第3章 赤髪の少年! アラン

第1話 国を盗る

 大陸最南端の港町バルクリを出た俺たちは遭難し、船に。新たな船の旅は、気がつけばティリア海を越えて西方の海へと差し掛かっていた――


 船室では、先の戦いでの負担がよほど大きかったのか、エリスが未だに眠り続けている。その様子を見に行っていたマリア=モンタニアが戻って来た。


「エリスはどうだった?」

「まだ……」

「そうか」


 そう言って俺は甲板の上から辺りを見回す。目に映るのは果てしなく続く水平線だけ。


「早く、どこかの町に着かないと食糧も心許ないな」

 ――あいつが起きたら船ごと喰らいかねんからな。ある意味、クラーケンなんかより恐ろしいのは回復期のエリスの食欲だ。

「なあ、この船はどこに向かってるんだ?」


 俺の問いかけに、赤毛の少年は、孔雀緑色のズボンを入れた黒のブーツで船のへりを何度か蹴る。なにかを思案している様子だ。金糸雀カナリヤ色のコートの裾が風にたなびく。ひとつ間を置いた後に、少年――アランは口を開いた。

「ヴェネレだ」

「ヴェネレか」

「……」

「その町? は、大きいのか?」


 そう言えば、『国をる』みたいなこと言ってなかっただろうか。船は臭そうな船乗りたちから奪い取った。奴らは皆、船倉の牢にぎゅうぎゅうに詰め込まれている。臭そうだから、船牢に近づくのは遠慮したいところだ。


「本当に、記憶喪失なんだな」


 アランの言葉に俺は「へ?」と思わずまぬけな声を出してまった。それを聞いて、俺の横にいたマリアが、どこかすまなそうに言ってくる。

「……ヴェネレは、エンティア王国の都ですわ」

「へ?」

西方の地オキシダイアは、『パクス・メディオラ平和の時代』の終焉とともに七王国に分立したのです。百五十年以上前の話ですけれども……西方にヴェネレという町はないと思います」

「へえ」


 王都ヴェネレに向かっていたエンティア騎士団の『豊穣の女神アスタルテ号』とは航路が明らかに異なる。この船は西方に向かっているはずだ。

 つまり、このガキアランは俺が本当に記憶喪失かどうかカマかけたってことか?


「お前なあ……」

「悪く思うなよ、

 アランは『剣士』という言葉をわざとゆっくり発音してくる。


「あ、お前、それを根に持ってやがるのか」

「ふん。クラーケンを倒したなんてうそぶくからだ」

「剣を刺したのは本当だよ!」


 思わず前のめりになった俺の前に、赤いバンダナの巨漢が立ちはだかる。威圧感に俺は後ずさると、巨漢の後ろからアランがたしなめるような声を出す。

「テオ」

「……しかし」

「大丈夫だ」

 赤いバンダナの男――テオは、アランをチラッと見てから一歩下がる。


 船のへりに座ったまま、アランは続ける。

「とどめとなったのは、やっぱり魔術なんだろう?」

「……なんで魔術にこだわる?」

「西方には、呪術師や占い師ならいるが、魔術を使える人間はいない。国を盗るんだ。少しでも戦力は大いに越したことはない」

「『国を盗る』、か」


 俺は顎を親指で擦った。マリアの話からするとアランが盗りたいのは、おそらく七王国のうちのひとつなんだろうが、エンティア王国の騎士を入れてもこの船で戦えるのは両の手で足りるくらいしかいない。その国に、仲間がいるなら別だが。


「簡単に言っているが、国を盗るには圧倒的に戦力が足らないと思わないか? そんな状況で、事情も分からずに俺たちが協力すると思うのか?」

「海のど真ん中から助けてやっただろう」

「その借りなら、この船を奪ったので返したと思うがな」

「役に立ったのはマリアさんだけだがな」


 俺の横でマリアが照れたように微笑む。俺は、言葉に詰まる。事実だ。剣も魔法もろくに使えない俺は戦力にもならないだろう。結局、モンスターのことがちょっと分かるだけの、ただのイケメンということなのだろうか。


「アラン様」

 マリアが沈黙した俺に代わって口を開く。

「レクス様は、灯台のワイバーンを倒したエンティア王国の正式な冒険者です。クラーケンを倒すことができたのも彼のお陰ですわ」

「冒険者? こいつが?」

 アランが少し感心したように俺を見る。『エンティア王国の冒険者』ってわりと有名で、地位の高い感じだったのだろうか。

「そうか、命知らずがここにいたか」


 長い睫毛まつげを軽く上下させてから、アランは口角を上げてみせる。


「いいだろう、を説明してやるよ」


 青く澄んだ空から風が吹く。アランの赤い髪がそよぎ、風が言葉を運ぶ。


「まずは二十七年前の話をしよう――」

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