第50話 〜お兄ちゃんは煽るようです〜

「よし、それぞれ持ち場に着こう」




 俺の言葉に、二人が頷く。

 俺も頷き返し、一歩踏み出すために足を動かそうとする。……が、なにかに縫い付けられたように……。まるで歩くことを忘れたかのように。俺は、たった一歩のために、足を上手く動かせない。

 疑問に思っていれば、自分の手が、僅かに震えていることに気づいた。




(クソ! いざやろうって時に、俺はビビってんのかよ……!!)




 失敗すれば、俺は死ぬ。……いや、俺だけじゃない。この作戦を共に実行する、セージやロキの命。妹や伊織……それに、下手したらこの街の住人、全員の命だってかかってる。

 ロキじゃないが、見ず知らずの赤の他人の為……だなんてお人好しなことも、綺麗事も、俺は言わない。そんな優しい感情など、生憎、俺は持ち合わせてはいない。それに、それを成し遂げられるほどの力を持ってるとも、俺は思っていないし、ましてやおごってなどもいない。


(……だが少なくとも、俺がこの世界で世話になった宿屋のおじさんや、協会のシスターたち。薄い茶を入れてくれた、あのじいちゃんくらいのためには、守ってやろうじゃねーか……!)


 震える手を、気合いで強く握り締め、無理やり止める。そして、セージに背負われた妹を見る。未だに目覚める気配がない、妹の頭へ『ポン』と手を乗せて、軽く撫でる。


「ヒナ……兄ちゃん、頑張ってくるからな」


 覚悟を決めて、重たい一歩を踏み出す。




 ――――――、必ずお前を守ってやる。




 だからまた、笑った顔を見せてくれ。






 ▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁▷▶︎◀︎◁






【それ】は、血眼になって、八尋たち一行を探していた。


「どこダ……どこダ、どこダどこダどこダどこダどこダどこダどこダ! どこダァァァァァ!!」


【それ】は手当り次第に露店や屋台を破壊し、建物の扉や窓ガラスを次々と破り壊す。更には魔獣たちを使い、路地裏や建物の影など、人が隠れられそうな場所を、しらみ潰しに探させる。

 ……なのに一向に見つからない、見つかる気配がない。


「あの黒髪の青年を殺ス、殺しマス! 必ず見つけ出し! その首を、我が主への忠誠の証とし! 献上しまいたしマショウ!!」


(そして、このワタシをコケにしたあの半魔! あの半魔も黒髪の青年と共に、その首を切り落として並べてやりマス!)


 ギリギリと、血が出るほど唇を噛み締めながら、【それ】が大きく手を振り上げ、近くの屋台を破壊しようとした、その時――――――!!




「まぁ、随分といい面構えになったじゃねーか、道化師ヤロー」




 突然の声の主へと、【それ】は振り返る。……そこには、黒髪の青年が、一人立っていた。

 青年は、知人でも見つけたかのように「よっ! さっきぶりだなぁ」などと、軽く片手を上げて気軽に話しかける。


「ア・ナ・タ・は……!」

「そう、カリカリすんなって。お前、何だ? カルシウムが足りてねーんじゃねーの? ちょっとちょっと、カルシウムは大事だぜ〜。なんせ、骨を丈夫にしてくれるしな。今の内にしっかり摂っとかねーと、老後の骨密度が心配になってくるぜ」


 青年は突然、一人でカルシウムについて熱く語り出す。勿論【それ】は、青年が何を言っているのか……状況的にも、理論上でも、全く理解していない。

 そしてひとしきり語った青年は、突然。指を『パチン!』と鳴らすと、いいことでも思いついたように、【それ】に向けて言い放つ。


「そうだ、お前もこれからは毎日欠かさず、牛乳でも飲めよ。健康にもいいし、少しはその知恵の足りないイカれたおつむも、どうにかなるかも知れないぜ? まぁ、知らんけど」


 黒髪の青年……もとい八尋は、そう言って【それ】に向けて、挑発するように笑って、自身の頭を指さして数回叩く。

 その言動に、【それ】の瞼はピクピクと小刻みに震える。

 それを見た八尋は、さらに意地悪く笑う。


「おーおー、さっきまでの澄まし顔が嘘みたいだな。……まぁ、俺的にはそっちの方がお似合いだと思うぜ?」

「ナニ……!?」

「今すぐ鏡みてこいよ? 傍観者気取りでイキりまくった結果、負けフラグをビンビンに立てまくってよぉ。挙句の果てには、無様に醜態を晒して敗北した道化師サマには、うってつけな顔だぜ?」


 その言葉に【それ】の眉が、ピクリと動く。怒りに染まった瞳が、ギョロギョロと回って焦点が合わなくなる。


「貴様ァ……! ワタシが……いつ、アナタ方に、敗北したデスって……!?」


 八尋は、肩を竦めては【それ】を嘲笑う。


「だってそうだろ? お前はウチの妹どころか、俺みたいな吹けば飛ばされるような、虫けら並みの弱っちぃ人間一人、まともに殺せてないんだぜ? それでいて勝者気取りとか……いや〜、さすが道化師サマ。やることが違う! もう最高過ぎて、草通り越して大草原不可避っすわ〜!!」


 身振り手振りでわざとらしく笑っていれば、【それ】の額には次々と血管が浮び上がる。


「グギギギィ……! ワタシはァ……! 敗北など、していナイ!!」


 怒り混じりに吐き出した【それ】の言葉に、八尋は「えっ!?」と驚いた顔をする。


「してない? してないのか? あー、なるほど……。そうかそうか、お前は敗北してないって言うんだな。それは悪いことを言ったな。まぁお前がそう思うんだったら、そうなだろうな……。ただし、それは、だがな?」


 八尋は【それ】へ指をさしては、挑発的な笑みと瞳を向ける。それがさらに、【それ】の気を逆撫でさせていく。


「あっれれー? もしかして正論すぎて、何も言い返せないのー? まさか、論破!? 俺、論破っちゃった!? マジで、やったー! はい論破ー、はい論破ー! 俺の大勝利ー!!」


 八尋が「イエーイ」とパチパチ、手を鳴らして喜んでいる一方、【それ】は自身の髪を根元から掴んでは、引き抜かんばかりに手で握る。


「クソォ、ガキがァ……! 殺ス! 殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス、殺ス!!」


 怒りで【それ】の白目の部分は、どんどん赤く充血していく。それを、知ってか知らずか……。八尋は尚も変わらぬ態度で、【それ】を煽り倒す。


「まてまてまてまて、あまり強い言葉を遣うんじゃねーよ? 強い言葉を使えば、その分弱く見えるぜ? 小物同然、負け犬の道化師、サ・マ?」


 八尋のにやけ顔に、【それ】の怒りは限界まで来る。


「グ……ギィィイィイイイ!!」


 怒りに震えた【それ】が、八尋へとカードを投げる。それは八尋の右頬を掠め、そのまま地面へと突き刺さった。


「……おーいおいおい、どうしたー? 手元が狂ってるぞ!? 俺の首はこ・こ! ちゃんと投げろよな、このノーコン!!」


 八尋が、自身の首を親指で指す。そして【それ】の怒りは、とうとう頂点に達した。




「イわせデおけババババババァァァァァア!!」




【それ】が、4・5枚のカードを取り出す。そして宙に浮かせたと思えば、そのまま八尋へ向けて一斉に放つ。


「おわっ!!」


 間一髪で避けた八尋は、路地裏へ向けて走り出す。




「追ェェェエエエェエェエ! 魔獣たちィィイイィィィィイイ!!」




 まるで【それ】の言葉が合図かのように、数匹の魔獣たちが駆け出す。

 八尋は首だけを【それ】に向けて、大声で言い放つ。


「言っておくがな! 魔獣なんかに頼ってる、お前みたいなクッソ雑魚道化師! 15十分じゅうぶんなんだよ!!」

「ヌァンダァドォォォォオオ!?」


 八尋が、裏の路地へと入り込む。その後を追うように、魔獣が飛びかかる寸前。袖に隠していた小さな煙幕玉を、魔獣へと投げつけた。

 煙幕で、八尋の姿が隠れる。そして魔獣たちは痺れ効果もあって、その場でピクピクと痙攣する。


「せいぜい、それまでの間に! を見つけ出すんだな!!」




 煙幕が晴れた頃、八尋の姿は忽然と消えていた。

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