーナード・ルイズナー将軍が参りました」

「ふむ」

 皇帝が頷くと、謁見の間に入る扉がゆっくりと音を立てて開いた。

 玉座から扉までまっすぐにのびる赤いじゅうたんの上を、バーナードはゆっくりと歩く。

 今日のバーナードは軍の正装だ。黒地に金の刺繍の入ったもので、非常によく似合う。

 改めて思う。彼は遠いひとだ。

 年齢的にきらきらしさはないけれど、その分渋みもあって、英雄の名にふさわしい。

 相手が自分を思っていないと弱気だったけれど、彼なら、誠意をもって接していれば、落ちない女性はいないだろう。

 そう思うと胸が苦しい。

 たった一日、一緒に過ごしただけで、長い間ずっとふたをし続けていたものが、開こうとしている。

 一緒にいた十年、ふたをし続けることができたのだから、大丈夫だと思っていたのに。

 玉座の前にたどり着いたバーナードに、皇帝が褒賞を授与する。

 厳かな、そして静かな儀式だ。

 ずっと。初恋の痛みを思い出していると、自分に言い聞かせていた。

 でも。この痛みは、それよりずっと重くて痛い……だから。

 やっぱり私は、それに気づかないことに決めた。



 少しの休憩時間を経て、場所を移動し慰労会が始まった。

 先ほどの式典とは違い、楽団が楽を奏で、人の数も多い。

 警備は段違いの緊張感だ。

 すでに人だかりができているのは、バーナードの周り。

 なんと言っても、今回の主役であるから仕方ないだろう。

 かなり若い女性たちも、囲んでいる。

 バーナードは、未だ独り身であるし、家柄もいい英雄だ。条件的にはかなりの優良物件で、年齢は些末な問題なのかもしれない。

 本人は真面目で、どちらかというとシャイなところがあるけれど、あれだけ人が集まっていれば、きっと彼の意中の人もそばにいるに違いない。

「ん?」

 気のせいだろうか。

 私は違和感を覚えた。

「バルモンさま」

 ミーナが私のそばに駆け寄ってきた。

 彼女も感じたらしい。

 魔力結界が破損しているようだ。魔術を使えないように結界で止めているはずのマナが少量ながら入ってきている。原因はわからない。

「ミーナ、研究員を全員集めて陛下周辺に気を配っていて。私は外を見てきます」

「はい」

 魔術結界を壊して何かするとなれば、やはり皇帝が標的の可能性が高い。

 それにしてもどういうことだろうか。

 魔術結界は、各所に置かれた結界石に、マナ封じの術を施して行うものだ。

 結界石は、用心のため何らかのカモフラージュを施してあって、普通はわからないようになっている。

 私は平静を装って、ゆっくりと中庭へと向かった。

 途中、バーナードと一瞬だけ目が合ったので、軽く会釈だけして通り過ぎる。

 髪飾りをしてきたのを気づかれたかもしれないけれど、別にしてくるなと言われたものでもないし、私が感じているほど特別なものと思っていないだろう。

 私は波立つ心を無視する。今は、仕事だ。

 たくさんのひとが中庭に出ていた。

 すでに夕刻のため、庭木には、ランプが下げられている。

 まだ日の光りが残っているから、明かりはか細い。

 もっとも、大広間と違って、夜になっても中庭の照明は、それほど明るくならない。中庭はあくまで室内の喧騒に疲れたひとが、静かさを求めてくる場所と位置付けられているからだ。

 私はひそかに結界石をチェックしていく。

 結界石は、庭木の植え込みに隠してあったり、敷石の代わりに置かれていたりしている。

 無論形だけのカモフラージュだと魔力の流れでわかってしまうので、魔石を私を含めて研究員各位が持って歩いている。人間が魔術を使えなくても、魔石には魔力が宿っているのでダミーになるのだ。

 種明かしをすれば単純だが、この方法は警備上の機密であるので、軍の人間しか知らない。

 中庭の奥までくると、ひとの姿はなかった。日が沈んだのだろう。急激にあたりが暗くなってくる。

 中庭の植え込みの垣根は割と高めで、迷路のようになっている。暗くなってきたこともあって、ひとがいないように見えても、垣根の向こうはカップルがイチャイチャしていることもあるので、そういう意味でも油断はできないのだけれど。

「ここだわ」

 私は確信した。中庭の一番奥の袋小路の明かりが消えている。

 ここの結界石はランプの底にしかけて木の枝につるしてあったはずだ。

「さすがにもう暗いわね」

 薄ぼんやりと形はわかるものの、何がどうなっているのかはわからない。

 ランプをとりに行こうか迷ったが、結界が壊れているのだから魔術を使うことは可能だと気づく。

「光よ」

 私は手元に小さな明かりを灯した。

 影だったものが、はっきりとした色と形に見えてくる。

 原因はわかった。吊り下げてあったランプが、地面に落ちて粉々になっていたのだ。

「結界石も割れてる」

 木の枝から落ちた衝撃で割れてしまったのだろうか。

 それにしても、そんなに強い風は吹いていなかったと思うのに。場所の選択を失敗したのかもしれない。

 これでは、さすがに結界が壊れてしまう。

「仕方ないわね」

 私は自分の持っていた魔石を取り出した。

 結界用に加工してはいないけれど、短い間の代用品にはなる。

「マナよ……大いなるマナよ」

 私は魔石を使って、再び結界を張り直した。

 結界を張ったことで、私の出した光玉は消滅して、再び辺りは薄暗くなった。

「ふう」

 私は大きく息をついて、魔石をもともとあった木の根元にそっと置いた。

 結界の張り直しで、魔力を大きく消費したせいもあって、私は油断していたのかもしれない。

 不意に後ろから誰かに押し倒され、身体を地面に押し付けられた。


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