第5話 キーラと申しますです
「冒険者協会へようこそ! 私は港町バルクリ支部長のキーラと申しますです!」
元気にハキハキ挨拶したのは、亜麻色の髪を後頭部でまとめたお団子女子であった。幾筋か髪の毛が落ちているところが彼女の性格を表している気がする。
エンティア王国冒険者協会の港町バルクリ支部――というと御大層な名前だが、支部長キーラがいるのは、バルクリの入港管理事務所に間借りしている窓際の席だ。そしてどうやら支部にいるのは、キーラだけのようだ。
「ええっと、ではまずお名前をお伺いいたしますですね」
何枚かの羊皮紙を載せた木の板と羽根ペンを手に持ちながら、キーラが俺たちの前に立つ。俺とエリスを見比べて、一瞬の空白の後、キーラは俺に羊皮紙と羽根ペンを寄越してきた。
「こちらにお名前をお願いしますです。署名を兼ねて直筆でお願いしてますが、もし読み書きができない場合は、こちらで代筆いたしますです」
「よし、それじゃあ」
俺は軽く気合いを入れた後に、受け取った羽根ペンの先を銅製のインク壺につける。それから羊皮紙に押し付ける。
「……」
「……」
「……」
だが、ペン先が滑ることはない。
「……」
「……」
「……」
なぜなら、俺は――自分の名前が分からない!
という、記憶喪失の基本的なことを今更思い出して、俺は硬直していた。そして、その俺をちびっ子とお団子がじっと見つめている。どうすればいい。適当に……適当に……。
文字は覚えていたようで、どうにかパッと思いついた名前を羊皮紙に綴る。
「うん、書けた」
「ありがとうございますー!」
キーラが笑顔で用紙を受け取るが、次の瞬間、不満そうに唇を尖らせる。
「すみません、イタズラはやめてくださいませな」
「え?」
「え? あ、アルベティ文字が母語ではない方なのです?」
そう言って、キーラが羊皮紙の一番上に書いてある『冒険者協会登録用紙』という文字を指した。アルベティ文字というらしいが、俺には読めるし、それを書いたつもりだった。
「古アルベティ文字だな。現存の文字とは似て非なるものだ」
登録用紙に書かれた俺の文字を見て、エリスが言う。
「神々の捨てた文字などと言う学者もいるな」
「え、俺が神様ってこと?」
「安心しろ。お主は神を名乗るには真っ当すぎる。古アルベティ文字は、もう読める人間もおらぬ。失われた言葉だ」
「……でも、エリスは読めるんだろう?」
「
エリスは腰に手をあてて胸を張っているが、申し訳ないほどに起伏には
「あ、じゃあ。エリス、ちゃん? ここなんて書いてあるか分かりますですか?」
キーラが偉そうなちびっ子に疑問を感じながらも、エリスに向かって屈みながら
エリスは顎を上げたまま、無論だ、と答える。
「レクス」
古アルベティ文字で適当に書いた名前をエリスが読み上げた瞬間、どこか胸が熱くなった気がした。俺の失われた記憶が失われた言葉に反応したのか、もしかしたら、本当に俺の名前なのかもしれない。
「レクス、か……」
しみじみと繰り返す俺に、キーラはきょとん、と首を傾げた。だがすぐに納得したように体勢を戻した。
「レクスさんですね! 家族名や出身地名はないですか?」
「あー」
「なくても大丈夫ですけどね! 一旦、現在のアルベティ文字に書き直して登録させていただきますですね」
「あ、はい……」
キーラは「うげっ。ここじゃない」などと言いながら他の必要箇所に記入していく。
「ええっと、お名前が『レクス』さん、男性で……身長は6フィートくらいでしょうか。瞳の色は――」
キーラがグッと俺の顔に近づき、
「『黒』……ですかね? まあちょっと色が違っても問題ないです。髪は黒っぽいですけど、なんか茶色っぽくもあるんですねえ」
「『
「はあはあ、なるほど。エリスちゃんは物知りですねえ」
「うむ。ところで名前の他に身体的特徴が必要なのには理由があるのか?」
「おっ。好奇心、いいですよお」
完全にエリスを子ども扱いしているキーラは、お姉さん
「後ほど、冒険者証をお渡しするんですけれど、同じ名前の方がいた時にややこしいので身体的特徴を書く規則になっているのですよ」
「ふむ」
「よしっ……これで記入は終わりました」
「もうこれで登録完了?」
「はい。それでは正式な冒険者証をお渡しする前に簡単な『入会試験』を受けていただきますです!」
「試験があるのか……」
「大丈夫です。初心者の方には本当に
そう言って、キーラは木片に手彫りされた『支部長』の名札が置かれた木製テーブルを振り返る。資料や文具などがごちゃごちゃになった支部長デスクでお目当ての文書を探すという難関クエストにキーラは挑んでいる。
「あー! あ? ああ、これですこれです」
キーラは達成感に溢れた笑顔で、緋色の蝋で封されている文書を取り出した。
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