第31話 よろしく


 仕切り直して、昼食だ。

 少しもんわりとした生暖かい空気の教室の中で、俺は宝山院くんたちと何事もなかったように、食事を始めるーーというわけにも、いくことはなく、若干変な感じになっていた……。


「あ、あのね、二人とも。私、二人のこと、応援するから、がんばっ」


「「ちょーー」」


 宝山院くんの彼女の安良岡さんが、赤い顔でもじもじとしながら、俺と宝山院くんのことを応援してくれた。


 恋の形は人それぞれ。

 そこには、性別の壁なんて存在せず、そんなものは些細なものだと、彼女の目は雄弁に語っていた。


 でも……なんだろう、この雰囲気は……。クラス中から、視線を感じる……。特に女子生徒たちが、俺と宝山院くんのことを意味深な目で見守っている気がする……。


 やっぱり、宝山院くんは前から怪しかった……だとか、二刀流だとか。みんなどこか応援するような顔をしていた。安良岡さんも、俺たちに気を使って、少し距離をとってくれているみたいだった。


 しかし、友達か……。

 宝山院くんが「僕と友達にならないかい?」と言ってくれた。

 俺はその言葉に、思わず感動してしまうほどだった。


 俺には友達がいない。

 だから、ありがたい申し出だ。

 だけど……なんでだろう、若干照れ臭かった。自分の顔が赤くなるのを実感した。


「あ、あの、俺でよければ、よろしくお願いします」


「ああ、よろしくお願いするよ。とりあえず、お近づきの印に、これをどうぞ」


 宝山院くんが、そう言って弁当箱の中のニンジンをくれる。

 ハートマークにカットされたニンジンだ。


 俺は子ウサギのような気持ちでそれを食べた。甘くて、美味しかった。あと、やっぱり若干照れ臭かった……。



 それからは、引き続き、安良岡さんと宝山院くんとの3人で弁当を食べていく。


 でも、あれだ。こうして目の前にいる二人を見ていると、普通に甘酸っぱいと思ってしまう。

 宝山院くんと安楽岡さん。恋人同士で、手作り弁当を食べているんだ。


 カップルでそうやって昼休みを過ごすと言うのは、憧れる人も多いと思う。ドラマとか、小説とか、漫画とかでも、恋人同士は必ずと言っていいほど、一緒にお昼を食べるイベントがあって、それが青春の一ページになるのだ。


 中学の頃や小学生の頃は、給食だったから、あんまり青春っぽさはなくて、給食は決められた席で食べてたから、ほんのわずかな息苦しさを感じていた。それでも、席が決まっていると言うことは、一人で食べることはなくみんなで食べるということだから、それはそれでいい面はあったと思う。


 そして高校に入ってからの俺は、基本的に昼休みは一人だった。

 一年の頃は友達はいたけど、一年の頃はクラスの感じ的に、昼は自分の席で食べるみたいな雰囲気があったから、一人で食べていた。


 二年の頃、つまり去年はお察しの通り、あんな感じだ。

 引きこもっていて、学校に来てなかったから、ほとんど思い出なんて残っていない。


 でも……確か、ああなる前。

 自分の席で弁当を食べていた俺は、当時、隣の席だった春風さんと何回か一緒に会話をしながら食べた気がする。


 お互いに自分の席に座ったままだったから、一緒に食べたという感じでもなかったけど、ふと、そんなことを思い出した。


「でも、あれよね。隠川くんは友達多いから、結構友達付き合いとかも大変でしょ」


「そうだね。聞いたよ。隠川くん、去年、クラスメイト全員と友達だったんだよね」


「え”」


 色々思い出しながら食事をしていた俺は、思わず箸を止めてしまった。

 なぜか、目の前の宝山院くんと安良岡さんが、感心するような、それでいて尊敬するような瞳で見ていたからだ。


 去年の俺が、クラスメイト全員と友達だった……。

 確かにそんなこともあったけど……でも、あれは友達というよりも、お情けでみんなが友達になってくれたと言う感じだった。


「やっぱり隠川くんは、人望があるから、友達も多いんだろうね」


「聞いたよ。隠川くん、この一年、留学してたんだよねっ。やっぱりこれからの時代、グローバルだから、隠川くん、そのために留学してたんだ。さすが、目の付け所が違うわね」


 キラキラとした瞳を、安良岡さんが向けてくれている。


 それも、そうだった……。俺はこの一年、留学をしていたと思われているんだった……。

 ……でも、違う。ずっと引きこもっていただけだ。あと友達も皆無だ。だから、期待される目を向けられると、心がズキズキと痛んだ。


「もう、ほんと、うちの彼氏とは大違いよ。だって宝山院くん、ぼっちなんだもん!」


「ちょ、ちょっと、みずさちゃん! そんなにはっきり言わないでよ……」


「いいじゃない。だって本当のことなんだもん。友達がいないから、隠川くんと友達になりたいって、宝山院くんが私に相談したじゃない」


「そ、それはそうだけど……!」


 宝山院くんが、恥ずかしそうにそう言っていた。


 しかし、宝山院くんには友達がいない……。

 それはなんというか、多分、俺に気を遣ってくれているのだろう。


 多分、俺が今日も一人で休み時間を過ごしていたから、宝山院くんは気を遣ってくれて俺に話しかけてくれたんだ。


 なんせ、宝山院くんはこんなに爽やかなんだ。

 俺とは違って、友達も多いはずだ。


 感動した。


 宝山院くんは、顔だけではなく、心までイケメンなのだ。


「宝山院くん……ありがとう」


「え、あ、うん……。どういたしまして?」


 俺は熱いものが込み上げてくるのを感じながら、宝山院くんにお礼を言った。

 そんな風に食事をしていき、食べ終わったあと、お茶を飲みながらも言葉を交わしていると、こんな話にもなった。


「でも、隠川くんってかなりモテるでしょ? だって、かっこいいもんっ。彼女とかいるでしょ?」


「あ、いや、そんな……」


「でも、仲良い子はいるでしょ。多分、みんな隠川くんのこと、気になってると思うよっ」


(((じー)))


「…………っ」


 ……み、見られている。


 教室内の視線が集まっている。


 女子生徒たちが耳だけをこっちに向けるのではなく、体ごとこっちを向いていた。

 チラッと目が合うと、みんなギョッとした顔をして、顔を赤くしているけれど、それでもこっちを見ていた。


 あと、教室内には春風さんもいて、安良岡さんが俺に恋話をし始めた瞬間、焦ったような顔になっていた。

 一年前……俺と春風さんの間には、恋話が原因で色々あったもんな。だから、多分、それを気にしてくれているのだ。


「まあ、でも、何かあったら私も相談のるよっ。私、恋愛相談されること多いから、恋に悩んだら私を頼ってね」


「「「あの、安良岡さん! 相談があります!」」」


「わわ!」


 ダダダダ! と、一斉に立ち上がった女子たちが、安良岡さんの元へと集結していた。

 どうやら、恋に悩める乙女たちが、このクラスには数多くいるようだった。そんな風に思ってもらえるなんて、その相手はきっと幸せ者なのだろう。



 そして、その後。

 昼休みも終わりの方に近づいた時だった。


「隠川くん、宝山院くんと友達になってくれてありがとね。ああ見えても宝山院くんは頼りないから、隠川くんも、もしよかったら色々よろしくお願いします」


 安良岡さんはそう言うと、改めてよろしくね、と言ってくれたのだった。


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