第9話 乱入者
「ふざけんな! 二対一じゃないじゃないか!!」
「男はどこだ~! けしからんエンティア人なんぞ出しやがって!」
「そうだ! けしからんぞー!!」
「そのガキはなんだー!!!」
観客から飛んでくるヤジは場内の三人――マリア、テオ、アラン――に向かって容赦なく降り注がれる。
「あーあ」
「言われておるぞ、『男』」
「マリアがマントさえ落とさなければ、うまく……まあ、無理か」
俺とエリスの会話に地べたに這いつくばっているパルゴ老人が何やら
「もう、おしまいじゃ……。よそ者が……何もかも、めちゃくちゃにしてくれたな」
「何の話だ、ジジイ」
「剣闘士の戦いは、ただの市民の娯楽ではない。カティエバ王国にとって神聖なもの。トロルは刑の執行者であり、剣闘士は断罪されることで市民に許される」
「……はあ」
「試合の予定にないもの――乱入者は特に嫌われる――」
「うぉっと!?」
パルゴ老人の背中に置いていた足が急に持ち上がる。老人とは思えない力で、パルゴが起き上がったのだ。
「このようになぁ!」
そう叫んだパルゴ老人は、首の宝飾品を引きちぎり、地面に叩きつけた。老人は、仕込み扇の刃を手のひらに押し付け、自らの血をその宝石に垂らす。それは一瞬で蒸発し、消えて行く。
キシャァァアッ――
飢えに飢えた何かが威嚇するような音とともに宝石から黒い霧が溢れ出る。地面を這うようにシューッと広がっていくそれに老人が叫ぶ。
「
黒い霧は止めどなく溢れだし、野外闘技場の最上段からどんどん横へ下へと流れていく――俺にもゆっくりだが近づいてくる。
「……?」
「レクス! それを吸い込むな!」
エリスの言葉に俺はグッと息を止める。
「きゃあああ!」
客席から悲鳴が上がる。見てみると、黒い霧を吸い込んだらしい人間が暴れている。何が起きているのか、俺はパルゴ老人を見る。
「ふひゃーっひゃっはっはっ! もうおしまいじゃ」
パルゴ老人は血を垂らしたまま狂ったように笑い続けている。観客は黒い霧に悲鳴を上げ、逃げ惑う。ゆっくりだが、確実に被害者を増やしていっている。
このジジイは一体何を考えているのか。というか、ただの商人じゃないのか!?
――それよりも、なによりも息が苦しい……!!!
俺は息を吸いたい衝動に駆られ、エリスの方を見る。
「……っぶ!?」
エリスは――大人の姿になっていた。明るい金色に白い
「エリス! お前、何か――」
魔法を使っているのか? と続けようとした時に俺は息を吸って吐きだしていることに気づいた。
「しまった!」
だが、黒い霧が俺の体内に入ることはなかった。
「あ、あれ? 助かった?」
「壁を作っている。黒い霧が私たちに届くことはない」
「……そいつは良かった。けど、もっと早めに言ってくれよ!? 死ぬほど息が苦しかったんだぞ!」
「そうか。それはすまなかったな」
「全然思ってないだろ、それ」
エリスは魔法で俺たちの周りに壁を形成し続けながら、面白くなさそうな顔ですべての元凶を見ている。藍色の瞳は、厳密に言えばパルゴ老人ではなく、その足元にある宝石を見ているようだ。エリスは口を開く。
「愚かな」
「なに? あれがどうかしたのか?」
「あれは人間が手にしてはならんものだ」
「宝石?」
「一見、宝石のように見えるがそうではない。太陽石を覚えているか?」
「バルクリの灯台でワイバーンが喰ったやつか?」
「左様」
あの時、エリスは『太陽石とは、光の精霊の加護によって
「あれは、太陽石の真逆にある魔法石の一種であると思えばよい」
「つまり……」
「闇の力が込められており、モンスターを呼び寄せる――否、呼び出す」
「呼び出すってどこから?」
「あやつが
「どこだよ」
「闇の世界だ。エンティアでは『
「おい、貴様ら!」
パルゴが黒い霧をまといながら叫ぶ。
「その壁はどれほどまでのものかな? ふひぇっひぇっひぇっ!」
気味の悪い笑い声とともに俺は周囲を改めて見回す。
「うげっ」
安全だと思われていた最上段には、憑りつかれた人間たちが押し寄せ、我先にと登ってきている。なんとか魔の手から逃れた人たちは闘技場を出たようで、今は最上段にいる俺たち、そこに群がって来ている人間たち――そして中央で倒れたトロルしかいなかった。
トロルを倒した
――ダンッ!!!
エリスが作り出した魔法の壁を叩く人間たち。虚ろな目は、こちらを見ているようで見ていない。口は閉じることができないのか、「うあぁぁ……」と訳の分からない音だけを漏らしている。はっきり言って、怖い。
「ふひぇーっひぇっひぇっ!!!」
パルゴ老人はその様子を見ながら悦に入っている。
「行け! わしの
「
エリスが、溜息を吐くようにそっと唱えた魔法は、一瞬の静寂を生み出した。
次の瞬間――壁を激しく叩いていた人間たちは気を失って倒れた。登ろうとしていた人間たちも同様に。
彼らから飛び出した黒い霧は行き場を求めるように、うねりを上げて闘技場の客席をぐるぐると激しく駆け巡り、そして主人の元へ還って行った。
「ひぇ?」
それがアルドフェ=パルゴの最後の言葉であった。
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