第4章 謎の女! グウェン
第1話 キノコ
森は深く、木々の合間を縫って太陽の光が大地に届く。足元に広がるのは葉っぱと土の境界線が曖昧な世界。踏みしめるたびに、湿った空気に土の香りが混じり、鼻を抜けていく。俺は木の枝を選り分けながら拾いつつ、辺りに細心の注意を払う。
「お……?」
ひと際大きい木の根元に薄茶色い塊を見つける。はやる気持ちを抑えて、根元まで歩を進める。塊に被った枯れ葉をブーツで雑に払い除けるとその全貌が露わになる。俺は、ニヤリとしながらそれを採り、鼻に近づける。
「くんくん……うん、このキノコは食えそうだな。ん?」
よく見ると、その周辺は同じようなキノコの宝庫であった。枯れ木集めそっちのけでキノコ採取に集中していると――木々の向こうから赤髪の少年が歩いてい来る。
「おーい。集まったか?」
「おお、アラン。見てくれよ。大漁だぜ」
「うわっ……それ食べられるのか?」
「知らんけど、いい匂いはしてるぞ?」
「そんなこと言って、こないだ笑い転げてたじゃないか」
「……アレはやばかった」
数日前の夕食を思い出しながら、両手いっぱいのキノコを見つめる。こんなにたくさん採取したのにゴミだったとしたら悲しすぎる。
「いや、でも大丈夫だ。なにかあったらエリスがいるし」
「『解毒』の魔法に頼るなよ」
「……いいか、アラン。この森で住んでいくにはリスクを負うことは避けられない」
「お前がなんでそこまでキノコを食べたいのか分からないが、この森で食料に困るなんてことは当分なさそうだぞ?」
「確かに……確かに、この森はとても豊かだ。キノコも群生しているし、木の実も成っている。川も近く、魚も獲れる。だが、やはり冬を迎える前にキノコの知識を増やしておくのも大事だと思うんだ」
「必死だな。そんなにキノコが好きなのか」
「分かってくれればいいんだ。さあ、小屋へ帰ろう」
「どうでもいいが、お前が毒見係だからな? レクス」
キノコへのロマンを理解しないアランは、未だにブツクサ言いながら俺の後をついて来る。木の枝を折って作った目印を見ながら、川の近くを通り、森の広場のようなところに出る。陽だまりの中に建っている木こりの小屋は、森に来たその日に幸運にも見つけたものだ。今は使われていないのか、無人の小屋には生活に必要なものが最低限揃っていた。
「戻って来たか」
俺たちの姿を見て、小屋の前にいた黄色いドレスの美少女が手を挙げる。美少女――エリスは、俺の両手いっぱいのキノコを見て眉間に皺を寄せる。
「捨てて来い」
「なんでだよ! 今回は美味しくいただけるかもしれないだろ!?」
「美味しくいただけるキノコを見つけるまで、何度痴態を晒すつもりだ。愚か者めが」
「言い方!」
「お主の下らぬ実験のために、貴重な
「……くっ」
「そんなことよりも焚き火用の小枝は集めて来たのであろうな」
「集めて来た」
そう言って、アランは小屋の前に木の枝を置いていく。エリスは俺を見る。
「……」
両手いっぱいのキノコを持つために、脇に抱えたはずの乾いた木の枝が見当たらない。エリスは美女の姿になって、右手の指を弾いてパチンッと鳴らす。
その指先から小さな火花が散る。
「そのキノコ、焚き火の火種にしてやろうか?」
「――水! 水汲んで来ますから!」
俺は『キノコ消し炭の刑』を逃れるため、重労働を自ら買って出る。
ボッ――
アランの積み上げた木の枝に火をつけて、美少女に戻ったエリスが
「そろそろ風呂に入りたいなあ」
「任せろよ! ガンガン汲んできてやるよ!」
「よろしく頼んだぞ、レクス」
俺はキノコを燃やされないように焚き火から離れたところに置いてから、小屋の外にあった木製のバケツを繋いだ木の棒を担いで川に向かう。
数日前は、担ぐ時のバランスを保つのが難しくて苦労したが、今では軽く感じるほどだ。連日の水汲みのお陰で筋力がついた気がする。このままでは、俺もテオのように怪力になってしまうのかもしれない。怪力イケメンか。それもまた悪くはない。
この森の川は流れが穏やかだ。それほど深くもないから、エリスが水浴びしても安心だ。魚がキラキラと光を受けて泳ぐ川にバケツを二つ投げ入れる。縄を引っ張って、川から引き摺り出す。これも結構な重労働だが、心地いい疲労だ。
何度か小屋と川を往復して、適度に汗をかいたところで俺は服を脱ぎ捨てて、川に入って行った。水は冷たいが、熱を帯びた筋肉と労働で疲れた身体にはちょうどいいくらいだ。日が傾き、薄暗くなっていく森の中を流れる川に全身を沈めていく。
「ぷはぁっ」
勢いよく川面から飛び出し、髪を後ろに掻き上げる。本気で気持ちいい。
「最高だなあ……」
そう言えば、森に来て何日経ったのか……。一瞬何かが頭をよぎった気がしたが、気のせいかと川から上がる。森での楽しい夜はこれからなのだから。
――これから小屋に戻って風呂を焚く……いや、その前に焼きキノコだな。
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