JKはメモを取る

APERTO

 三月三十日 火曜日 十二時二十分――


 ボールパイソンの花ちゃんを発見したが、依頼人である染倉寛子は、変わり果てた花ちゃんの姿に顔をしかめただけで、家事代行の立花恵里に始末するようにとだけ伝えた。真琴はずっとしかめっ面のままだった。

 安賀多たちはお役御免とばかりに、早々に追い出され、駅前まで戻って昼食をとるため、開いている店を探すことにした。


 玲子が行ってみたい店があるというので、駅の反対側まで足を延ばす。


 それは大通りを外れたところにある一軒家を改装したイタリアンレストランだった。庭先に木の子ども椅子が置かれていて、そこに『APERTO』とチョークで書かれた小さな黒板が掛けられていた。イタリア語で開店という意味らしい、と検索魔の真琴が、安賀多に囁いた。店内は混んでいたが、運よく四人席がひとつだけ空いていた。


 通された席は、木漏れ日が差し込み、庭が眺められる席だった。コルク材で覆われた壁は温かみがあり、この雰囲気だけでも平日にも関わらず混雑している理由が分かるようである。安賀多はメニューを受け取りながら、目に力を込めて玲子を見る。

「ここは私に任せて、レディたちは好きなもの頼んで」

「そんな、無理行って来ていただいたのに申し訳ないです」

 玲子は断ったが、安賀多は「男の矜持きょうじです」と言った。

「それじゃーお言葉に甘えて」

 かっこつけている安賀多に冷たい視線を送りながら、真琴がメニューを開く。

「あれ、ここってランチのコース、ひとつだけなんだ」

「え、そうなの?」

 安賀多は素っ頓狂な声を出して、メニューを開いた。

「ろく……っ」


 ランチのコースで税別六千円という文字に安賀多は絶句した。どうにか悟られないように大人の余裕を見せていたが、三人で二万円弱という事実に、安賀多の口ひげは小刻みに震えていた。


「ところで、玲子さん」

 真琴が玲子に話しかける。

が空き巣事件もぜひ、調べてみたいと言ってたんですけど。立花さんにお時間いただけないかと聞いてもらえませんか? ね、先生」

 先生、と呼ばれても安賀多は反応せずに、無気力に頷いた。玲子の顔がパッと明るくなる。

「それはとても助かります! こちらからも、お願いします。やっぱり空き巣に狙われているかもしれないと思うと不安ですし」

 玲子はサラサラの髪をかき上げながら、安賀多に言う。

「今お仕事中だと思うので、立花さんに軽くメッセージだけ送っておきますね!」


 玲子がさっそく、とスマートフォンでメッセージを打ち込んでいる。真琴は横から、声を高くして玲子に話しかける。

「玲子さんってオシャレですよねー」

「ありがとうございます」

「そのスマホケースもすっごく素敵!」

 手帳型のスマートフォンのケースを見る真琴の目は、獲物を狙うような光を湛えている。サーモンピンクのケースには、大きくブランドのロゴがあしらわれている。玲子は、メッセージを打ちながら、真琴に返事をする。

「ああ、これは貰い物なんです」

「へー」

 いいなー、と言いながら、真琴がスマートフォンを取り出す。シンプルな、ケースもついていないスマートフォンだ。

「プレゼントってもしかして、彼氏さんですかー?」

「ふふ、残念ながら恋人はいないんです」

 そう言って、玲子は安賀多に笑顔を向けた。

「そうなんですか」

 安賀多は、ようやく我を取り戻したように、玲子を見つめ返した。


 その時、玲子のスマートフォンが振動する。

「立花さんだ。電話掛けてきてくれたみたいです。ちょっと失礼」

 そう言って、玲子は席を立ち、店外へと出て行った。

「ちょっと九ちゃん、いつまでかっこつけてんの」

 未だに目力を強調している安賀多に、真琴はスマートフォンをいじりながら言う。

「いや、こうでもしてないと精神が崩壊しかねん」

 二万円、と安賀多が呟く。

「九ちゃん、穀潰しだもんね」

「おい」

「喫茶店も赤字だし、探偵の依頼料もランチ代程度だし」

「言うな」

「甲斐性のない九ちゃんだって好きよ」

 真琴は笑顔でスマートフォンの画面を見せた。そこには、今日のランチコースよりも高い値段がつけられたスマートフォンケースが表示されていた。

「こんなの欲しいなんて言わないから安心して」

「そうしてくれ」

「でも、どんな人間がこういうのをプレゼントしてくれるんだろうね」

「世の中には、喜んで女性に高価なプレゼントをする男もいるぞ」

「キャバとか?」

 一緒にお酒を飲んだり、お話をしたりと男性にひと時の夢ような時間を提供、共有する職業を口にする真琴。人によるが、やり手ともなるとハイブランド品を貢がれることも少なくない。あるいは、女性からそのように誘導することもある。

 安賀多は真琴からそのような言葉が出たことを、心の底から嫌そうな顔をした。

「お前はそういうこと知らなくていいんだよ」

「……九ちゃんって私のこと子ども扱いし過ぎじゃない?」

 ふん、とため息を吐きながら真琴はスマートフォンをしまった。


 そこに、玲子がサーモンピンクのケースに入ったスマートフォンを片手に、テーブルに戻ってきた。その表情は、さぞ良いニュースを持ってきたぞと言わんばかりの笑顔であった。


「立花さん、ランチがてら、合流してくださるそうです。これから来ます」


 ランチ四人前――と安賀多は誰にともなく呟いた。

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