第2話 エストレイア=メディオラ

「二十七年前――エンティア王国と北西の大国ゾルンゲンの国境にあるテネブリス平原で戦いがあった」

「第一次テネブリス戦役ですわね」

 マリアの相槌にアランは頷いた。生まれる前に起きた戦いを歴史として学んだのだろう、俺に説明するようにマリアは言葉を続ける。

「エンティアが辛くも負けてしまった戦いです。ゾルンゲン側の被害も甚大であったそうですが……この時、テネブリス近くのメディオラの民は……」


「裏切者として我ら騎士団が処した」

 言い淀んだマリアの後ろから、王国騎士団ギルベルト=カーニスが口を挟んだ。未だに他の二人の騎士と縛られ、甲板に座らされている状態なのになぜかとても偉そうだ。

「そもそも赤毛の一族が、メディオラに勝手に住みついていたのだ。それを王国が見逃してやっていたというのに。先の戦いでゾルンゲン側につくなどあり得ぬ」


「……滅ぼされ、蔑まれて当然だと?」


「言うまでもない」

 苦々しい顔をするアランに対して、ギルベルトはふん、と鼻を鳴らす。

「生き残りは、西方オキシダイアの諸国に買われたそうだが、『オキシダイアの犬』とは、裏切り者にはお似合いの称号――ぷげっぷぁ!」


 気がつくと、アランのブーツがギルベルトの顔にめり込んでいた。さっきの戦いでも思ったけど、この少年はかなり身軽で敏捷性が高い。俺が妙なところで感動していると、アランが吐き捨てるように言う。

「すべての中心だったメディオラを捨てたのはお前らじゃないか。それを百五十年もの間、守り続けていたのは俺たちだ」


 ――メディオラを捨てた?


「エンティア建国の王アルトリジオス一世の頃から四百年、王都は――世界の中心はメディオラだった。世界が分裂していくとともに、エンティア人は都を捨て、海の街ヴェネレへと逃げたんだ。俺たちは、元々メディオラの森の民だった。廃墟となったメディオラを守るために町に移り住んだ。一族の名を『エストレイア=メディオラ』と変えてな」


 俺はそれを聞きながら、見捨てられた都を頭に浮かべた。四百年もの歴史のある都を捨てるのにはそれなりの理由もあっただろうが――それをアランの一族だけで保護できるのは一部分だったはずだ。と呼ばれたのはそのためか。


は価値が高かったみたいだな。俺の母親は、十の齢で、七王国のひとつカティエバ王フェルナンド十世に妾として買われたよ」

 自嘲気味にアランは続ける。

「燃えるような美しい赤毛の持ち主であった母は、やがて命を宿した。子どもは同じ赤毛の持ち主で母親に育てられた。それなりの教育を受けたが、あくまで妾の子だ。存在などないように生きて来た――三年前の第二次テネブリス戦役まで」


 『第二次テネブリス戦役』には聞き覚えがあった。港町バルクリで冒険者協会のキーラが、北西の大国ゾルンゲンとエンティア王国の戦いであったと言ってなかっただろうか。


 記憶喪失である俺のために補足してくれているのか、マリアが小さい声で言う。


「第二次テネブリス戦役も、ゾルンゲンとの戦いでしたが、これはエンティアの勝利でした。私の父はこの戦いで……いえ、ともかく酷い戦いでした。テネブリス平原は焼け野原となり、多くの人間の命が失われたのです」


 アランは、その通りだ、と続ける。


「ゾルンゲンも、エンティアも、大きな代償を払い、休戦を余儀なくされた。それをチャンスだと思ったんだろうな。西方七王国で一番の勢力を誇る北のリャティースカが――オキシダイア統一に動いたんだ。使者が、カティエバ王に送られてきた。そして、その日、カティエバは落ちた」

「その日に!?」

「なにがあったのか、俺には分からない。だが、カティエバ王フェルナンド十世は使者の言いなりとなり、王の子どもたちは全員国外追放となった。妾の子である俺も例外ではなく、水夫として貿易船に乗せられたんだ」

「この船か?」

「ああ、この船は大陸を迂回し、武器や人間、特産品、モンスターの買い付けをする商人のものだった。何かと突っかかってくる船乗りたちとの旅は楽しい日々ではなかったが、天は俺を見放さなかった――」


 アランは過去に想いを馳せながら言葉を続ける。


「出航してほどなくして巨鳥に襲われたんだ。死に物狂いで追い払った時には、巨鳥は大きな模様をマストに残して飛び去っていた」


 俺はその言葉を受けて、マストに張られた白い帆を見る。乱暴に入れられた大きな朱殷しゅあん色の斜め線――これはまさしく巨鳥の返り血そのものだったのか。


「そして、船上の唯一の被害者が商人だった。主が消えたこの船は、雇われた船乗りたちによって乗っ取られたわけだ」

「船牢に入れたあの臭い奴らか」

「ああ、あいつらはどこぞで海賊でもやるつもりだったみたいだが、俺は一日も早くカティエバに戻りたかった。そしてティリア海を航行中に遭遇したのが、天を駆ける火炎と超大物モンスターであるクラーケンの丸焼きだ。運命だと思ったね」

「なるほど」

「これで――船を奪い、国へ戻れる。そして国を奪い返し、母を救い出せる」


 アランはそこまで言って息を吐き出した。


「俺は故郷を二度も失うつもりはない」

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