第7話 カルマ・ノウァの友人たち

 西方諸国オキシダイアには奴隷文化が根付いている。肉体労働だけでなく、秘書官や重要な職務に就くこともある。時には解放奴隷となり、市民となって生きていく者もいる。肉体労働者にとって手っ取り早く市民となる方法――それが剣闘士だ。


 優秀な成績を収めた人間は、カティエバ王が『買い取る』という。


 テオは、そうして解放市民となり、王宮に仕える戦士となった。だが三年前の事件で我が子を追放するとなった時にカティエバ王フェルナンド十世は、テオをアランと一緒に水夫として追放した。


 赤いバンダナはカティエバ王国の紋章である赤獅子の戦士の印――かつてカルマ・ノウァの民衆を魅了した剣闘士が、そんなものを巻いて出て来たものだから野外闘技場は空気が震え続け止まらないほどの盛り上がりを見せている。


「カルマ・ノウァの友人たちよ!」


 アルドフェ=パルゴ老人が最上段で立ち上がり、声を張り上げると埋め尽くされた客席は一斉に静かになり、老人に注目する。パルゴ老人は、頭に巻かれた白い布に黄金の飾り、白いチュニックに細かい刺繍がされた紺色の羽織の上からも色とりどりの宝石があしらわれた首飾りをぶら下げている。お気に入りの極彩色の鳥の羽根で作られた扇を高く掲げ、しわがれた声で再び観客に呼び掛ける。


「カルマ・ノウァの友人たちよ!!! 今日という日をともに分かち合い、ともに喜ぼう。我らが、不死身のテオが『赤獅子の戦士』となって再び! その武勇を我らに魅せてくれるのだ!!」


「うぉぉおぉお!!!」

 地鳴りのような歓声が野外闘技場を揺らす。老人は悦に入った表情でそれに聞き入る。しばらくして、パルゴ老人が扇を振ると群衆はピタッと静まり返った。


「そして、もう一人! テオを連れて来た男がいる!」

 老人の言葉に、野外闘技場の中央に立つ人間ふたりに一気に視線が集中する。

「男はわしに言った! 愛する女を返して欲しいと!」


 ――は?


「だが、哀れ! 女はすでに売られた身であった! 残酷な現実が愛し合うふたりを引き離してしまったのだ!!」


 ――ほう?


「わしは心打たれた! 男の心に! 女の涙に!!」


 ――ほうほう?


「もし! カルマ・ノウァの友人たちに認められることができたのなら! 三年前のテオのように――女に祝福を与えようと決めた!!!」


 俺は老人の言葉にいちいち反応する客席を眺めながら、頭を抱える。だが、俺の心と対照的に野外闘技場の熱気が高まっていくのを感じた。

 老人は己の言葉に心酔しながら続ける。


「この男が!! 誰一人として、不死身の男ですら成しえなかった偉業! トロル討伐を見事果たしてみせたあかつきには! カルマ・ノウァの友人たちよ!! どうか、彼らの愛を認めてやって欲しい!!!」


 そう言ってパルゴ老人が両手をバッと広げる。


「「「うぅおおおおぉぉぉおぉ!!!!!」」」


 拍手と喝采。歓声が重い空気の塊となったように身体に圧し掛かる。俺は、盛大にため息を吐く。


「……誰が、いつ、あんな、ちんまいのと愛を誓い合ったってんだ。あのジジイ、調子に乗り過ぎだろ」

「これがアルドフェ=パルゴの仕事のひとつだからな」

 が言う。頭巾で目立つ赤髪をすべて覆っている。

「民衆に娯楽を提供し、その収益を受け、カティエバ王国に貢献しているんだ」

「演出のためなら、いかなる嘘も許されるってか」


 より一層大きな歓声に交じって鉄の軋む音が闘技場に響く。


「――トロルのお出ましだ」


 ズゥゥゥン……ジャラ、ズゥゥゥン……。


 地響きと大きな鎖を引き摺る音が聞こえる。鉄格子の奥にいたモンスターが一歩、また一歩と闘技場内にと姿を現す。観客の中には、悲鳴を上げたり、意識を失う者までいるようだった。


 トロルは「ぐぅるぅっふ……ぐぇ」、と声を出しながら足元の鎖を持ち上げる。よく見ると、その先にはトロルの頭ほどある巨大な鉄球がついている。トロルが鎖を振ると、鉄球はブンッと空を切り、勢いをつけて闘技場中央にいるテオに向かって飛んで行った。


 ドッシィィィイン……!!!


 鉄球が巻き上げた土埃が落ち着き、テオが微動だにせずに立っている姿を見て、観客が歓喜の声を上げる。そして――テオの後ろに隠れたもう一人にはブーイングの嵐だ。それを聞いて嬉しそうなのは、最上段のアルドフェ=パルゴだった。


「さあ、始めよっ!!!」


 テオが戦斧を構える。トロルは、再び鎖を引っ張り、鉄球を振り回そうとしている。


 俺はアランに声を掛ける。

「おい、試合に見とれてる場合じゃない。前に――急ぐぞ」

「あ、ああ……」

「お前の身軽さが頼りなんだからな。頼むぜ」


 俺とアランは、アルドフェ=パルゴのいる最上段に向かって外壁を登り始めた。

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