第6話

【ルードス視点】 


 今日はデアとのデートの日だ。

 前回からあんまり日にちを開けずにまた会えるなんてな……あーやべぇ、めちゃめちゃ嬉しい!


 前回は手を繋いだだけで終わってしまった。

 だから今回は、どうにかその先まで行きたい……。


 焦りすぎか?

 焦りすぎで引かれるか??

 いやでもこの前デアから手繋ぎを提案してくれた。

 彼女も進展したいと思ってるんだ!

 だったらその気持ちに応えるべきだろ……!


 なんたって今日はサーカスを観に行く。

 これはどう考えてもチャンスだ。

 薄暗い空間。

 近い距離感。

 感動の共有。

 気分も高まって、いつもより大胆になるって冒険仲間も言ってたし……!

 絶対にチャンス!

 逃すわけにはいかないぜ……!

 最高のタイミングで来てくれたサーカス団さんにマジ感謝!!!


 ……そんな事を考えていると。


 ちょんちょんっ。


「うわぁっ!!?」


 突然、何者かに背中をツンツンされ俺は思わず大声を上げてしまった。


 すぐさま振り向く。

 するとそこに居たのはデートの相手、デアだった。


「うああぁビックリしたぁ〜! なんだよぉ〜……全然気がつかなかった〜!」

「うふふ、そんなに驚くとは思わなかった〜」


 焦る俺を見て、デアはとても嬉しそうだ。

 くそ〜……いつの間に背後に回られていたとは。


「待った?」

「全然! 今来たとこだし」


 全くの嘘だ。

 本当は待ちきれなくて1時間も早く来てた。

 でもそんな細かい事はどうでもいい……!


 今日のデアは長袖のブラウスに、黒いロングスカートと落ち着いた装いだ。

 前回に比べて露出が減ってる……でもまあデアの雰囲気的にこっちもよく似合ってるし、相変わらず可愛いからオッケー!

 

「じゃ、行こっか?」

「うんっ!」


 俺たちは、既に席を取ってあるサーカスの会場へと向かった。


 ………


 ……


 …


 会場の客席は、予想通りに薄暗かった。

 周りにたくさん人がいるのに、不思議と今ここにデアと俺の2人しか居ないような気分になる。


「……」


 デアはいつに無く真剣な眼差しで、サーカスの演目を観ていた。

 微動だにせず、俺の視線にも気がついていない様子だ。


 十何年も一緒にいるのに、こんなに真剣なデアを見るのは初めてだ。

 こんな顔することあんだな……。

 俺の知らないデアの一面。

 それを垣間見た瞬間、胸にズキリと痛みが走った。


 あぁ……。

 この痛みは、“淋しさ”だ。

 瞬時に理解できた。

 そして何故“淋しさ”を感じるのかも理解できる。

 それは俺がいま一番目を逸らしたい感情……“欲望”だ。


 デアを自分だけのものにしたい。

 俺だけが、彼女の全てを知っていたい。

 俺だけに好意を向けて貰いたい。

 そういった、独りよがりで気持ち悪りぃ感情なんだ。


 俺は、デアの事を大切にしたい。

 これは“想い”だ。

 恋人だからとか、幼馴染だからとか……ましてや女の子だからとか、そう言う事とは関係ない。

 一人の人間として、デアの意思を俺は大事にしたい。

 デアが俺を好きで居てくれるなら、『デアが好きな俺』を守り通して生きたい。

 それが俺の強い“想い”。


 でも……。

 でも、だ。


「……」


 横目で再びデアを見る。

 彼女は相変わらずサーカスに見入っていた。

 そんな横顔に、“想い”とは裏腹な俺の感情が強まっていく。


(今なら、手を繋げるんじゃね……?)


 欲望と想い。

 葛藤の結果、ちょっとだけ欲望が勝っていた。


 ぎゅっ。


 暗闇の中、俺はさり気なさを装ってデアの右手を握った。

 その瞬間。


「……っ!!」


 まるで熱いものにでも触れたみたいに、彼女はサッと手を引いたのだ。


「あっ……」

「あ、あははっ。ごめんね、ルードス。ちょっとビックリしちゃって」


 そう言い、照れ笑いを浮かべるデア。

 しかし俺は……俺は……結構な精神的ダメージを負った。


 え、嫌われた?

 さすがにいま手を繋ぐのは間違いだった?

 なんか気を遣わせてるし……これってダメダメじゃね?

 今日のデートは失敗?

 せっかく休みを合わせて貰ったのに俺って最低では???


 色々な負の声が脳内に響き渡り、俺はデアの言葉に何も返すことが出来なかった。


 しかしそんな不甲斐ない俺に対し、デアが取ったのは思いもしない行動だった。


「今は……手を繋ぐより、こうしたい気分、かなっ」


 そう言い、彼女は俺の腕に自分の腕を絡めて来た。


 えっ?

 えっ??

 えっ???

 ……これマジ?


 予想外の出来事に、俺の脳は機能停止状態に陥った。

 手を繋げるかで四苦八苦していた俺には刺激が強すぎるぜ……。

 手繋ぎを“レベル1”として、一気にレベル10くらいに行ってしまった気分だ。


 いや、そりゃまー接吻の方がレベル的には上位だ。

 だがそれはある程度予想できる展開。

 これは違う。

 “腕絡め”は予想外だ。

 特にデアみたいな大人しいタイプの人からは想像できない大胆な行動。

 俺が知るデアの行動予測に一切含まれていない。

 

 デア。

 デアよ。

 一体どうした???

 背後からのツンツンもそうだが、今日は彼女に驚かされてばっかりだ。

 お前ってそう言う奴だったっけ???

 それとも俺は、デアの事をあまり解ってなかったのか……?


 サーカス会場に来てから、俺の脳内が忙しい。

 様々な思考が入り混じり、もはや今自分がどんな顔をしているかすら解らない。

 

 でも……。

 それでも、これだけは言える。


「最高だな」

「うんっ」


 デアは俺の肩に頭を乗せ、再びステージ上へと視線を向けた。

 

 彼女の『最高』が、俺との時間のことなのか、それともサーカスの演目の事なのかは解らない。

 でもそれをいま明らかにする必要はないだろう。

 腕にデアの体温を感じながら、俺もサーカスに目を向ける事にした。

 

 

 

 1時間半ほどの演目が終わり、俺たちは会場を後にした。

 デアはとても満足したみたいで、さっきから熱っぽく感想を語っている。


「すげーなー、よくそんなトコまで観てるな?」

「うーん、なんだか気になって」


 彼女の感想の大半は身体操作についてだった。

 重心がどうとか、視線がどうとか。

 全くついて行けない内容だ。

 

「やけに詳しいじゃん?」

「そうかな〜? 素人目で見たただの感想だよ」


 そう言ってニコリと笑うデア。

 なんだか、はぐらかされている気がする。

 でもまー、嬉しそうなデアを見られて俺も嬉しいし、全然オッケー!


 そんな細かいことより、いまはこのデートを充実させる事が大事だ。

 しかも次のデートの予定も決まっている……!

 流れが来ている。

 デアとの関係進展の流れが。

 もはや接吻到達まで目前と言っても過言ではないぜ。


 ………


 ……


 …


 やがて気がつけば夕刻。

 そろそろ辛いバイバイの時間だ。


 サーカスの後も、何度かデアは腕を絡ませて来てくれた。

 これはもう、完全に進展している。

 そうだよな???


「なあデア。次のデートなんだけど」

「あっ……それなんだけど」


 デアは急に申し訳なさそうな表情を浮かべ出した。

 えっ?

 えっ!?

 ひょっとして……俺なにかやらかした?


「あのね。その日に遠征のクエストが入っちゃったの……」

「あ、遠征……?」

「うん…… 良く組むパーティーの人達だったから、どうしても断れなくて」


 どうやらやらかしたワケじゃないようだ。

 それなら安心……。

 って、いやいやいやいや!

 遠征???

 遠征って事は、数日掛かるやつ???


「あ〜、えぇと……遠征ってことはさぁ……」

「うん。2泊するみたい」

「2泊」

「登山するから、時間がかかるって言われたよ」

「登山」


 え……デートが無しになるどころか、そんな危険そうなクエストを受けるの???

 マジ???

 マジで言ってるの???

 会えないのはともかく、危険な目に遭いそうなのは絶対嫌だ!

 不安過ぎる……!

 今まで俺たち平和な町で平和に暮らして来たじゃんか!

 なんでいきなりそんな危険な事に首を突っ込まないと行けないんだよ!

 せめて……せめてそれは俺の役目だろ……!

 危険な目に遭いそうなクエストなら、俺が代わりに……。

 代わりに……。

 ……。


「あ〜……そうなんだ! そりゃ大変だな!」

「急でごめんね! ちゃんと連絡するから」

「お、おうっ! 疲れて寝落ちすんなよ〜?」

「ふふふ、それはこっちのセリフ〜」


 あぁ……。

 何も言えねぇ……。

 引き止めるとか、代わりに行くとか、そんな言葉すら言えねぇでやんの。

 結局はデアの顔色を伺って、嫌われないかビクビクしてるだけの情けない男……。


 いや、それだけじゃない。

 そもそも身体を張る事ができない……。

 自分の為でも、ましてや大切な人の為であっても……。

 昔から俺は、危険を感じると身体が動かなくなっちまうんだ。

 だから避けて来た。

 危険から、危険そうな事から。

 情け無い自分を誰かに見られない様に、全力を振り絞って来た。


 デアには昔からしつこく危ない事を避ける様に言ってきた。 

 周りからは、俺が彼女の保護者かなんかにでも見えたかもしれない。

 でも実際のところは、ただ単に自分の情け無い姿を見せたくなかったってだけなんだ。


 だから……。

 だから俺は。

 最低にも、デアと同じパーティーじゃ無くて良かったと思っちまってる。

 心配とか不安よりも、保身が勝ってるんだ……。


 クソっ!!

 クソクソクソッ!!

 何が“想い”だッ!!

 欲望には負けるし、初めての遠征で不安だろうに心配の一声も言えねぇ……。

 つくづく俺は最低な男だ……。

 

 そんな最低な内面がバレないよう……バレてしまわぬように。

 俺はバイバイと手を振った。


「またね。ルードス」


 デアも笑顔で手を振り、夕闇の中へと消えていった。



 後日デアから遠征クエスト出発の連絡を貰うと、しばらく音信不通となった。

 ようやく連絡が着いた日……まさか幼馴染のあんな姿を見る事になるなんて……。

 この時はまだ、思いもしていなかった。

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