ボールパイソン

 三月三十日 火曜日 十一時四十分――


 寛子の長話が続き、時刻は昼時に近づいていた。安賀多は、真琴を連れてヘビ探しを始めていた。ちなみに玲子は未だに寛子の世間話に付き合わされている。


 恐らく話題は引き続き、飯島家の事情についてだろう。安賀多は庭先を歩きながら、ブツクサ文句を言った。


「本当にアレでペットの心配してるんだろうな」

「してるんじゃないかな」

「本当かよ」

 庭先の植木の間や大きな石の隙間などを見ている真琴に安賀多は疑問を投げかける。真琴は首を傾げる。これは真琴の癖だ。人を下から見上げるように覗き込む。

「んー。蔵の方にも結構新しい足跡はあるけど、ヘビはいないっぽいなあ」

「ふーん」

「ねえねえ、なんで私がヘビって言ったか分かる?」

「ん? 爬虫類だと近所にあーだこーだ言われるからだろう?」

「それだけじゃなくてねー」


真琴はそこで言葉を切って、一生懸命になにかを探している。安賀多は、「それよりも」と話題を変えた。

「空き巣事件も追いたいよな、探偵っぽい」

に捜査情報もらうの?」

「いやあ、さすがにそれはいかん」

「真面目ー」

「立花恵里に話を聞けばいいんだよ。なにか共通項とか出てくるだろう」

「そうだねー」

「大体、お前がアポロの依頼を受けるなんて言わなきゃ、こんなペット探偵扱いされずに済んだんだ」

「ペット探偵扱いされなきゃ、今頃空き巣事件の話だって出てきてないよ」

「……それはそうだな」


安賀多は、先ほど恵里が言っていた言葉を繰り返す。

「猪瀬さん、立川さん、あと井口さんのお宅――ねぇ」

「でも、ここまで何件も立て続けに空き巣事件が起きてて、警察も動き出してるんだったら、普通犯人も少し自重するんじゃないかなあ」

「そうだな」

「あるいは、犯行の範囲を変えてみるとかね」

「空き巣は下見がかなり重要だからな。土地勘がないとできない犯罪なんだよ」

「つまり簡単に地域を変えられないってこと?」

安賀多は刑事だった頃のような眼光鋭い表情を作る。真琴は下から覗き込むように、じっとその顔を見ている。

「……そういうこと」

安賀多は真琴の目線から逃げるように、屋敷を見回した。

「この家は塀が高いし、外からの死角も多い。道路にガッツリ面しているから下見もしやすい。だが、犯行が行われていないことを考えると――」

「うん?」

「この家にそれほど金目のものがないことを知っている人間か」

「うんうん。地域の情報に詳しくて、最近羽振りがよくなっている人間」


安賀多は一瞬、誰かの顔を思い浮かべたようで、苦虫を噛みしめたような顔をした。

「刑事の勘が当たって欲しくないのはこういう時だ……ってよく大田原が言ってたな」

「玲子さん?」

真琴がズバッと聞いてくる。

「決めつけはよくないぞ、真琴」

「顔が浮かんだくせにー」

「たまたま、まだ染倉邸を狙っていないだけかもしれん」

「……ふーん。美人だと容疑者から外すの? 九ちゃん、さいてー」

「んなっ」

安賀多が反論しようとしたが、真琴がそれを制して、地面からなにか白いビニール片のようなものを拾い上げる。


「あった」

「なんだそれ?」

「ヘビの皮」

「え?」

「多分、脱皮したんだけど……」

 そう言って真琴は手にしたビニール片のようなものを広げる。それはヘビ皮のようであるが、途中で千切れていた。

「失敗しちゃったみたいだね、花ちゃん」


 真琴はヘビの脱皮した皮を拾った周辺をさらに、慎重に調べ始めた。

「ヘビの抜け殻をさ、金運のお守りにする人っているんだよ」

「ああ、ヘビ革の財布とかか」

「そう。『抜け殻を財布に入れておくとお金が増える』とか、『蛇の夢は縁起がいい』とか」

「相続税で金がない染倉寛子にとって大切なものってことか」

「大切なものだけど、大事にしてるとはかぎらないけどね」


真琴の動きが止まる。


「許せないなあ」


 なにかを見つけた真琴は、そう呟いた。真琴の後ろから、地面を覗き込んだ安賀多は黙ったまま、手を合わせた。


 そこにはすでに事切れているボールパイソンの花ちゃんがいた。


「ヘビっていうのは脱皮の前になるとご飯を食べなくなるんだって。そもそも食べる頻度もすごく少ないんだけど。庭先とかさっきの飼育ケースにも餌が残ってた。脱皮の前だったんだよ」

 真琴はいつの間に仕入れたのかヘビに関する知識を話し続ける。

「脱皮に失敗するとね、そこから血行が悪くなって、組織が壊死して――」

 安賀多は真琴の肩にそっと手を置いた。


 真琴は安賀多の手を掴んで、そのまま、安賀多の胸に抱きついた。顎の下の方からすすり泣くような声が聞こえて、安賀多はそのまま、真琴の背中をポンポンと叩いた。ただただ黙って、ポンポンと繰り返した。


 少しずつ落ち着いた真琴は、安賀多の腕の中で冷たく吐き捨てるように言った。


小さいのに、本当にかわいそうに」

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