第28話 幼馴染の制服姿。


 今日は金曜日だ。五月の最後の金曜日。

 明日、明後日の土日が過ぎれば、カレンダーが一枚捲られて、五月から六月になる。


 六月になると、何があるか。


 そう、詩織が学校に通うことになるのだ。


「ほら、もうくん。どうかな?」


「あ、こら……、そんな、くるくる回ったらだめだって……」


 ベッドの上に立って、くるくると回る詩織。履いているスカートが、俺の前で揺れていた。

 今日の俺は朝から詩織の家にやって来ていて、慌ててそんな詩織を止めていた。


「あ、もおくんのエッチっ。んもぉ〜、私の太ももばっかり見て〜」


「ち、ちがっ……、……とりあえずスカート短すぎるから、伸ばそう」


「え〜、じゃあ、やってぇ〜」


「あ、ちょっ……」


 詩織が俺を抱きしめて、俺の胸に顔を埋めながら、身を寄せてくる。

 顔が熱い……。

 そんな風にどきまぎしながら、俺は詩織のスカートを長くしていく。


 女子のスカートはどうして短い人と長い人がいるんだろう……と思っていたけど、あれは、折り曲げているかららしい。ウエストの部分で。


 だから、俺は詩織の制服のウエストの部分をいじって、スカートを長くしていく。


「ふふっ、もおくんの顔、とっても赤いねっ」


 詩織はその間ずっと笑みを浮かべていた。俺の耳とかに、息を吹きかけたりしていた。

 くすぐったかった。詩織の髪が俺の首を撫でて、それもくすぐったかった。


 シャンプーの匂いがする。あと、新品の制服特有の匂いもした。


 本日、俺たちがこうしているのは、詩織の制服を確認するためでもある。

 来週から高校に通うことになっている詩織は、今日、朝から学校に行って、残りの手続きをしに行くそうだ。

 だから俺も朝から詩織の家にやってきて、一緒に学校行こうね、と、詩織と約束をしていたのだ。


「それで、昨日の話はどうなったんだっけ。放課後、栗本さんって子と一緒に、学校をお休みした春風さんの家に行ったんだよね」


「うん、一応、春風さんは今日こそは絶対に行くって言ってた。栗本さんも朝から春風さんの家に寄って、迎えに行くとも言ってた」


「おお。もおくんのおかげじゃん」


「ううん、違うよ。栗本さんのおかげだよ」


「ふふっ。私、もおくんのそういうとこ、好きっ」


 詩織が微笑みながら、機嫌も良さそうだった。


「これぐらいでいいかな……」


「あ、もうちょっと長くしよっ」


「わ、分かった」


 俺はドギマギしながら、それからも詩織のスカートの調整を終えた。


「じゃじゃーん。どうかな? 私の制服姿、似合ってる?」


 改めて、ゆっくりとその場で回り、制服をお披露目してくれる詩織。


「……似合ってる」


「本当に似合ってる?」


「うん。似合ってる」


「えへへっ。ありがとっ。でも、もっと言って。もっと可愛いって言ってっ」


「あ、詩織……。シワが……せっかくの新品の制服にシワができるから、ダメだって」


「シワは気にしなくていいよぉっ。可愛いって言いながら、抱きしめてよっ」


 ぎゅっと俺を抱き締めた詩織が、そのままベッドへと倒れ込んだ。


 ミシリ、と軋むベッド。ぐしゃっと布が擦れ、詩織は俺に頬擦りをしていた。

 今の詩織はややテンションが高めだ。

 昨日の夜からだった。「明日、制服着るの楽しみ!」と寝る前に電話をかけてきて、一晩中、そんな話をしていた。


 詩織が、本格的に学校に行くのは来週だ。

 だから、今日は用事が終わったら、数分で帰るとのことだ。

 それでも、詩織は楽しそうだった。


「制服姿で、こうしてもおくんを抱き締めて、私、今、ものすごく青春っぽいっ。ねえ、もおくん、もっと私のこと見てっ。見ながら、頭、撫でてよっ」


「せっかく髪もちゃんとしたのに……」


「それは、またやればいいもんっ。ねえ、やってっ」


 ……まあ……いいか。


「んっ、もおくん……っ」


 俺は詩織のベッドの上で、腕の中にいる詩織の頭をそっと撫でた。詩織はくすぐったそうに、俺にまた頬擦りをしてくれた。

 今日は余裕を持てるように早めに起きた。だから、まだ始業までは一時間ぐらいある。


 詩織の髪の長さは、肩ぐらいだ。それを軽くセットしてあって、手触りがいい、さらさらな髪になっている。

 靴下は黒。ハイソックスで、スカートと靴下の間には細い足が除いていた。

 服装は、夏服。詩織は半袖だ。俺ももう半袖だ。


 そんな制服姿の詩織は……可愛かった。

 中学以来の制服姿の詩織だ。


 詩織も制服を着るのは、久しぶりらしい。

 おばあちゃんの家に引っ越している間は、田舎の方で学校の建物自体もなかったから、制服を着ることもなかったそうだ。


「周りに学校なかったから、テレワークだったから!」


「それは……テレワークなのだろうか……」


「えへへっ」


 でも、何となくニュアンスは伝わった。

 一応、そういう話は前もしたもんな。


「ねえ、もおくん、私の制服姿、本当に可愛い?」


「……可愛いよ」


「ふふっ。知ってるっ。だってもおくん、顔とっても赤くなってるもんっ。じゃあ……いいよ? せっかくだし、またこの前の続きしよ?」


「こ、この前の続き……」


「……もおくんも、したいって思ってるよね? だから……朝からしよ?」


 頬を赤く染めている詩織の顔がある。

 その瞳は潤んでいて、ベッドの上で俺の背中をぎゅっと抱き締めている。


 ……可愛かった。ただ、そう思った。


 この前も、そう思った。詩織とこうしていると、無性にそう思ってしまう。


「「………っ」」


 俺たちは、抱き合ったまま、見つめ合うと、お互いに顔を近づけていた。近づいていく唇。詩織のピンク色の唇から、微かな吐息が漏れていた。


 そして、もうちょっと、


 あと、少し……。


 ……しかし、その時だった。


「おにーち〜ゃん。しおりちゃ〜ん、お母さんが朝ご飯できたから、食べにおいでって言ってーーあ”」


「「あ”」」


 ……さ、最悪だ。


 ……確か、この前もこうだった気がする。


 部屋のドアが開けられて、そこにいたのはうちの妹だった。そんな妹はベッドで抱き合っている俺たちを見て「あ”っ」という顔をしていた。


「お兄ちゃんが……朝から不純なことをしようとしてる!」


「「わ、わああああああ!」」


 俺と詩織は焦った。

 そして詩織は真っ赤な顔を隠すように、俺の胸に顔を埋めていた。



 そんな風に、今日は朝からバタバタしつつも、俺たちは一緒に高校へと登校して。


「じゃあ、もおくん、行ってらっしゃいっ。私も行ってきます」


「うん。行ってらっしゃい」


 事務室で手を振って別れた俺は、詩織を見送り、教室へと向かうのだった。


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