第6話 バルクリの貴婦人
港町バルクリの町外れに俺とエリスはいた。
冒険者協会の港町バルクリ支部長キーラに渡された依頼書を持って、石積みの灯台に近づくと、隣に建てられた小屋から老人が出て来た。
「おい、お前さんら。この灯台は立ち入り禁止じゃ」
「灯台守を探しているんだが」
俺が緋色の
「……随分と待たせたと思えば、こんな若造と子どもを寄越して来たのか……冒険者協会はやはり当てにならんな」
「おいおい、爺さん。確かに俺たちはルーキーだが、やる気はあるぜ」
厳密にいえばまだ冒険者ではないが、やる気があるの事実だ。この依頼を達成しないと冒険者になれないんだからな。
「ふん。そのやる気が蛮勇でないことを祈るわい」
老人は、これ見よがしに豊かな口ひげを強めの鼻息でなびかせる。
「わしが灯台守じゃ。お前さんらには、『貴婦人』に上って最上部にある
「『貴婦人』?」
「……この灯台の名前じゃ」
似合わん名だな、という俺の考えを読んだように灯台守は言う。
「今は使われていないがな、少し前まではバルクリの海を照らし、海を行く者たちを勇気づけ……モンスターを遠ざけた。港町を護る美しき『貴婦人』じゃった」
「なるほど、太陽石であればそれも可能だな」
エリスが呟く。
「太陽石ってなんだ」
「光の精霊の加護によって
「へえ」
「それが、急に光を失ったということだな?」
エリスの言葉に、灯台守はさらに目を剥く。
「こいつは驚いた。その子の言う通り……もともと桟橋の方に新しい灯台を造って太陽石を移す予定だったんじゃが。一か月ほど前、その光が消えてしもうてな。総督も、船乗りの連中も、王都から新しい灯台の方に光源が届いたからもう忘れろと言うてな。『貴婦人』の運命じゃったとな」
灯台守は『貴婦人』を見上げる。
「……それでもええんじゃ。もう光らなくなった太陽石でも。欠片でも。同じように役目を終えた老いぼれにとっては宝も同然」
「爺さん」
「わしにはもう階段を上る体力はない。この老いぼれの代わりに――」
「オレたちが太陽石を取ってきてやろう」
そう言ったのは、俺でもエリスでもなく、突然現れた背の高い騎士だった。後ろに三人仲間を連れている。
「エンティア王国騎士団の名に賭けてな」
騎士は全員顔面を覆う鉄兜を被っている。だが、王国騎士団であるのは本当なのだろう揃いの鎧と同じ紋章の入った上等そうなマントを身に着けている。背の高い騎士は、おもむろに鉄兜を脱ぐ。
「王国騎士団ギルベルト=カーニス」
ギルベルトは切り揃えられた亜麻色の前髪を指で払い、ガンガン、と鎧の胸部をガントレットの拳で叩く。キリッとした表情を作った顔面は、丁寧に手入れされている口ひげとともに実直な雰囲気を作り上げている。
「冒険者
訂正。実直じゃなくて、ただの
「おいおい、俺たちは正式な依頼を受けてんだぞ」
「オレたちの
バチッと火花が散るように空気がひりつく。エリスがギルベルトに聞く。
「ギルベルトとやら。王国騎士団といえば、王都防衛、魔物討伐、治安維持、そして
「うん? なんだい、お嬢ちゃん」
「その気高き王国騎士団が、いち港町のたかが太陽石を求めて灯台を上るなどというお使いにかまけていてよいのか?」
「ううむ……」
ギルベルトは悩まし気に、頭頂部からブーツの先までジーッとエリスを見る。
「実に惜しい」
「なんと?」
「悪いがお嬢ちゃん。あと五年……いや三年経ってからもう一度オレと会おう」
「お主なにを……」
「今のオレにはキミの期待に応えることはできない」
「……」
「どうしてもというのならば、美味しく……いや、きちんとオレに
ギルベルトはエリスの肩にポンと優しくガントレットの手を置く。
「お使いが終わってからゆっくり話をしよう。ここで待っていてくれ、お嬢ちゃんには危険だからね」
「……」
「おい――」
俺が固まってしまったエリスに代わって口を開くと、ギルベルトがピシャリと言う。
「悪いが、ここはこの気高き騎士団に任せてもらおう。――行くぞ」
ギルベルトの言葉に、後ろに控えていた仲間たちが、ガンガンッと鎧の胸部を叩く。ギルベルトは鉄兜を被り、灯台の中へと消えて行った。
「あ、おい! ――おい、爺さん!」
引退した灯台守に文句を言うが、爺さんは穏やかな声を出す。
「まあ、わしとしてはどっちが取って来てくれても構わん」
そして、さらに小声で続ける。
「……騎士団が取って来てくれたら、報酬払わんでええしのう」
「ジジイ、それが本音だな!」
このままじゃあ依頼は失敗で、冒険者の入会試験不合格ってことになるのか!?
「レクス」
レクス? 俺の名前か!
「レクスよ」
すっかり無口になっていたエリスは俺の名前をもう一度呼んだ。怒りに打ち震える様子で。
「あやつに太陽石は渡さぬぞ」
怒りの熱によるものか、エリスの
「エ、エリス、さん……?」
「下賤の者めが!
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