第29話 私、隠川くんに告っちゃうからね!


「ねえ、春風さん! 昨日、あのドラマ見た!?」


「あ、うん。見たよ! めっちゃ良かったよね」


「「「やっぱり春風さんなら、そう言ってくれると思ってた〜」」」


 うちのクラスにアイドルが爆誕していた。春風さんだ。

 朝の教室の、春風さんの席の周りに、数人の女子生徒が集まって、テレビの話題やら、スマホの話題やら、いろんな話題を出しては盛り上がっている。

 みんなが春風さんに話しかけており、春風さんが答えると、それだけでみんな楽しそうだった。


 そう、今日は春風さんの姿が教室にあったのだ。


「あっ」


 そして春風さんは登校した俺の方をチラッと見ると、軽く会釈をしてくれた。

 俺もそれに頭を下げ返し、自分の席に向かうと、隣の席の栗本さんとも軽く頭を下げあって、そんな朝の挨拶をした。


 どこか気怠げな雰囲気が見え隠れしている。金曜日の朝の教室だ。


「あ、あの、隠川くん、おはよ」


「あ、春風さん」


 始業直後。

 春風さんがささっと俺の席のそばに来て、声をかけてくれていた。


「あの、昨日は、栗本さんと一緒に、放課後ウチに来てもらって、ごめん。あと、ありがと。それと、さっき教室に入って来た時、ちゃんと朝の挨拶をできなくてごめんなさい……」


「あ、いや、挨拶ならしてくれしさ……」


「そ、それでもっ……ちゃんとおはようって言いたかったの」


 春風さんが、もじもじとしながら囁くように言う。

 礼儀正しい子だと思う。


 さっき彼女はクラスメイトに囲まれていたから、俺たちは軽い会釈で済ませたんだ。

 ああいうのは、タイミングの問題だ。

 あと……若干、緊張していたのもある。

 春風さんと教室で対面するのは、久しぶりだから、若干一年前のあの日のことを意識してしまうからだ。


「とっ、とにかく、おはよ……。あの、それじゃあ先生来たから、戻ります。また、あとでね」


「あ、うん」


 春風さんは少しソワソワした様子で、自分の席へと戻っていった。


「……っ」


 隣で微かに微笑む雰囲気があった。栗本さんだ。

 隣の席の栗本さんが、顔を綻ばせるように、どこか安心した表情をしていた。


 朝はそんな感じだ。

 そして、今日は欠席の生徒もおらず、一日の授業が始まっていく。


 自分の席に座って。


 ノートを取って。


 授業中、前の席の冬下さんが消しゴムを忘れたとのことで、今日も消しゴムを貸して。


 休み時間になれば、みんながわいわいと談笑を始める。

 やっぱり、春風さんだ。クラスの女子生徒たちは、春風さんの席に集まって、休み時間を満喫しているみたいだった。


 春風さんは、去年から人気のあった生徒だ。

 今日学校に来てくれた春風さんも、なんだか眩しく輝いているように見えた。


 髪はオシャレにふんわりと巻いていて。

 手にはヘアゴムを巻いている。


 マスク姿で、帽子を被り、フードまで被っていた、放課後の春風さんの姿はどこにもなかった。


 涼しげな半袖。会話を途切らせることなく、周りの子達と交わしていく柔らかい喋り方。


 なんというか、次元の違いを再確認した気がした。

 俺は一人、自分の席で座りながら、その姿をチラ見していた。


 俺が学校に来るようになって今日で三日目だ。もう大分、教室の雰囲気には慣れたけど、まだ友達ができていなかった……。


 元々、そんなに俺は友達は多い方ではない。あ、いや、去年はクラスメイト全員と友達になったんだっけ。あの件で気を使われて、みんなが友達になってくれた。

 しかし、一年のブランクがあるから、それは流石に無効になっている。


 だから、友達はゼロだった。


「あ、隠川くん。ごめん! さっきの授業中、消しゴムを貸してくれてありがと!」


「あ、ううん、全然」


「優しい……。す、好きっ」


「冬下さん」


「〜〜〜〜っ


 俺の前に座っている冬下さんが、俺に消しゴムを返すと、途端に真っ赤な顔になってしまった。

 俺の前の席に冬下さんは、いつもこんな感じだったりする。


 あ、でも、そうだ。俺と冬下さんは、友達だ。

 俺にもちゃんと、友達はいた。


 消しゴムの番人の冬下さん。

 心強い友達だ。

 彼女が俺と友達になってくれたお陰で心強い味方ができていた。彼女は俺の心の番人だ。


 しかし、その冬下さんも、俺と目が合うとやっぱりギョッとしてしまう。

 冬下さんだけじゃない。クラスメイトたちは俺と目が合うとギョッとして、慌てて目を逸らしてしまうのだ。

 やっぱり俺と目が合うと発熱してしまう……という、伝承が広まってしまったからだろうか。


「もう、ほんとまずいかも……! 私、今日も隠川くんと目が合っちゃった! 熱が……! あの目が私に熱を出させるの……!」


「隠川くんの視線、まだすごいよね……! もう三日なのに、全然慣れない! 隠川くんと目が合うと、どきっとする! 授業中、心臓がうるさくなる!」


「緊張しすぎて、話しかけられない……。仲良くなりたいのに!」



 でも、あれだ。

 この数日間で、少しずつだけど、クラスメイトたちのことが分かって来た感じではある。

 一応、名前だけは覚えることができていたけど、内面は全然分からない状態だったから、徐々に知れたらいいなと思った。


 そんなことを思いつつも、また授業が始まり、昼前の休み時間、つまり三時間目の休み時間がやって来た時だった。


「隠川くん。こんにちわっ、次の授業が終われば、お昼だねっ」


「あ、安良岡さん」


「どもっ」


 安良岡さんが、来てくれた。

 宝山院くんの彼女さんの安良岡さん。元気で活発そうな女の子だ。


 そして、そんな安良岡さんの後ろ。そこには、爽やかでイケメンな宝山院くんの姿もあって、


「ほら、宝山院くんも、隠川くんに声かけなって」


「み、みずさちゃん……。で、でも、僕……まだ心の準備が……」


「ま〜た、宝山院くんはそんなこと言って。シャキッとしなさい! でないと、私、宝山院くんと別れて、隠川くんに告っちゃうからねっ!」


「「ちょーー」」


 俺と宝山院くんの声が重なった。

 そして宝山院くんはなぜ頬を赤く染めながら、爽やかに俺の前に来てくれたのだった。


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