第9話 赤毛のカナリヤ
マリアの『
近くに来た船は、つくり自体は沈んでしまった『
「お父様……っ」
バッシャァァアアン!
マリアの祈るような声は派手に下ろされた小船の着水音に掻き消される。次いで縄がシュッと船の上から投げられ、それを伝って二人の男が降りて来る。
「まあまあ、少しやんちゃな商船かもしれんしな?」
俺はマリアに向かって気休めを言いながら、こちらに向かってくる小船を見る。
一人は赤髪を頭布にまとめて、目だけを出している。白いシャツに孔雀緑色のズボン、黒のブーツに
小船はクラーケンにしがみつく俺たちの前で停まる。赤髪の男が頭布を顎まで下ろす。すると、横にいるマリアから「まあ……」と色めき立った声が聞こえる。スッと通った鼻筋に切れ長の瞳は、かなり涼しげな印象を与える。ズボンと同じような孔雀緑色のそれは太陽の光を受けて、さらに輝きを増す。赤髪の男が口を開く。
「このクラーケンを倒したのは誰だ」
「知ってどうする? 少年よ」
答えたのはギルベルトだった。なんの対抗心なのか無駄にキリッと顔面を作って眼光を鋭くしている。言われてみると赤髪の男は、年端も行かない少年のようであった。声もまだ幼く高めだ。赤髪の少年は、ギルベルトに切れ長の目を鋭くする。
「質問をしているのはこちらだ。立場をわきまえて口を開けよ、エンティアの騎士」
「立場ならばよく理解しているぞ、
オキシダイア――という言葉を聞いて、赤髪の少年は眉をひそめる。ギルベルトは半身、海に浸かっている状態なのに格好つけたまま続ける。
「赤毛の一族の生き残りはすべて飼われ――んぶごっ!」
少年のブーツがギルベルトの顔面に埋まる。船のへりと海面の男の顔に足を置いている少年のバランス感覚に思わず感動する。重心はだいぶギルベルトの方に掛かっていそうだが……。
「もう一度聞く。クラーケンを倒したのは誰だ」
ゆっくりと話しながら少年は俺たちを見回す。
「遠くから雷が落ちるのが見えた。それに先ほどの火柱……よほど腕のいい魔術師がいるんだろう? 誰だ」
俺はどう答えるべきか迷いながら、じっと少年を見る。
「おい、少年」
「なんだ」
「クラーケンを倒したのが誰かなんて聞いてどうする? 正直に答えたら、ここにいる全員助けてくれるのか?」
「命だけは」
「おいおい」
正直に言うだけ損か? 俺は気取られないようにガウンに包まって眠っているエリスを見る。このままというわけにもいかない。
「クラーケンを倒したのは俺だ」
「お前が?」
「疑わしいって顔だな」
「魔術師には見えない」
「もちろん、俺には魔術は使えない。だが、見ろよ。クラーケンの目玉の間」
「――?」
「剣がぶっ刺さっているだろう?」
「ああ」
「あれのお陰でこの化け物
「ほう……」
少年は少し感心した様子だった。実際は、マリアの『疾風』による傷口がなければ刺すことは不可能だっただろうが、相手が魔術師をどうするつもりか分かるまでは言わない方がいいだろう。
「雷やら火柱は、つまり直接クラーケンには関係ないと?」
「まあ、若干焦げているのは認めるが、倒したのは俺だ」
俺が親指を自分に向けると、孔雀緑色の瞳が見定めるように見つめて来る。
「さあて、俺に何か用があるんだろう?」
「……そうだなっ」
「ふっぎゅぅ……!!」
ギルベルトが愉快なうめき声をあげる。
少年がギルベルトの顔に乗せた足に力を込めて、クラーケンに飛び乗ったのだ。バランス感覚もさることながら、かなり身軽だ。香しいクラーケンの上を一歩、二歩と進んで、少年は黒焦げになった剣をズッと引き抜いた。
マリアが父親からもらった聖騎士の剣とやらは、エリスの雷撃を喰らったにもかかわらず輝きを失っていない。黒焦げになったのは柄の部分だけだったようだ。
「――いい剣だ。これの持ち主ならば、信頼できそうだ」
右手で剣を天に掲げながら、少年は言う。
――俺のじゃないけどな。マリアの剣だけどな、それ。
沈黙を肯定と捉えたのだろう。少年は、俺に向かって剣を突き出す。
「お前には、船と――国を
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