第30話 男のお友達


「あ、あの、お、お邪魔します」


「どうぞどうぞっ。隠川くん、ここおいでっ」


 椅子をトントンと叩いて、座ってね、と安良岡さんが言ってくれる。

 そこには宝山院くんもいて、俺は安良岡さんと宝山院くんと一緒に、昼休みを過ごすことになっていた。


「隠川くん、さっきはごめんね。急に誘って。迷惑じゃなかったかな?」


「あ、宝山院くん、全然……。逆に、俺の方が迷惑じゃないのかな……」


「ははっ。全然だよ。僕が君と一緒に昼休みを過ごしたかったんだ」


 宝山院くんが爽やかな笑みを浮かべてくれる。


 さっきの休み時間、話しかけてくれた宝山院くん。

 それで、昼休みに一緒に弁当を食べようと、誘ってくれたのだ。


 だけど、本当によかったのだろうか……。

 宝山院くんと安良岡さんは恋人同士で、いわば、今は恋人同士で過ごす昼休みなのだ。そこに俺がお邪魔をしているという立ち位置で、かなり邪魔だと思う。


 聞くところによると、二人はこのクラス公認のカップルで、昼休みは毎日、教室の中心で一緒に過ごしているらしい。

 昨日も、一昨日も、二人は一緒に弁当を食べていた。


 みんなが知っているカップル。

 それが、爽やかイケメンである宝山院くんと安良岡さんなのだ。


「まあね。私たち、去年付き合い始めてから、ずっとこんな感じだもんっ。みんな私たちのこと知ってて、もう珍しくもないし、隠川くんもあんまり気を遣わないでいいよ。さ、食べよ食べよ」


 安良岡さんがそう言って、食事の準備を始める。


 宝山院くんと安良岡さんの机が、向かい合わせでくっついており、その机の上に弁当箱を広げれば、あとは食べるだけだ。


 俺の弁当は母が作ってくれた弁当。

 宝山院くんと安良岡さんの弁当は、お揃いの手作り弁当のようだった。


「うんっ。これは、宝山院くんの手作りお弁当なの。宝山院くんは、毎日手作り弁当を作ってくれる、料理ができるイケメンなのよ」


「そ、そんな、照れるよっ。みずさちゃんっ」


 嬉しそうに、頭の後ろをかく宝山院くん。その仕草は、やはり爽やかだ。

 でも、そうか……。宝山院くん、料理ができるのか。イケメンな上に、家庭的。完璧だ……。


「今日は、ハートマークのお弁当箱に、ハートマークのご飯を詰め込んで、おかずをハートマークにカットしたんだ」


「う〜ん……、私としては、宝山院くんには男っぽくなってほしいから、ハートマークをノリノリで作るのは微妙なんだけど……、まあ、お弁当ならセーフかな?」


 苦笑いをしている安良岡さん。

 おかずにはプラスチック製の爪楊枝が刺さってある。


 安良岡さんはいただきます、と言うと、それをつまんでパクッと食べていた。


「んん、うまっ。ほらっ。せっかくだし、隠川くんも、おひとつどうぞっ。はい、あーん、してっ」


「「ちょ……っ!」」


 パクっ。


 安良岡さんの爪楊枝が俺の口に入っていた。


「み、みずさちゃん!? ずるい! 僕もまだ、みずさちゃんにそんなふうに食べさせてもらったことないのに! どうして、隠川くんにあーんしてるのさ!」


「えへへっ。宝山院くん、嫉妬禁止! 私は、彼氏には男っぽさを求めるっていつも言ってるでしょっ。だから、宝山院くんにはしないのっ。私がこうするのは、隠川くんにだけっ」


「そ、そんなぁ……!」


 宝山院くんが泣きそうになっていた。


「あ、あの……」


 俺はとてつもなく気まずくなっていた……。


「あ、いや、隠川くんのせいじゃないさ。ははっ。どうだい、美味しかったかい?」


 爽やかに聞いてくれる宝山院くん。


「みずさちゃんからの、あーんだったから、美味しかったよね。はは……は」


 死んだ魚のような目になっていた。


「いいっていいって。……まあ、よくはないけど」


「!」


 拗ねたように言う宝山院くん。


 ……やっぱり怒ってらっしゃる。


 でも、当たり前だ。俺だったら、嫉妬で狂ってしまうと思う。


「っていうか、ほら、宝山院くん。まだ、大事な話ししてないでしょ。そのために、今日は隠川くんを、お昼に誘ったんでしょ」


「そ、それはそうだけど……今、言わないと、だめかな……?」


「だめじゃないけど、タイミング的に今だと思うな。とりあえず、はい、隠川くんっ。もう一個どうぞっ」


 パクっ。


「ま、また! ず、ずるい! みずさちゃん、もうだめだって!」


「ちょーー」


 宝山院くんが、慌てて俺を肩を引き寄せていた。


「「「きゃ! あれ見て! 宝山院くんと、隠川くんが、いちゃついてる……!」」」


「「ち、ちがっ……」」


 周りでこっちを見ていたらしい女子生徒たちが、頬を赤く染めて俺と宝山院くんのことを見ていた。


「ああ……もう……っ。でも、隠川くん……っ。あの、僕とお友達になってくれないかな?」


「え”!」


(((……キタコレ! やっぱり宝山院くん、隠川くんのこと気になってたんだ!}))


 周りの女子たちは、きゃ! と湧き上がっていた。


 そして、赤い顔で緊張しながら、俺の顔を見ている宝山院くんがいて……。


 俺たちの間を、もんわり、とした熱気が駆け抜けた。


 何かが、始まりそうな予感がした……。


「あ、いや、そういうのじゃなくって……! 友達だよ! 友達! 普通の! 普通の、男の友達!」


「「「お、男の友達……!」」」


「あっ、なるほど……そういう……っ」


 安良岡さんの頬も、ほんのりと赤くなっていた。


「私、……お邪魔かも?」


「「ち、ちがっーー」」


 ……俺と宝山院くんの頬も、なぜか赤くなっていて。


 何かのフラグが立った気がした……。


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