第7話

 パンッパンッパンッパンッ!


 薄暗い部屋の中で、何かがぶつかり合う音が響いている。

 

「んっ……くっぅ!」


 汗で身体を濡らしたデアが、切な気に声を漏らす。

 対面する体躯の良い男。

 彼女の上気した表情を見て、ペースを上げていく。

 終わりが近づいていた。


「オラァ! これで堕ちろォ!」

「イヤーーーーーーー!!」


 ブシュゥー!!


「うおっ! 噴き出した」

「これで10回連続じゃん」

「デアちゃん、ホント感度いいね〜」


 2人を取り囲む男たちが笑みを浮かべながら軽口を叩いた。

 

「はぁ……はぁ……」


 汗を拭い、呼吸を整えるデア。

 しかし休憩は与えられず、次々と違う男の相手をさせられた。


「合宿中、しっかり鍛えてやるからな」

「先生のお気に入りだからって、甘やかすと思うなよ?」


 パンパンパンッ!


 再び衝突音がこだまする。


「いやーシゴキ甲斐あるわ〜」

「気が向いたらオマエらも相手させてやっからな」


 そう言い、リーダー格の男が振り返る。


「「「押忍ッッッ! 先輩ッ!!」」」


 視線の先には、20名ほどの少年たち。

 みな興奮した様子で先輩らとデアの交わりを見つめていた。


「はぁ……ん、はぁ……っ!」


 もはや息も絶え絶えのデア。


(どうして私……いまこんな事してるんだっけ……?)


 それは、数時間前に遡る。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


【デア視点】


 早朝。

 いつもより大きなリュックを背負い、私は“先生”のいる宿場へ向かっていた。


 今日は……元々はルードスとのデートの日だった。

 しかも家デート。

 彼の両親が出掛けるらしく、その後に会う事になっていた。


 もし予定通りデートしていたら……結構進展してたかもしれない。

 滅多にないチャンスだし。

 何事も勢いが大事って言うし。

 でも……。

 でも私は、彼とのデートよりも“先生”との合宿を選んだ。


 クレスクント先生。

 新しい自分を教えてくれた人。

 ルードスへの気持ちは変わっていない。

 だけれど、今はこの新しい世界を知りたいという想いが強い。

 衝動と言ってもいい。

 激流にでも飲まれたみたいに、私の心が流されていくのだ。

 

 だから……ごめんね、ルードス。

 少しの間だけ、自分に素直に生きてみたいの。

 

 

 

 宿場に着くと、そこには誰の姿もなかった。


(あれ? ひょっとして間違えた?)


 時間と場所を確認。

 間違いない。ここで合ってるハズ。

 ひとまず中を進む事にした。

 いくつかの部屋を通り過ぎ、やがて広い空間へと出た。


 ここだ……。

 ここで私は3日間、先生とめちゃめちゃ交えるんだ。

 そう思った瞬間、心臓が高鳴る。

 身体が熱くなり、ジワリと背中が汗ばんで行くのを感じる。


 ああ……やっとだ。

 やっとこの日が来た。


 先生から泊まり込みでのレッスンを提案された時、最初はかなり動揺した。

 男の人とのお泊まりなんて……ルードスに対する罪悪感があった。

 しかしチャンスでもあると思った。

 いままでは日を開けての単発レッスンだったので、次までに感覚が少し鈍っていた。

 

 この合宿で、私はめちゃくちゃ成長できる!

 そう思えてならない。

 だからとても待ち遠しかった。

 ここ数日はあまり寝付けなかったし。


(それにしても、先生はどこ行ったんだろ……)


「おっ? 君がデアちゃん〜?」

「えっ?」


 奥からゾロゾロと男の人たちが現れた。

 全員体格が良く、鍛え上げた身体を見せつける様に肌を露出している。

 えっ? えっ? なんなのこの人たち……。

 そもそもこんなにたくさん、どこに隠れていたの?


「心配しないで〜。俺たち、クレスクント先生に頼まれて来ただけだから」


 先頭にいた男がニヤニヤしながらそう言った。

 他の男たちも、私をジロジロと見つめていた。

 いやいやいや……聞いてない聞いてない!


「めちゃめちゃいい子そうじゃーん」

「たまんねぇ〜っスね。先生あざ〜ッス」


 カチャカチャ。


 先頭の男が突如ベルトを外し始めた。


「へへへ……!」

「……っ」


 下卑た笑みを浮かべたまま、男はジリジリと距離を詰める。

 右手には外したベルト。

 一体……何をするつもりなの?

 ……なんて、まあ聞くまでもないけど。

 攻撃を警戒しつつの、ベルトにより鞭打だろう。


 『いつ、どんな時でも必ず勝つ』。

 それが先生から教わった“子刀流(ねとうりゅう)”の流儀。

 屈強な男がゾロゾロやって来ようが、こちらが素手だろうが関係ない。

 どんな状況でも、勝つ……ッ!


「うおラァっ!!」


 予想通りの動き。

 瞬時に距離を詰め、ベルトを鞭の様に振り下ろす。

 でもその攻撃が私に届く事はなかった。


 メキャァ。


 私は自分の靴を、男の顔面へと撃ち放った。

 ただの靴ではない。

 つま先は皮に似せた木製になっていて、打撃力を高めていた。

 そんな靴を、踏み込む瞬間の男の顔面に直撃させた。


「〜〜〜〜〜っ!!?」


 男は声を出せず、その場に座り込んだ。


 プッシャー!!


 一呼吸遅れて、男の鼻から血が噴き出した。

 

「オイ」

「ああ……」


 今度は2人組。

 それぞれ拳を握り、私を挟み込む形で回り込む。

 左右から同時に仕掛けるつもりだ。

 どうする?


「っしゃあ!」

「うらぁっ!」


 やはり左右同時に攻撃が来た。

 狙いは頭部と腹部。

 鋭いパンチが迫って来た。


(浅いっ!)


 先ほどの攻撃を見て、怯えがあったのだろう。

 踏み込みが浅かった。

 奥まで突いていたら負けていた。

 

 ドチャッ!


 振り子の様に、私は体を横方向へ90度傾けた。

 頭へのパンチを避け、同時に男の顎を蹴り上げた。

 腹部への突きも浅かった為、あっさり腕を掴めた。

 グイっと引き寄せ、バランスを崩した男の顔面に頭突きを喰らわせた。


「うがっ……!?」

「ぅ……くっ」


 それぞれ異なるリアクションでダウン。

 これで3人終わった。


「オマエら、まだ遠慮してるの?」


 リーダー格の男が残りの数名を煽る。


「ちゃんと奥まで入れないと。彼女を満足させられねーぞ?」


 男たちが小さく騒つく。

 その表情には屈辱が現れていた。

 

「次、オレが行っていいか?」


 そう言いやって来たのは、一際体格の良い男だった。

 片手に持つ木剣も、体格に見合った大きさだ。


「ちゃんと奥まで届かせてやれな」

「ウスっ」


 リーダーの言葉に軽く返事し、男が距離を詰める。


 あ、やられる。

 瞬時にそう感じた。

 彼は他の人たちとは違う。

 私には解った。


 ビュッ!!


 踏み込みと共に放つ、高速の中段突き。

 後の事など全く考えていない、無責任な中突き。

 こんなの、絶対逆上しちゃってるでしょ。

 

 ドチュッ。


 半身になって突きを避けつつ、下段蹴りを放った。

 蹴りは男の踏み込んだふくらはぎに直撃し、イヤな音を立てた。

 

「いっっっだぁ……ッ」


 激痛に顔を歪め、彼は倒れ込んだ。

 鍛え上げられた身体だが、ふくらはぎには筋肉が付きにくい。

 私の打撃は直接骨へと響いたのだ。


 これはカーフキックという、先生から教わった打撃技。

 体格差があっても有効な攻撃だが、普通のローキックに比べ奥まで踏み込む必要がある。

 非常にリスキーだが、相手が逆上して単調な動きになっていたので成功した。

 

「オマエが奥まで入れられてどーすんだよ……」



 この後はみんな木剣を使って、ひたすら剣を交えた。

 男たちは身体から何度も血を噴き出しながらも、なんども私に挑んで来た。

 スゴイ精神力だ。


 少年部の子達もたくさん見学に来ていた。

 まだ幼いとはいえ、やっぱり男の子……私たちの姿にとても興奮していた。

 見るだけなのも可哀想だったので、素手で相手してあげた。

 みんな息を切らせながらとても喜んでくれた。


 

 休憩なく稽古は続けられ、夕方になった頃だった。


「やあデアさん、しっかり堕ちてるね」


 クレスクント先生が穏やかな笑顔でやって来た。

 ちなみに『堕ちる』とは“技が高水準に達した状態”を現した、子刀流の独自な言い回しである。

 この流派が元々は賊の戦闘術から始まった事からそう言う言い方をしているらしい。


「せん……せいっ」


 私も思わず笑みを浮かべる。

 疲労困憊のハズなのに、不思議と力がみなぎって来た。

 ここまでの数時間、物足りなさしかなかった。


「もう準備万端みたいだね」


 そう言うと先生は上着を脱ぎ、そっと床に置いた。


「先生っ……早く来て下さい」


 私の身体は強者を求めていた。

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