第37話 <extra edition3 展望>

 K市での成功の後、私は出張の度にユウジ君を誘った。もっとエッチを経験して、可能であればセックスが気持ち良いという感覚を味わってみたい。私が「しようよ」と誘うと、ユウジ君は私を抱いてくれてエッチをする。K市と次の出張くらいまではプレゼンの打ち上げを口実に誘い、スーツ姿からのスタートだったが、誘えば乗ってくれると分かった以上、プレゼン後にこだわる必要はない。出張中に部屋に呼びつけた時にシャワーを浴びてからエッチをするようにした。その方が汗や匂いを気にしなくて良い。

 ユウジ君は何を思って私を抱くのか?欲求不満の解消や、普段口うるさい女上司を押し倒してストレス解消をしているのかもしれない。私へ愛おしいという感情を持ってくれたら最高だが、無理な望みだろう。5歳年下のモテる男性が30女に手を付けてくれただけでも儲けものと思うべきだ。しかし、それでも一応私が誘い、私が身体を許すという体裁は保った。私が主導権を握っていないと歯止めが利かなくなると思ったからだ。出張先でのエッチを続けていく内にユウジ君の方から甘えてくることもあったが、何回かに1回はわざと断るようにして、いつでもヤレる“都合のいい女”にならないように気を付けた。実際に私がダメだと断るとユウジ君は残念そうな顔をするものの、私に乱暴をするようなことは無かった。

 ユウジ君との秘密の実戦のおかげでサイトや雑誌での独学も捗るようになった。学んだ事を試す機会があるのだから、これまでよりもモチベーションが上がる。男も乳首を指や舌で刺激すると気持ち良いらしいとか、竹荘が無理やり私にさせようとしたフェラは男が最も喜ぶ前戯らしい等、実践が追い付かないくらい知識ばかり増えていった。私もただ寝転がって為されるがままでは、そのうち飽きられる。男を喜ばせる、気持ち良くする術を身に着ける必要があるのだ。事前にスマホで確認して、学んだことを少しずつユウジ君で試していく。ユウジ君の乳首を指で弾いたり舐めたりして反応を確かめてみたし、ディープキスでは闇雲に舌を動かすのではなく、唇や歯に沿って緩急をつけて舐めるようにした。ユウジ君の勃起したモノに私がコンドームを着けたり、外したりするのもやってみた。恥ずかしそうに「自分でします」と言っていたが、いずれは終わる関係だろうから1つでもたくさん学んで、経験しておきたい。

 ユウジ君の方から私が気持ち良い事を色々してくれるのもモチベーションアップに繋がっている。男と言う生き物は自分がイクことはもちろんだが、女をイカせて喜ぶらしい。ユウジ君も私の身体を隅々まで優しく愛撫してくれる。一番嬉しかったのは、クンニだ。ユウジ君は竹荘が臭いとバカにした私の股間を舐めたり、クリにキスをしてくれた。U市出張の時にユウジ君が私の肩こりや足の疲れをほぐしてくれた後じゃれ合い、私を脱がせて舐めてくれたのが初めてだった。シャワー後だったが匂いは大丈夫だろうか、形が変で気持ち悪くないかと不安だったが、ありがたいくらいに丁寧に舐めてくれて、すごく気持ち良かった。何回かクンニを経験している内に、セックスでよりも先にクンニでイクことができた。男性に快楽へ導かれた初めての体験であった。私は今でもユウジ君にクンニをしてもらうのが大好きだ。

 逆に、私が必要以上に反応してしまったのもU市出張の時だ。ユウジ君にバックで挿入された時、否応なく竹荘との夜を思い出さされた。私の口が臭いと言って正面から抱かれず、動物のように「四つん這いになれ」と命令され、痛くて逃げようとする私を押さえつけて無理やり男根をねじ込まれた。ユウジ君は私に乱暴なことはせず、気遣いながらしてくれたが、やはり悔しい気持ちがこみあげてきた。彼がイクまで我慢した後、彼の頬を叩いた。半分八つ当たりだった。

 色々な出張先で4~5回ユウジ君とのエッチを経験し、セックスで痛みを感じることが無くなり、エッチの回数を重ねる度に少しずつ気持ち良くなることが増えていった。そしてついに、セックスでもイクことが出来た。M市出張の朝のことだ。騎乗位はこれまでも何度か試して、当初はぎこちなかった腰の動きも、コツをつかんで滑らかに動かすことが出来るようになっていたが、まだイクことはできていなかった。M市出張の朝は、ユウジ君にソファーに座ってもらって、私がその上に乗り、エッチをした。騎乗位は自分の気持ちがいい場所に当たる様に自分でコントロールできるのがいい。自分の指の代わりに彼のモノを使わせてもらって、位置や強さを調節しながら刺激することで、演技ではなく初めてセックスでイクことができた。


 まだ若葉マーク付きだが、たぶん人並みに男性とエッチが出来る自信がついてきた。これで条件結婚ででもいい人さえいれば、結婚も妊娠もできるはずだ。しかし一方で、ユウジ君に情が移ったと言えば“上から”だが、ただの部下、ただの練習台とは割り切れない感情も芽生えてきた。優しいし、信頼できるし、いい匂いもするし、ユウジ君は男として『いいヤツ』なのである。ユウジ君とのエッチは、「セックスの練習」から「気持ち良くなるため」へと次第に位置づけが変わり、さらに最近では、肉体的快楽と共に精神的な癒しや安心、喜びや満足も感じるように変わってきた。私はユウジ君を好きになってしまったのだ。

 もちろん30を過ぎた私が年下の彼氏をゲットしようなんて“むしがいい”ことなのは分かっている。しかも、私の年齢を考えれば、恋人でありながら、いずれは結婚相手になってもらう必要がある。私は仕事に生きてきて社会的地位とお金はあるが、料理は出来ないし、掃除や片付けもいい加減で女子力が低い。口喧嘩になればこちらの善悪に関わらず相手を論破してしまう面倒くさい女だ。

 さらに、仮にユウジ君と恋愛関係になれたとしても、社内恋愛をする自信が無かった。気持ちが浮ついて仕事が手に着かなくなったり、周りにバレずに関係を続けるのは不可能に思えた。もしバレたら、私は部下に手を出したイタい女のレッテルを貼られる。職場には居られなくなるだろう。

 いずれユウジ君との関係を清算しなければならない。例えば人事異動でペアが変われば、きっと今の関係は脆く崩れることになるだろう。分かってはいるが、色々と経験させてくれた、教えてくれたユウジ君に感謝すると共に、上手に幕引きする方法を考えなければならないと思っていた。


 そんな私に奇跡が起きた。大袈裟だが『奇跡』としか言いようない。

 年末に料理支援アプリのアップデートで残業が続いていた。私とユウジ君と総務の栩木さんと晩御飯を食べていた時に、会話の流れで婚活や社内恋愛の話になった。私は当時考えていた事をそのまま話したが、その後ユウジ君が明らかにヘコんでいた。

 「何が地雷だったの?」と聞くと

 「俺が勝手に勘違いして、舞い上がっていただけですから。」と歯切れが悪い。

 「もしかして社内恋愛のことかな?」と聞いてみると

 「俺、先輩のことずっと、、、」ユウジ君が私を好きだという気持ちを伝えようとしてくれた。しかし、ここでユウジ君に告白され、決断を迫られるわけにはいかない。社内恋愛の可否など整理すべき課題があるのだ。

 「ダメ!……今は言っちゃダメ。……聞きたくない。」私は咄嗟に強い口調でユウジ君の告白を強制停止させた。

 「今言われると、私、振るしかないから。…今の案件が片付いて、落ち着くまで待ってよ。私も考えているところだから。」そう言って、その場を収めた。なんと!ユウジ君も私へ恋愛感情を持ってくれていて、その気持ちを私に伝えようとしてくれたのだ。嬉しい気持ちの方が強かったが、どう関係を整理するのか悩ましいと思う気持ちも少なからずあった。しかもあまり先延ばしも出来なくなってしまった。


 年末年始、この年も博多の実家へ帰る。ミオには可愛い娘が生まれていた。

 私は実家でもユウジ君との関係についてずっと考えていた。約8年間恋愛から遠ざかっていたが、久しぶりのチャンスだ。しかも、私とのキスもセックスも厭わない相手との恋愛であり、今までのような口先だけの男とは違う。二人の気持ちが同じであるならば、是非付き合いたいというのが一番目の決定事項であり、できればこのままユウジ君と結婚に持ち込みたい。そこから考えたユウジ君との関係で、一番理想的なプランは、二人で付き合うことにして、会社にバレないように関係を育むだが、会社にバレずには難しいだろう。一番現実的なプランは、どちらかが退社して、二人で付き合うだろう。この場合、私の方が会社を辞めた方が良い。いくつか引き抜きの声をかけてもらっているから、転職にも苦労しないはずだ。

 新年が明けて家族と車で太宰府天満宮まで初詣に行った(可愛い姪っ子ちゃんはパパとお留守番だ。)。参拝の後、帰りに竈門神社にも寄ってもらった。

 「えっ、お姉ちゃん。今、竈門神社って言った?」

 「そうよ。ここから近いんでしょ。」

 「そうだけど、急にどうしたの?…あれれー、好きな人でもできた?」縁結びで有名な神社だ。ミオが不審に思い、からかってくる。

 「どうでもいいじゃない。嫌なら私一人で、タクシーで行く。」助手席から降りようとした。

 「ダメダメ、お姉ちゃん。ミオが責任をもってお姉ちゃんを竈門神社までご案内しまーす。途中で帰るって言っても逃がさないわよ。ふふふ。」

 「よし、ナオ。俺が縁結びのお守りを買ってやる。」と父親も乗る気だ。

 「お父さん。ナオがせっかくやる気になったんだから、この際御祈願もしてもらいましょうよ。」母親がダメ押しをする。

 「そうだな。ミオ、ナオの気が変わらないうちに走れ。」

 「イェスッサー」ミオが運転するFITが走り出した。

 竈門神社も初詣の参拝者で賑わっている。太宰府天満宮は学生や家族連れが多かったが、こちらは若い女性が多い。羨ましい事に初詣デートと思わしきカップルまでいた。私が場違いなのは分かっているし、ガラでもないのも分かっている。しかし、ユウジ君との出会いや、ユウジ君が私に恋愛感情を持ってくれたのは、人生最初で最後のチャンスかもしれないのだ。私にはもう他の男性とやり直す時間も気力もないから、彼との関係が上手くいって結婚したいし、いずれは彼の子供を授かりたい。自分では今まで神頼みなんてしたことが無かったが、縋れるものがあるなら何にでも縋って、ユウジ君を逃したくない。

 私は普通に列に並んでお参りをして、お守りを授かって帰るくらいのつもりだったが、両親が有無を言わさず早々と祈願の申し込みをしてしまったので、私は一人神殿に上がり、神前に榊を供え、御下がりとしてお守りやお札をいただくことができた。御祈願の後は不思議と清々しい気持ちになり、根拠は無いが彼との関係が上手くいくような気がした。いただいたお守りは鞄に入れて、どこに行く時でもできるだけ持ち歩くようにした。


 仕事始め。特に急ぎの仕事は無かったが、ユウジ君に無理やり残業をさせて、二人でタクシーで帰るシチュエーションを作った。出張の予定が無いので、私が彼の家に乗り込んで話をつけるつもりだ。

 彼の家で、私からユウジ君と同じ気持ちであること、つまり私もユウジ君が好きだと伝えた。その後これからの二人について現実的なプランを説明したが、彼は「仕事を急いで辞めることは無い」と言い、とりあえずは今までのように関係を秘密にしたまま付き合うことになった。まずは転がり込んできた幸運をものにすることができたと言える。

 私とユウジ君はお互いの家を行き来するようになり、次第に私が彼の家に行くことが定着し、彼の家で関係を深めた。今までは出張中のホテルでしかエッチをしたことが無かったが、当然彼の家でも抱かれて、それが3日連続、4日連続と続いた。私は付き合うことになってからは生理の時以外は全て受け入れ、何回かに1回断る中途半端な対応は止めた。当初は、毎日しても疲れないのか、チンチンが痛くならないのかと心配したもとのだが、本人曰く大丈夫らしい。

 付き合うにあたってユウジ君に何よりもまずお願いしたのが「浮気だけはしてほしくない」である。「フェラしたくないとか、バックは嫌だとか我儘ばかり言っておいてなんだけど、浮気だけは絶対にしないでね。」と釘を刺した。今まで付き合った男とは、私が身体を許さなかった事、身体を許しても入らなかった事が原因で関係にヒビが入り、他に女を作られて別れることになった。この点、ユウジ君とは既にエッチが出来ているし大丈夫だとは思うが、私にとっては初めてエッチが出来た彼氏であり、私は年上で我儘だ。若い女や狡猾な女にユウジ君を横取りされないかと不安ではある。特に、ユウジ君が優しいのをいいことに「一度だけ」と“泣き落とし”でユウジ君と関係を持ち、彼の精子を掠め取るような女がもしいたら、そいつには絶対に負けたくない。ユウジ君に浮気や二股をしないでとお願いしている時に、過去の悔しい記憶や屈辱を思い出し、知らず知らずのうちに涙が出てきた。

 もう一つ避けて通れない話題は私のコンプレックスである。いつか、ちゃんと話さなけばならないと思っていたが、彼の方から私とのキスが好きだと言ってくれたので思い切って話をした。元彼に言われた事や医者の診断内容も正直に話した。ユウジ君は「臭くないですよ」とは言ってくれなかったが、それでも私とのキスが好きだ言い、ディープキスもしてくれた。ユウジ君がキスをしてくれる度に、私を正面から抱いてくれる度に「私も普通に男性と恋愛をしても良い」と呪いが解けていくように感じた。


 ユウジ君と付き合いだしてからおおよそ1ヶ月が過ぎ、K市で秘密を共有してからも約1年が過ぎようとしている。男性といい雰囲気のままこんなに長く関係が続いたのは初めてだ。ケンカを何度かしたが、別れるような重大な内容ではなかったし、彼の方から謝ってくれて私も矛を収めやすかった。

 心配していた社内恋愛もバレずに上手くいっている。ユウジ君に別人格があるのではないかと思うくらい「普通の部下」を演じてくれた。自分から秘密を守ろうと言っておいてなんだが、オフィスでのユウジ君は「本当に私のことが好きなのだろうか」と不安になるくらい徹底されていた。逆に私の方が舞い上がっていて、鈴木先輩に「半田さん、いいことがあったでしょ」と勘繰られたくらいだ。

 私はユウジ君が好きだし、ユウジ君も私が好きだと言ってキスもエッチもしてくれる。私には新鮮だし、楽しくて幸せだ。一方でユウジ君も今の関係を楽しんでくれているとは思うが、この先をどう考えているのだろうか?と不安が頭をよぎる。「今までの時間よりも、これからの時間の方が長いから大丈夫ですよ。」と彼は言ってくれたが、ユウジ君はまだ若くて焦る必要はない上にモテる。私ではない誰かをいくらでも選ぶことが出来るし、選ぶ時間もある。年下の彼女とゴールインする友達を見て思うところもあるだろう。私は彼の言葉に将来を期待しつつも、このままずっと期待して待っているだけではダメだと思い、ユウジ君の家族構成や宗教、借金の有無等、いわゆる“身体検査”を少しずつしていくことにした。私にも結婚をする上で心配する必要が無いことをそれとなく伝え、私の将来への期待を察してもらうように仕向けた。

 この上で、1年くらいは様子を見よう。そして1年間もしユウジ君から何もなければ、私から「結婚してほしい」とユウジ君に伝えようと思う。このままの関係でも十分楽しいが、私は結婚も出産もしてみたい。もし私からユウジ君に結婚を迫って断られたら、他の男というわけにもいかず、私は一生結婚が出来ないかもしれない。しかし、それでも多分悔いはないだろう。約1年間幸せな夢を見れたと、いい思い出を胸にしまって残りの人生を過ごすことになるのだ。


 S市出張。この時にユウジ君は『記念日』の約束をしてくれた。

 「ユウジ君は女の人とゴムを着けずにセックスして、女の人の中に出したことある?」

 「無いですよ。子供ができちゃうかもしれないじゃないですか。」即答してくれた。目を真っ直ぐに見て念を押したが本当だろう。

 「私も男の人とゴム無しでセックスしたこと無いの。まぁ当然だけどね。で、提案なんだけど、いつかユウジ君と私の二人でちゃんとお祝いをして、二人で初めての何もつけないセックスをしようよ。」ユウジ君だって妊娠の危険があると認識しているにも関わらず、図々しい提案だ。しかし、私とのこれからの事を考えてほしかったし、この前日に初めて男の精子を身体に浴びて興奮していたのもあったかもしれない。調子に乗るなと怒られると思ったが、

 「なんか、記念日みたいでいいですね。」と意外なくらいにあっさりと同意してくれた。

 「とにかく言いたかったのは、“いつか”で良いからユウジ君と二人で初めて同士の記念をしたいってこと。このまま関係がずっと続けばベストだし、もし別れることになっても二人の秘密の思い出にしようよ。だからプレッシャーに感じたり、重い女って思わないでね。」とユウジ君を追い詰めないように説明を補ったりしたが、やはり彼はプレッシャーに感じたのだろう。しばらくの間、適当な相槌をするだけで上の空だった。

 雰囲気を変えるため、水を飲みたいことを口実に身体を離して、水分補給をした。冷たくて気持ち良い。

 「ユウジ君もどうぞ。」ペットボトルを向けて声をかけた。

 「いただきます。」ユウジ君がベッドから降りてきて、数口水を飲んだ後、冷蔵庫に仕舞ってくれたが、ユウジ君のモノが勃起したままでユラユラ揺れているのが面白くて笑ってしまった。

 「そりゃあ、ついさっきまでナオさんの中に入れてましたし、ナオさんが綺麗だからですよ。」ありがたい事だ。

 「じゃあ、こんなのはどう?…ねえ、どうだった。ははははは。」おふざけで雑誌で見たモデルのようにポーズをとってみる。全裸のまま何をやっているんだとは思うが、背丈が中途半端でギリギリCカップの私の裸をユウジ君は綺麗だと言ってくれる。

 「綺麗だよ。ナオ。」ポーズを3つ4つキメている時に、突然力いっぱい抱きしめられた。

 「ちょっと、なによ急に。ちょっと痛いよ。」

 「俺、M市出張の時に、全裸のナオさんに見とれてしまったの思い出した。」

 「M市?」…っていつの事だっけ?ユウジ君と向き合い、背中に手を回して思い出そうとするが、ユウジ君の方が背が高くて見上げる形になり、彼の逞しい腕に抱きしめられ、力が強いなぁ、硬い腕だなぁ、いい匂いだなぁと別の事を考えてしまった。

 「リビングと寝室の2区画あるお部屋で、朝にエッチした時です。」

 「ああ、朝からソファーでしたねぇ。……綺麗だった?私を喜ばそうとして無理してない?」

 「綺麗だったし、今も綺麗だよ。」ユウジ君に抱きしめられたまま見つめられる。

 「どこ見てるのよ?…あ、目尻のシワを見てない?ノーメイクなんだから至近距離はヤバイって。」恥ずかしくなって人差し指で目を吊り上げて狐目になり、誤魔化そうとした。

 「ははは、ナオのは笑い皺だよ。…俺、ナオをずっと笑顔にしたい。」何だ今のは!プロポーズだったのか?時々どさくさに紛れてユウジ君は私の事を呼び捨てにするのは今は置いといて、もっと明確な言葉をもらわないと返事が出来ないではないか。

 「ユウジ君は『半田ナオの仕様書』みたいなのを持っているの?嬉しいことばかり言ってくれる。」

 「そんなのがあれば欲しいですよ。」

 さあ、もっと私が喜ぶ言葉を聞かせて頂戴と思ったが、ここまでだった。私は勘違いをして一人で舞い上がってしまったが、これもいい思い出になった。私を好きになってくれてありがとう。私の呪いを解いてくれてありがとう。私との秘密や思い出をたくさん一緒に作ってくれてありがとう。ユウジ君にたくさんの「ありがとう」の気持ちを込めてキスやエッチがしたい。

 「ねえ、続きしようよ。ありのままの私を抱いて。」


 ユウジ君が私の誕生日のお祝いをしたいと言ってくれた。東京スカイツリーに連れて行ってくれるらしい。これまで外でデートするのは嫌だと言ってきたが、外でディナーをいただくデートもしてみたい。誕生日だけの特別だと自分に言い聞かせてやってみることにした。世の女性たちは誕生日に男性からアクセサリーをもらえたり、美味しい食事に連れて行ってもらえるらしいが、私は自分の誕生日を彼氏に祝ってもらったことが無い。30を過ぎた今となっては目を背けたい日でもある。だからユウジ君には「あまり張り切って、気を遣わないでね。一緒にお祝いしてくれるだけでも嬉しいんだよ。」と伝えてある。大袈裟にして負担に思われたくない。

 4月10日(水)19時にスカイツリー天望デッキ。約束通りの時間に着いたがユウジ君はまだのようだ。しばらく待っているとユウジ君がエレベーターから降りてきた。

 「少し遅くなりました。すいません。」

 「いいのよ。上手く職場から抜け出せたみたいね。」

 「じゃあ、一周回りましょうか。」ユウジ君とデートで初めて外を歩く。周りもカップルや友達同士でゆっくり見て回っている。途中、同じようにカップルと思しき二人から写真を撮ってほしいとお願いされ、ユウジ君が対応した。ユウジ君が「せっかくだから俺達も」とその二人に私たちの写真も撮ってもらった。恥ずかしかったが「普通のデートってこんな感じなんだ」と新鮮に感じた。

 「もう少し上のフロアにも行けるんですよ。俺チケット買ってきます。」

 「うん、ありがとう。」

 フロア450。ここが最上階みたいだ。こちらは天望デッキに比べて空いていて、ゆっくり夜景を楽しむことが出来た。鞄からスマホを出して、落ち着いて画像を撮ることができる。

 「ユウジ君、新宿ってどっちかな。」

 「こっちですよ。」

 「遠くの方は光の点がたくさんあるだけで、都庁やホテルとかも分からないね。」何とか綺麗に夜景が撮れないかと色々試すが、画像が暗かったり、ブレたりで上手く撮れない。

 「ナオさん。」

 「ん、なにー?」ユウジ君から声をかけられたのは分かったが、スマホの操作に夢中だった。

 「結婚してください。」

 「え、………」聞き間違いか、あるいは切望するあまりに、ついに幻聴が聞こえたのかと思った。ユウジ君の方を見るとティファニーブルーのケースにリングが入っている。しかもユウジ君も真剣な表情だ。これは夢ではなく現実だ。速くOKの返事をしないとと気が焦るが、本当に驚くと人間すぐには言葉が出ないものである。

 「はい。…よろしくお願いします。」やっと声が出た。私の気持ちを言葉で伝え、ハグやキスでも伝えたい。急いで背伸びをしようとするあまり、右側のパンプスが脱げて倒れ込むようにユウジ君に抱き着いた。ユウジ君も私の腰に手を回し、優しく抱きしめてくれたが、左側の方も自分で脱いで床に立ち、やっと背伸びをして唇にキスができた。

 「もっと先になると思っていた。ありがとう。本当に嬉しい。」

 「喜んでもらえてよかったです。」

 「指輪も用意してくれたんだね。…私がティファニー好きなの言ったことあったっけ。」後で聞いた話だと、伊予丹百貨店で相談して決めてくれたらしい。

 「左手を貸してください。」

 「はい。へへへ、照れるなー。」ユウジ君はケースから指輪を取り出し、フットカバーのまま床に立つ私の左手薬指に指輪を入れてくれた。よく見ると『セッティング』ではないか。私の憧れであり、どんなに欲しくてもこればっかりは自分で買うことが出来なかった指輪だ。

 「少し大きかったみたいですね。」ユウジ君が苦笑いしている。

 「いいよ。何号か言ってなかったし、サイズ直しもできるはずだから。」

 「今度は二人でお店に行きましょう。」

 「うん。」

 思い返せば遠回りをし、自ら幸福を遠ざけ、だいぶ時間がかかってしまった。勉強も運動もできた良い子ちゃんだった私は、弁論で身に着けた力で自分が気に入らない人間を言い負かせる面倒くさい女になり、貞操を守るマイルールを自分に課したばかりに十分な性体験を積むことが出来ず、重い枷を引き摺ることになった。さらに自らの不摂生、不養生もあったが、男から屈辱を受けたあげくに呪いの言葉をかけられた。こんな私をたった一人の男性が、たった約1年で、人並みの女性が味わう喜びや楽しみや快感や幸福の全てを私に与えてくれた。刈谷ユウジ、私の夫である。運命だったのか、竈門神社の御利益だったのか分からない。ただ明るい展望が開ける奇跡が起きたのは間違いがない。

 「この後、近くのレストランも予約しているんです。そろそろ行きましょう。」

 「そうだね。お腹も空いてきた。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ナオさんとの思い出 @edage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ