第3話 命知らずの冒険者

 アランの強い思いを受けてか、風が甲板の上を吹き抜けていく。西方のカティエバはこちらだと俺たちを誘うようにマストを膨らませる。

 その先に何気なく目をやると海鳥の飛ぶ姿が遠くに見える。アランは俺と同じものが目に入ったようだった。


「陸が近いようだな……もう少しでナリス岬が見えるだろう。この船は目立つから、オヴェスト海の手前の入り江に隠す。その後、徒歩で王都――カルマ・ノウァへ入るつもりだ」


 アランはそこで言葉を切る。


「さっき話した通り、これは完全に俺の個人的な事情だ。精々恩に着せるくらいしか従わせる方法を知らない。……だが、無理強いは嫌いだ」

「アラン……」

「俺たちの邪魔をしないことだけ約束するなら、この船はやる。オヴェストの入り江からティリア海へ戻る潮流を掴めれば、エンティアの王都までは水も食糧も足りるだろう」


 俺の背後でギルベルトたちエンティア王国の騎士たちと船乗りたちが小さく歓喜の声を上げたのが分かった。彼らはそれでいい。しかし、考えてみれば俺はエンティア王国に行けば罪人扱いだ。キーラが冒険者協会から正式に抗議するとか言ってくれていたが、正直、あのお団子娘に賭けるのは分が悪い。

 エリスが起きてくれば相談もできるが、おそらくあの美少女も王国行きを熱望しているわけでもないだろう。


 俺はアランを見る。ガキのくせに虚勢を張って、覚悟だけはできていると鮮やかな孔雀緑色に影を落としている。生まれた時から存在しないように生きて来た少年。こいつは、諦めることに慣れ過ぎている。


 ――どこかでこのような目を見たことがある。


「……ばか野郎」

 聞こえるか聞こえないくらいの独り言が出ていた。アランにはしっかり聞こえていたみたいで、赤毛の少年は顔をしかめる。俺は今度は聞こえるように続ける。

「お前の覚悟は、玉砕覚悟ってやつだ」

「なんだと?」


「……っ」


 俺の言葉にいち早く反応したのは、赤バンダナの黒髪の大男テオだった。敵意を丸出しにしている瞳で睨まれる。テオは俺の襟元をぐいっと握り、持ち上げる。簡単に俺を宙吊りにしてるコイツは一体どんな筋力してるんだ。


 ――いかん、思った以上に息が苦しい。


「テオ」

「……」

 アランに名前を呼ばれると、テオは少し力を緩めるが、手は離さない。

「口には気をつけろ。貴様を海に放り投げるなんて造作のないことだ」

「……おいおい、結構おしゃべりなんだな?」

「……」


 ギリッ――


「分かった! 分かったから、締めるな……って、おい!!」

「テオ!」


 アランが短く叫ぶ。テオは無言のまま、俺を甲板に落とした。尻餅をつく俺に、素早くマリアが駆け寄ってくれる。背中をさすってくれていたが、それに気づかないほど俺は呼吸に夢中だった。


「……はあ、死ぬかと思った。スライムに襲われた時以来だぜ……」

「スライムに襲われたのか」

「ああ。砂浜で突然襲われた。掴むこともできずに、もがけばもがくほど溺れていくみたいだったな」


 俺はほんの少し前の出来事を思い出す。エリスがいなければ、確実に終わっていただろう。


 咳払いをして、アランを見る。


「あの時の俺は、今のお前みたいだったな」

「……どういう意味だ?」

「お前、カティエバの王都カルマ・ノウァに入ってどうするつもりだ? そのテオっていう大男と一緒に正面から北の使者と対峙するつもりか? それとも宮殿に侵入して、母親だけ救出するつもりか?」

「……」

「違うよな。お前は『国を盗りたい』って言ってるんだ。なのに、がむしゃらにもがいているだけで……すでに死を覚悟しちまってる」

「なにを」

「そんな目、してるぜ」


 一日でカティエバ王国を陥落させてしまった使者の情報も足りない。どうすれば国を取り戻せるのかも分からない。どう考えても勝ち目なんてなさそうだ。


 ――だが、俺には行くところもない。


「従わせようなんて思うなよ。依頼お願いなら聞いてやる」

「依頼?」

「俺はだからな」


 命の恩人価格でいいぜ? と言うと、アランは目を見開く。


「お前……」


「困りましたわ」

 しばしの沈黙を貫いていたマリアが口を開く。

「レクス様は、エンティア王国の王都ヴェネレへ連れて行かなければなりません。エンティア王国騎士団としての使命ですわ」

「騎士団……!?」

 アランは驚いた声を出す。そうか、ガウンを着たちょっとエロい巨乳女剣士にしか見えないもんな。アランに向かって、マリアがニコッと微笑む。


「ここで武力行使するよりも、カティエバ王国での依頼を手伝う方が王都ヴェネレへは早いでしょうね。……いかがですか、ギルベルト殿?」


 ギルベルトは一瞬本気で嫌そうな顔をした後、盛大にため息を吐く。


「致し方ありませんな。マリア様をお守りするのも我らの仕事ですから」


 ――ワイバーンの時、かなり守れてなかったよな。

 危うく余計な言葉が出そうになったが、俺は賢明にもそれには触れなかった。騎士団が味方になるのは意外だったが、仲間は多い方がいいのは確かだ。


「――だってよ? アラン、どうする?」


 アランは小さく震えているようだった。横に立つテオを見上げて、俺、マリア、そして後ろに控える騎士団員たちと船乗りたちを見回す。顔を伏せて、それでもよく通る声で言う。


「頼む」


「任せとけよ」

 俺はアランに右手を差し出す。その手が握られ、依頼は成立となった。

「……と言いたいところだが、いよいよエリスの力が必要だなあ」

「エリス? あの船室で眠っている少女のことか?」


 マリアが俺の横でポンッと手を叩く。


「そろそろ目を覚ましているかもしれませんわね。様子を見て来ますわ」


 マリアを見送りながらアランが眉間に皺を寄せる。

「ところで、痛いんだが?」

「ああ、悪い」

 そう言って、俺は握っていた手を離す。

「しかし、細いなあ。ちゃんと食ってるか? 成長期だろ?」

「余計なお世話だ」

「そりゃそうだ」


 俺が頷いていると、船室に向かったマリアが息を切らして走って来た。


「大変です! エリス様が……いません!!」

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